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夏休み最後の日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミNEO)
 
 

先日、子ども達と一緒にトランポリンランドへ行ってきた。
 
その日は、夏休み最後の日だった。
 
夏休み最後の日に夏休みらしい事をしたい! と思い立ち、急遽、午後休を取りシェアカーを借りて千葉までドライブがてらトランポリンランドを目指す旅に出ることにしたのだ。
 
「明日、トランポリンしに行こうよ!」
 
遅めの夕飯を食べながら私は言った。
私の提案はいつも突然だ――が、子どもたちは慣れたもの。
 
「やったーっ! 行く! 行く!」
 
小学5年生になる娘は小躍りして喜んだ。幼さの残る小学4年生の息子も「やったーっ!」と、喜んだ。そして……。
 
「トランポリンって何?」
 
息子が言った。幼さの残る真顔の息子の顔は可愛く、本人も自分の可愛さに薄々気づいているような顔だった。
 
「えー、トランポリン知らんの?」
 
ビールを飲みながら、私は言う。
 
「ほら、ぴょーん! ぴょーん! って、跳ぶやつだよ」
 
焼き肉のタレごはんをほおばりながら、娘が一生懸命に説明する。
 
「わかんない!」
 
息子が首をブンブン振りながら応える。「わかんない!」は、幼少期からの息子の常套句だった。
 
「ほら、これやで」
 
焼き肉を焼きながら、夫がダイニングテーブル横の出窓に設置してあるPCで「トランポリンランド」のウェブサイトを出した。焼き肉を焼きながら検索する夫の姿は、千手観音さながらだ。
 
畳1畳ほどのトランポリンが、床一面に引き詰められたトランポリンランドの画像に息子は目を見開いた。
 
「うゎーっ! 行くー! 絶対、行くー!」
 
椅子から立ち上がり、息子は小躍りをしながらクルクルとリビングダイニングを走り回る。
 
「ドッジーボールやダンクシュートもトランポリンで出来るねんて!」
 
息子の喜ぶ姿に気を良くした私は、トランポリンランドの情報を羅列する。
 
子どもの喜ぶ姿をみていると、ビールも焼き肉もいつもの3倍は美味しい気がするから不思議だ。
 
「あっ、たぁちゃん(夫)は仕事忙しいから午後休は無理やろ。私一人で連れて行くから大丈夫やで」
 
子ども達とトランポリンランドの話題で盛り上がる中、私は夫に声をかけた。
一見、優しそうな言葉ではあるが今にして思うと完璧な嫌味だった。
 
夫は少し困ったような顔をしながら、「ありがとう」と言い、新しい肉を鉄板の上に置いた。
 
なぜか、夫とは2、3日前からギクシャクしている。というか、私が夫に対して微妙にイライラして愛情バロメーターが低下しているのだ。
 
原因は解らない。
 
ただ、優しい夫の行動1つ1つが、無性にイライラしてしまうのである。それが理不尽な事だと自分でも気づいているので、努めて普通にしようとはしている。が、ふとした瞬間のやり取りにいつもと違う感じがあり、棘がある言葉使いをしてしまう――。
 
いつもなら、「たぁちゃん(夫)も行こうよ!」と、まずは自分の要望を伝えているハズなのだ。そして、そこから言葉のキャッチボールが始まるのだ。なのに、私は夫の結論を先回りさせて推測し決定事項として伝えてしまっている。最悪だ。
 
「じゃあ、明日のお昼ごはんはドライブ中に見つけたお店で、娘ちゃんと息子くんが食べたいごはんを食べよう!」
 
子どもがいると微妙なギクシャク具合も見えないフリをしてしまう時がある。便利なようで不便だ。
 
「やったーっ! 寿司! 俺、絶対に寿司がいいっ!!!」
「じゃあ、私、頑張ってお寿司屋さん探すね!」
 
子ども達は、嬉しそうに2人で小躍りをした。
 
* * *
 
次の日。
 
夏の最後の日にふさわしく、太陽はギラギラと輝き透けるような青空だった。
 
「トランポリンランドへ、しゅっぱーつっ!」
 
私たちはシェアカーに乗り込み、トランポリンランドを目指した。知らない道に行ったことのない目的地。実際には車で30分の道のりが、子供達にとっては大海原を冒険する大航海に思えただろう。
 
「寿司! 寿司、見つけた! ゆぅちゃん(私)、入って!」
「えー、今!?」
「もう! 入ってって言ったのに!」
 
交差点を過ぎた直後に言われ、寿司屋の入口を素通りしてしまった私に怒る子ども達。お昼ごはん場所を探すだけで、車内は大盛り上がりだ。
 
「あった! 寿司あったよ!」
 
息子が車の窓にへばり付き、ようやく見つけた回転寿司屋。銚子港直送! と書かれたのぼりを目印に、私たちは回転寿司屋に入った。
 
「なにコレ!? うっまー!!!」
 
その寿司屋は大当たりだった。新鮮な鮮魚を捌きたてで握った寿司は最高で、舌がとろけた。シャリは大振りだが旨味が強く、ネタとベストマッチしていた。店員さんもみんな気さくで子供達に色々と話しかけてくれた。12時をすぎる頃には、店内に待ち行列がズラッと並んだのを見て当たりを引いたことを確信した。
 
「今まで食べた寿司の中で1番旨いわ」
 
おいおい、回らない寿司屋とか伊豆旅行で高い寿司も食べたことあるよね? とは、思ったものの自分たちで見つけた寿司屋に入ったという冒険感がスパイスになったのだろう。特に息子は自分が見つけた寿司屋という自負があった。
 
「俺が見つけたおかげだから」
 
息子は終日、ドヤ顔をしながら事あるごとに「俺が見つけた寿司屋」ネタを挟んだ。そんな、美味しいお寿司にテンションMAXの最中。
 
「たぁちゃんも連れてきてあげたかったねー」
 
鰻のお寿司を食べながら長女が言ったので、私の心がチクリと傷んだ。誘ってあげれば良かったかな? そう思った。いつもなら、頼みすぎたお寿司も食べてくれる夫が居ないことが少し寂しかった。
 
「写真送ってあげたら?」
 
だから、しれっと娘にLINEで写真を送ってあげたらと私は言ったのだろう。
 
* * *
 
最高だったお寿司屋さんから車で10分ほどの所、アウトレットモールのような広大な土地の一角にトランポリンランドはあった。
 
「当施設の利用は初めてですか?」
 
モデルのペコのようなスタッフさんがテキパキと手続きを進め、到着後、あっという間にトランポリンエリアに入ることが出来た。
 
「うぉおおおーーーーー」
「すごーい!!!」
 
息子は広いトランポリンランドに興奮し雄叫びをあげ、娘は目をキラキラさせた。
 
「まずは広いとこ行こうよ!」
 
息子が走り出し、私たちは畳1畳程のトランポリンが並ぶ1番大きなトランポリンエリアに突撃した。
 
びょーーーん。びょーーーん。
 
さすがトランポリンランド。遊園地などにあるトランポリンとは違い、弾力が半端ない! 跳べば跳ぶほど高く跳べる! たーのーしー!
 
トランポリン5分間の運動でジョギング1キロと同じ脂肪燃焼効果があるらしいし、最高じゃない!?
 
びょーーーん。びょーーーん。
 
子供達と一緒に私は跳び続けた。トランポリンで跳んでいるだけで日常とは違った世界が見えリフレッシュ出来た。
 
ドッジボールにも挑戦したが、私には落ちたボールをトランポリンの上で拾うことすら困難だった。さすが42歳。体が全く思うように動かない! 予想以上に体が重い! ダンクシュートなんて、ダンクの気配すらない……。
 
それでも、トランポリンの弾力に身を任せ私は跳び続けた。
 
びょーーーん、びょーーーん、と。
すると、不思議なもので急に夫にイライラしていた理由が自分の中から湧いてきたのだった。
 
――確か2日程前、一緒にテレビで「秘密のケンミンショー」を見ていた時。
 
私はもう少しゆっくり、夫と一緒にお酒を飲みたかったのだが仕事に追われていた夫は「仕事していい?」と、問いかけて来たのだった。
 
――私はガッカリしたが、「いいよ」と普通に答えた。
 
それからだった。私が夫に微妙にイライラしだしたのは。
 
子供達はスタッフのお姉さんやお兄さんに簡単な技を教えてもらいながら、転んだり跳ねたりしてゲラゲラと笑っている。
 
――そうか、私は夫と一緒にお酒を飲む時間がなくなって悲しかったのだ。
 
その後も仕事が忙しく、あまりゆっくり話す隙がない夫と夫に微妙にイライラしている私の間に薄いベールのような壁が出来てしまったのだろう。
 
本当に大した事がない理由に、私は愕然とし、「どんだけ乙女なんだよっ!」と、自分にツッコミまで入れてしまった。
 
「出来たよっ! 見て!」
 
トランポリンにお尻で座って立つという技が出来た娘が満面の笑みで笑いかけている。
 
――なるほどね。
 
私は体重をトランポリンに大きく預け、高く飛び跳ねた。
 
「見て! 宙返り出来るようになったよっ!」
 
何度も失敗を繰り返していた息子が、手を大きくあげトランポリンでジャンプする。クルッと宙返りする息子と同様、私の心も軽く宙返りをしたように思えた。
 
* * *
 
帰宅後。
 
「今日ね、すっごく楽しかった!」
「俺がね、見つけた寿司がね、ものすっごく美味かったんだよ!」
「ほんと、お寿司びっくりするくらい美味しかったんだよー」
「俺ね、宙返りできたんだよ」
「私も! お尻で座って立ち上がるの出来たの!」
 
子供達は今日あった楽しかった出来事を雀の子が餌を催促する様のように、ピィピィと夫に報告する。
 
夕食の準備をしながら「よかったねー」と、ニコニコと子ども達の話を聞く夫。
 
夕食は子供達のリクエストで串揚げだ。
 
「夏休み最後だから串揚げパーティーだね!」娘は嬉しそうに言った。
 
「パーティーって何するの?」息子はキョトンとしながら問いかけた。
 
「じゃあ、ビンゴでもする?」
 
私の提案に「するー!!!」と、楽しそうに応える子供達。
 
きゃあきゃあ言いながら子供達がお風呂と部屋に入ったタイミングを見計らい私は行動を起こした。
 
夕飯の準備をする夫の後ろ姿に勢いよく抱きついて「ごめん!」と言った。
 
謝る時は勢いが大事。だって、謝るタイミングを逃してしまうから。
 
「なんか、ごめん。たぁちゃん(夫)の仕事が忙しくて愛情バロメーター下がっててんけど、戻ってきたみたい」
 
目をつぶりながら早口で私はまくし立てた。
 
「それは良かった。ピリピリしているゆぅちゃん(私)のおかげで、俺の寿命は間違いなく縮んだよ」
 
夫はゆっくりと振り返りながら……にこっと笑った。

 
 
 
 
***
 
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2022-09-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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