いまは気晴らしなんかじゃない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小西 裕美(ライティング・ゼミNEO)
「ウサギ狩りに行く人はウサギが欲しいわけではない」らしい。パスカルはこう続ける。「ウサギ狩りに行く人にウサギを手渡してみなさい。その人はきっとイヤな顔をするに違いない。人は獲物が欲しいのではない。退屈から逃れたいから、気晴らしがしたいから、ひいては、みじめな人間の運命から目をそらしたいから、狩りに行くのである」
なんてことを言うのだと思った。まず、パスカルが言いたいことは、「欲望の対象」と「欲望の原因」は一致しないということだ。ウサギが「欲望の対象」ではあるけれど、ウサギが本当に欲しいから狩りをするのではない。狩りをする過程でのドキドキ感だったり、獲物を仕留めた達成感だったり、それを家族や友人に振舞う優越感だったりが、「欲望の原因」だと言っている。
次に、パスカルは「欲望の対象」と「欲望の原因」が異なる理由として、みじめな人間の運命(退屈)から目をそらすために気晴らしをしているからと言っている。さらに「おろかなる人間は、退屈に耐えられないから気晴らしを求めているにすぎないというのに、自分が追い求めているもののなかに本当の幸福があると思い込んでいる」と言っている。私はドキッとした。
このウサギ狩りの話は、私の日常生活にも当てはまるのではないだろうか。たまに「働かなくてもいいとしたら何をしたい?」と、友人から聞かれたり、本で目にしたりすることがある。そのとき、私はいつも答えに詰まってしまうのだ。私は本当は何をしたいのだろう?
それに答えるために、誰に言われた訳でもなく、自分の意思ではじめて、いまも時間を費やしてやっていることはあるのか? と考えてみた。ひとつだけ、ライティングの勉強があった。スローペースではあるものの、なぜかずっと書き続けている。
もしかして、これも暇つぶしなのか? あながち、そうかもしれない、と思ってしまった。いや、好きでやっていることだから、暇つぶしでもいいのだけど、少なくとも、私は自分のスキルアップのためにやっている。未来のためにやっている。なのに、「気晴らしをしているにすぎない」という言葉が、私に突き刺さった。そうであって欲しくないけれど、心当たりがあるからだ。
私の仕事は繁忙期がある。信じられないが、その時期は通常時の10倍以上の売上が立つ。これまで飲食店で働いていたので、長時間労働には慣れているつもりだったが、これの跳ね上がり方は想像を遥かに越えてきた。まず、短期アルバイトが急激に増える。自分の仕事を進めないといけないが、声をかけられてその度に作業が中断する。みんな新人だから仕方がない。しかし、2時間で20回も声をかけられて、毎月90時間ほどの残業が続き、土曜日も出勤して、さすがに私もつらかった。
そんなとき、自分でも思いがけない行動に出た。ライティング講座を受講しはじめたのである。どうしても自分のために時間を使いたかった。毎日を家と会社の往復で終わりたくない。もし残業がなかったら何をしたい? と自分に問いかけてみたところ、前から気になっていたライティング講座が頭に浮かんだ。課題が提出できるのか不安があったけれど、はじめてみると意外にできるもので、週に1回の課題はすべて提出することができた。
このとき、私は「未来につながらない今」から脱却するために、ライティング講座を受講したつもりだった。未来の自分のために投資したつもりだった。しかし、パスカルに言わせると、これも「気晴らし」なのかもしれない。つまり、「欲望の対象」は新しいスキルだけど、「欲望の原因」は、未来のためのスキルアップではなく、いまの状況からの現実逃避だったかもしれないということだ。
事実、私はライティングを学べたことよりも、こんなに忙しいときでも、自分のやりたいことがやれたという充実感と、仕事も講座も完遂できたという達成感が、なによりも心の支えになっていた。つまり、未来への栄養ではなく、いまを乗り越えるための糧となっていた。いま目の前のことを頑張ることで、お客様へ商品が届けられるし、会社の売上にも貢献できる。私も給与という対価を得ることができる。そんなことは頭でわかっている。でも、それ以外にも仕事に意味が欲しかった。つまり、私は長時間働きながらも、退屈していたのだ。
ラッセルは、「退屈とは、事件が起こることを望む気持ちが挫かれたものである」と言っている。まさにそうなのかもしれない。一生懸命働けば、何かが起こると思っていたが、そんなことはない。毎日同じことの繰り返しだ。だから、新たにライティングというスパイスを求めたのだろう。このままではいけない。私はどうすればいいのだろう。待っていても事件は何も起こらない。なら、自分で起こすしかない。
ライティング講座を通じて、書くことが好きになった私は、マネージャーにそのことを伝えてみた。ちょうどそのとき、社内ではSEOに力を入れており、ブログの執筆が奨励されていた。閑散期に入り、みんな隙間時間で執筆に励んだ。私もここぞとばかりに取り組んだ。それまでカスタマーサクセスをしてお客様からのお問い合わせ対応をしていたから、ネタが尽きない。実際に、みんなの3倍ぐらいの本数を書いた。
そのブログが評価されて、私はCRMチームの立ち上げに入った。CRMとは、Customer Relationship Manegementの略で、メルマガやDMを使ってリピーターを増やすことがチームのミッションだ。メンバーは、マネージャーと同僚と私の3人。同僚がキャンペーン施策などの企画業務を、私がメルマガの作成などのライティング業務を担当した。念願のライティング業務だ。
ところがどっこい、同僚がすぐに企画チームへと引き抜かれてしまった。企画チームが人員不足だったらしい。ひとりになってしまった。私は企画立案からメルマガの作成、効果測定までをひとりでしなければならなくなってしまった。
「去年と比べて、今年はどうなん?」と、ミーティングで社長から質問を受ける。わ、わからない……。CRMチームを立ち上げる前に、メルマガを担当していた人がいたが、立ち上げ時にはすでに退職しており、引き継ぎを受けておらず、自分で実績を調べるしかなかった。体系的にまとまっている資料はなく、隅々まで調べたが、実績を確認できないものも多かった。
ここで、私は今年の目標を決めた。それは昨年よりも多く配信して、まずはしっかりとデータをとること。効果測定方法を先に決めておき、昨年も3倍以上の配信をおこなった。とにかく手を動かした。
2年目が本番だ。1年目のデータをようやく生かす時。昨年の自分との戦いでもある。まずは、数字結果から離脱しやすいグループを探し出した。なぜ離脱するのか仮説を立て、それが正しいかアンケート調査で検証した。その後、顧客をいくつかのグループに分けて、グループごとに違うキャンペーン内容を設定した。お客様のインサイトや購買行動を知るために、カスタマーサクセスとアウトバンドチームに協力を仰ぎ、顧客シナリオも作成した。準備は万端だ。
いざ、2年目がはじまると、すごい勢いで注文が入った。現時点で前年比150%以上の売上を達成している。この結果をみて、ウサギ狩りに行く人で、本当にウサギが欲しい場合もあるのではないか、と思った。
パスカルは「人は、自分が『欲望の対象』を『欲望の原因』と取り違えているという事実に思い至りたくない。そのために熱中できる騒ぎを求める」と言っている。さらに「気晴らしが熱中できるものであるためには、お金を失う危険があるとか、なかなかウサギに出会えないなどといった負の要素がなければならない。」という。
確かに、2年目は過去の自分からどれだけ成長したかを示すものであり、そのプレッシャーを負の要素と呼べるのかもしれないが、ここで大事なのは、人間のみじめな運命から目をそらしているか、いないかだと思う。私が引っかかっているのは、その部分だ。これまで努力してきたつもりなのに、それが「みじめな運命から目をそらしている」や「退屈だから気晴らし」をしていると言われると、気分がわるい。
だから、ここでパスカルに反論したい。「常に熱中できることがあれば、退屈にならず、みじめな人生を送ることにはならないのではないか」と。実際にラッセルはこう言っている。「幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味を出来る限り幅広くせよ。そして、あなたの興味をひく人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できる限り友好的なものにせよ」
そこで大事なのは、「どれだけ自分の行動の結果が楽しみであるか」だと思う。これだけ準備をしたのだから、きっといい結果になるだろうという期待と、それでもお客様には刺さらないかもしれないという不安の両方が必要だ。
昔、すごく結果を出している先輩に「そんなに成果を出せるのはどうしてですか?」と質問したことがある。先輩は「いままで実施した計画や企画で、結果が出るのが楽しみでしょうがなかったことってある? 実施した翌朝一番に結果を確認したことってある?」と言った。そんなこと、今までしたことがなかった。それを素直に伝えると、先輩は微笑みながら、「じゃあ、まずは自分がそれぐらい気になっちゃうような計画や企画を立てるところからやね」と優しく言った。
「目の前のことに全力で取り組む」という言葉は、よく言われるけれど、こういうことなのかと思った。結果が出ると、達成感があるし、人から褒められることは気持ちがいい。一度、こうゆう経験をすると、自分に自信がつくし、もう一度経験したいと思う。だから、次の行動へつながる。
もし結果が出なくて失敗すると、自分の覚悟が問われる。「このままこれを続けていくのか?」と。実際、2年目のいまは順調だが、1年目は大変だった。手を動かすので精一杯で、振り返ることなく進んでいた。3倍の配信をしたのに、前任者とほぼ同じ結果だった。つまり、前任者は私の3分の1の労力でやっていたということだ。これはつらい。向いていないかも、と思うこともあったし、今でも思うことがある。でも、諦めたくない。
きっかけは気晴らしでも何でもいいと思う。そのことに一生懸命に向き合っていれば、いつか上手くいかないことが出てきたり、悔しい思いをすることがあるかもしれない。実力不足を正面から突きつけられることもあるし、才能がないと感じることなんて山ほどある。それでもやりたいこと、諦めたくないことが、気晴らしではなく、自分の未来をつくっていくものなのだと、私は信じている。
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