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自分は自分でよいのだ~カブトムシとの生活が教えてくれたこと~


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記事:添田咲子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

この夏も、期間限定の家族と一緒に過ごした。もっぱら昼夜逆転生活で、夜になると持ち前のパワフルさで部屋のドアをこじ開けるチャンスを虎視眈々と狙っている。同居のこちらはヒヤヒヤする。ゼリーが主食で栄養は足りているのか?コミュニケーションはどうやら難しそうだ。そう、その家族とは子供たちに大人気のカブトムシだ。
 
今年のカブトムシは、おじいちゃんが庭の木にいたのを捕まえて、虫かごに入れて息子にくれた。カブトムシを飼うのは今年で3度目だ。初めて飼ったのは、息子4歳のとき。保育園が欲しいと言った子供たちに分けてくれた。あまり虫が得意でなかった息子も、おっかなびっくり手を挙げたらしく譲り受けることになった。保育園で教えてもらった通りに虫カゴと土と足場となる丸太、それから昆虫ゼリーを息子と一緒に100均に買いに行き、共同生活が始まった。もらったはいいが、実は我が家には積極的に虫を触りたい人がいない。食べ終わった昆虫ゼリーを交換するのは比較的大丈夫な夫の役割となった。
私もカブトムシを飼うのは人生初体験で、彼らの夜型生活には驚いた。人間たちが寝静まる夜中じゅう、虫かごのふたにかじりつき、カリカリカリカリ、脱出を試みていた。
ある夜、のどが渇いたと深夜1時に目を覚ました息子とリビングにお茶を飲みにきたときのこと。虫かごを置いている隣の部屋から、カサカサと大き目に音がする。いつもの音とちょっと様子が違う。嫌な予感がして、息子と一緒にソッ……と扉を開けてみた。虫かごの蓋は開け放たれ、カサカサ音のする先を目で追うと、カーテンをカブトムシが得意げによじ登っている……! 事件だ。頼みの綱の夫はビールをたらふく飲んでいびきをかいており、起こせる気がしない。「どうする……?」念願かなって狭い虫かごから脱出し、広い空間で動き回るカブ氏を息子とふたり、しばし絶句して見つめていた。息子が口を開いた。「……お母さん、このままドア閉めて、明日の朝お父さんに捕まえてもらおうよ……」深夜1時に爆笑した。明日の朝、この部屋のどこかで眠りについているカブ氏を探すのはまっぴらごめんだ! 今どうにかしなければ、眠れない。意気揚々と天井まで上っているカブ氏に、意を決して柄の長いモップを近づけてみた。カブ氏、うまいことモップに移ってくれ、そのまま虫かごへ送還させていただき、息子が蓋を閉めた。息子4歳の夏の夜の共同作業の興奮を、私は忘れない。
 
息子4歳の初飼育に次いで、5歳の時と7歳の今年、カブトムシと過ごした。息子は触れるようにはなったが、するのは餌の交換くらいで、かごから出して遊んだり、観察したりはしない。存在を忘れているようにすら見える。特に注目もされず、思い出したように昆虫ゼリーを与えられるくらいで、毎晩狭いプラスチックの檻からの脱出を試みる命がそこにあることが、私はひどく気がかりになった。
「外に逃がしてあげない? 狭い中で、いつの間にか、死んじゃってるじゃん。かわいそうになっちゃって」
提案してみたが、息子はウンとは言わなかった。
数日後、カブトムシはおじいちゃんにカゴごと引き取ってもらった。
 
学童保育に迎えに行った帰り道、息子がねぇお母さん、と唐突に話し始めた。
「僕がカブトムシの世話をしなかった理由、わかる?」
そうか、自分自身、世話をしていないってことも自覚していたんだ。
なにか理由があるの?と聞き返す。
「あんまりカブトムシに興味がないからだよ」
そうか、興味がなかったのか。
「ネコだったら大好きだから、おうちにいたらずっと遊んでるよ」
たしかに。道端でネコを見つけるたびに話しかけたり、追いかけてみたりいつもしている。
息子の中でも実は〝カブトムシの世話に興味のない自分〟ひいては〝生き物の命を大切にしない自分〟に罪悪感のようなものを感じていたんだろうと思う。カブトムシといえば、子供たちの人気者で、もし見つけたら捕まえて自分の物にしたくなる虫の代表のようなものだ。保育園の先生から譲り受けるとき、きっと自分も好きになると思ってもらってきた。初めは怖くて触れなかったけど少しずつ慣れ、翌年もその〝人気者〟を貰うか聞かれ、ちょっと引っかかりながらも貰ってきた。その時もやっぱりあまり、気持ちが惹かれなかった。そして今年、おじいちゃんがわざわざ自分のために捕まえてくれたカブトムシにもやっぱり、あまり気が向かなかった。それでやっと今、〝自分はあまりカブトムシに興味がない〟を認めることができた。
でもこれは、カブトムシを飼ってみるという体験をしたからこそ得られた実感であって、このプロセスは必要なものだったのだ。
 
みんなが好きなことが自分の好きなことではない。当たり前のことだ。
でも、みんなが好きなことが自分も好き、つまり普通でありたいという意識はおそらく誰もが無意識に持っている。実際、カブトムシを好きであることが普通なわけではなくて、好きな人が世の中にはいる、というだけのこと。さらに、カブトムシに興味があることが良くて興味がないのが悪いわけでもない。本当に大切なのは、自分が好きなものは好きと堂々と認められることだ。誰に文句を言われる筋合いもない。自分の感性をそのまま大切にできると、他者の感性もそれとして尊重することができる。〝世の中の普通〟を探り合うような狭い価値観は捨てて、個々の感性をそれぞれに輝かす。そんな世界を創っていきたいものだ。

 
 
 
 
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