週刊READING LIFE vol.187

くまのぬいぐるみと乗り越えたらしい幼い時の数々の試練《週刊READING LIFE Vol.187 最近のほっこりエピソード》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/09/26/公開
記事:飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
先日、デパートのおもちゃ売り場を通りがかったら、連れ立ってそぞろ歩く、おじいさんと2歳ぐらいの男の子に出くわした。二人は、ブラブラと当てもなく歩いている感じで、お母さんがどこか別の階に買い物に行っている間、おじいさんが男の子のお守りをしているのかな、というような感じだった。おじいさんは、男の子の手をしっかりと握っていて、大事な大事なお孫さんとはぐれてなるものか、という感じと、一緒に歩いていて楽しいという感じと、両方の雰囲気を漂わせていた。
 
微笑ましいなと思って、何気なく目で追っていたら、ほどなくして、男の子は、エスカレーター脇にあった陳列棚の前で、ぴたりと立ち止まった。
 
見ると、上中下と3段に分かれた棚の一番下には、くまのぬいぐるみが山と積まれていた。
 
男の子は、やおらそのうちの1匹を持ち上げて抱っこすると、その場を動かないだけでなく、くまを離さなくなってしまった。それは、ほんの一瞬のうちに起こった出来事だった。
 
お店の人も、よく考えたものだ。棚の一番下なんて、大人はほとんど何があるのか気にも留めないが、そこは、2歳児の目線どんぴしゃりの場所だった。これは、大人に買ってほしいという陳列ではない。2歳児に「ねえ、ねえ」と、くまたちが猛烈に誘いをかけてくれることをねらった陳列方法だ。実にうまい。
 
おじいさんは、多分、置いて帰ろうよ、と声をかけていたようだったけれど、男の子は、おじいさんと手をつないでいない方の手で、胸にくまをしっかりと抱き、てこでもくまを解放しそうにない風情だ。その、手に取って抱っこしたくまが、えらく気に入ったようだった。ぬいぐるみも、よく見ると、苦み走った顔をしたヤツとか、目と目の間が開いてとぼけた顔をしたヤツとか、いろいろな顔をしたのがいる。その子は、歩いていて、たまたま目が合ったくまと、何だか気が合うような気がしたんじゃないか、という気がした。
 
おじいさんは、その様子をしばらく眺めていたけれど、くまを抱いたままの男の子の手を引いてレジに向かい、お財布を出した。やれやれ。お店の人の勝利だ。いや、男の子の勝利か? もし一緒にいたのが、とても忙しいお母さんだったら、くまは容赦なく胸からはぎとられて、棚に返されていたかも知れない。そういう意味では、お店の人の戦略には、五分五分な危うさはある。でも、おじいさんは、孫の様子をよく見ている余裕があったし、やっぱりちょっと甘かったのかも知れない。とにかく、だだをこねるわけでもなく、とにかく大事そうにくまを抱えて離さない姿は、「そんなに気に入ったのなら(その子と気が合ったのだったら)、連れて帰らせてあげたいな」と思わせるのには、十分な感じではあった。
 
抱えられたくまは、うすいベージュ色で、だいたい全長20~25センチぐらいはあった。2歳児が抱っこするのには、まあちょうどいい感じだ。見ている間、男の子は、特に表情を変えたりはしなかった。したことと言えば、抱っこして離さなくなっただけだ。おじいさんと、今やパートナーとなったに違いないであろうくまを抱えた男の子は、またゆっくりと歩きだして、私の視界から消えていった。

 

 

 

あのくまは、これから、男の子とどんな時を過ごすのだろう?
 
私は、昔よく読んでもらったA.A.ミルンの『くまのプーさん』を思い出した。ディズニーの映画などで、よく見かける、あの有名なくまの話だ。母は、私が小さい時、寝る前に、毎日すこしずつ、『くまのプーさん』を読んでくれていた。クリストファー・ロビン(作者の息子さん)とプーさんとコブタくん、ロバのイーヨーなど(おそらくすべてがクリストファー・ロビンの持っているぬいぐるみ)が森で繰り広げる冒険は、とっても面白かった。小さい時の私には、くまのプーさんは、まるで実在の動くくまだった。みんなが、本当に森で冒険しているような気がしていたのだ。
 
そのうち、自分でその本を読めるようになってくると、くまのプーさんがずい分とワイルドに扱われていたことに気が付くようになった。小さい時はよく分かっていなかったが、くまのプーさんは、クリストファー・ロビンが朝起きると、二階の寝室から手を引かれて一緒に一階に降りて来る。その降り方がなんともすごい。クリストファー・ロビンはまだ小さいので、階段をプーさんを抱えて降りるのは難しい。だから、ばたんばたんと音を立てながら引きずられて一緒に降りるのだ。「プーさん、頭ぶつけて降りてきてて、痛いんじゃない?」と声をかけたくなるような降り方だ。その本の後ろの方には、本物のプーさんの白黒の写真も付いていたが、けっこう擦り切れて、ぼろぼろな感じだった。扱いは少々荒っぽかったが、でも、好きで片時も離れないで一緒にいたんだな、とっても大切にされていたんだな、という気はした。いつも一緒に連れまわしていたから、ぼろぼろになってしまったのだし、今も読み継がれるお話が生まれたのだ。
 
胸に大切に抱えられて帰ったくまも、男の子のいい友達になるのだろうか? ちょっと変わった、彼にしか意味が分からない名前がつけられて、男の子のベッドに座り、夜は一緒に寝ることになるのかも知れない。ばたんばたんと持ち歩かれることもあるだろうし、時には、話し相手になったりすることもあるのだろう。

 

 

 

私は、人間には、ぬいぐるみが、ただのぬいぐるみではない年齢があるように思う。大人になれば、ぬいぐるみは、どちらかと言えば、ただの「かわいいぬいぐるみ」となり、家の一角にいて、可愛さで癒してくれるだけの存在になっていく。でも、私も一時期そうだったように、小さな子にとっては、生きてはいないはずのくまなどが、頭の中で生き生きと動き回る時期があるのではないだろうか。
 
以前、友人宅に遊びに行った時、友人が夕飯の支度をしている間、お子さんの相手をして遊んでいたことがある。その子は3歳ぐらいで、「利発」という言葉がぴったり当てはまる感じの、素直でまっすぐな男の子だった。まず、絵本の読み聞かせをした。何の本だったかは忘れてしまったが、すごく一生懸命聞いてくれた。でも、それだけでは限界があった。どうしよう。どうやって遊ぼうか。
 
と、ソファーの上に、寝そべった格好をしたタオル地のぬいぐるみがあった。ふにゃっとした顔のいぬのぬいぐるみだったと思う。ちょっと思いついて、手に持って動かしながら、「たっくん、こんにちは!」とやってみた。そうしたら、けっこう喜んでくれた。いわゆる「ごっご遊び」の一つになったのだと思う。それはぬいぐるみだ、という認識は持っていたと思うけれど、それが動いて話すと、それはそれで、ぬいぐるみのいぬと会話をしているような気にもなれたようだった。というか、私は私で、いぬのぬいぐるみになったつもりで、一生懸命会話をしてはいた。
 
そのうち、たっくんといぬとで「おにごっこ」をすることになった。これは、私もけっこう楽しかった。いぬが、ソファーの上のクッションの間を逃げ回る。そして、柱の陰に行って、柱の陰から頭だけ出して、たっくんを見る。すると、たっくんが柱のところに寄って来て、いぬを捕まえようとする。いぬとたっくんは柱をぐるぐると回って、どちらがどちらを追いかけているのか分からないようになる。でも、いつの間にかいぬは柱から離れてソファーのクッションの下に隠れる。たっくんも追いかけてきて、いぬが隠れたとおぼしきクッションの下の隙間をのぞき込む。ただ、その時にはもういぬはクッションの下のトンネルを反対側から抜け出して、一生懸命クッションの下をのぞき込んでいるたっくんの後ろにそーっと回り、後ろから「わっ!」とやる。「わっ!」たっくん驚く。こんな感じだった。この時のたっくんは、私と遊んでいたのではない。やっぱり、いぬと遊んでいたのだと思う。始終、ケラケラと笑いながらの追いかけっこだった。私もたっくんも、本当によく笑った。
 
この時があまりに楽しかったものだから、実は、この後、もう少し大きい他の子とも同じ遊びをしようとしてみたのだったが、それは、あまりうまくはいかなかった。その子には、「これはくまのぬいぐるみで、これは、おばちゃんが動かして、おばちゃんが話しているのよね」という明確な認識があって、ちゃんと「ごっこ遊び」は出来るのだけれども、「私が」ぬいぐるみに話させたことについて、「私に」質問をしてくる、ということもあったりした。どうも、真にぬいぐるみと遊べる時代は、そう長くはないようだ。ちょっと残念……。
 
たっくんと、そのぬいぐるみのいぬが、どんな関係性にあったのかは分からないけれど、人間には、ぬいぐるみと真にお友達になれる時期があるのだな、という気がした。それを考えると、先の、ぬいぐるみを抱えて離さなくなった男の子も、出会いはデパートだったけれど、やっぱり、仲良しになって、お話もできそうなお友達を見つけた、ということだったのだろう。

 

 

 

心理学では、無生物だけれども、発達のある一時期に、特別な愛着を持つようなものを「移行対象」というのだそうだ。母親に完全に依存して何でもやってもらう時期を卒業し、注意されたりしながら、自分でもいろいろなことをやるようになると、大人と違って、思うように出来ないとか、夜一人で寝るのは怖い、などという現実にぶち当たる。そんな時に、ぬいぐるみや毛布などが安心感をもたらしてくれて、それらの助けで、不安を乗り越えて前に進んでいくことが出来るらしい。そのうちには、おそらく、人間の友達とか、お酒とか、趣味とか、楽しみとか、何か他のものが、気を紛らわして自分を元気づけるものとなっていき、いつまでも持ち歩くわけにはいかない、ぬいぐるみや毛布のことは忘れていくことになるのだろう。でも、人生のどこかでは、何か、ぬいぐるみのような対象が人間には必要なのだろう。
 
デパートで出会った男の子は、あのくまさんと人生の辛い一時期を乗り切っていくのだな。
そんな気がした。

 

 

 

最近、8歳の姪っ子とZoom(ズーム)で話すことがあった。彼女は、1匹のくまのぬいぐるみを持ってきて、私に「この子は、昔から家にいたんでしょ? おばちゃんのくまだったって聞いたけど、おばちゃんにとって、このくまはどんな子だったの? なんて名前つけてたの?」と聞いてきた。うーむ。思い出せない……。ずいぶん前の話だし……。でも、かなりの使用感があることを考えれば、私は、大事にしていたはずだ。それも、記憶がないぐらい、けっこう小さな時に。結局思い出せなかったので、「うん。大事にしていたみたい」と言ってお茶をにごしてしまったのだったが、画面を通して、そのくまに、密かに「いろいろ大変だった時に、支えてくれて、ありがとう!」とは言っておいた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年11月に、散歩をきっかけに天狼院を知り、ライティング・ライブを受講。その後、文章が上手になりたいというモチベーションだけを頼りに、目下勉強中。普段は教師。

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2022-09-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.187

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