缶に残ったコーンの粒を取り出す方法はあるのか
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記事:さかまきK
少し肌寒い日が続く、今日この頃。
私は道すがら、すべての自動販売機をチェックしていた。
「さすがにまだ販売してないか、夏は終わったばかりだもんね」
毎年涼しくなってくると、早々に探してしまうもの。
それは、あたたか〜い『コーンポタージュ』である。
自販機でお汁粉の隣に並んでいる、あれである。
最後にコーンの粒が残ってけして取り出せない、あれである。
その発売を心待ちにしている、というのはまた違うのかもしれない。
けれども、自然と目を光らせては、当時の記憶を辿ってしまうのであった。
***
父は、大学卒業と同時に入社した総合電機メーカーに定年まで勤続した。
どう振り返っても、仕事人間だったと思う。
いつだって私が起きる頃には家を出ていて、寝る時間までに帰ってくることはなかった。
私が幼稚園~小学校低学年の頃だから、父は当時三十代後半くらいだったか。
家族が揃うはずの週末も、仕事や接待、休養へと消えていった。
職場での地位が上がるにつれ、「お父さん」としての存在感は希薄になっていく。
そしてなにより、仕事のストレスがピークを迎えていたのか、いつもイライラしていた。
私たち子どもに直接当たり散らすことはなかったけれど、母とはしょっちゅう喧嘩をしていて、幼心に悲しかった。
みんなで囲む食卓も、最後まで和やかムードが続いた試しがない。
そんなわけで、私も弟たちも常に気を遣っていたと思う。
「怒らせないように、わがままを言わないようにしよう!」って。
けれどもそんな父が毎年冬休みになると、なぜか私を夜間のスケートリンクに連れ出してくれた。
革製のマイシューズがボロボロになっていたことから察するに、昔はずいぶんとスケートに興じていたのだろう。
行き先は、今は無きドリームランド。
漆黒の寒空の下、白光する氷の上を滑るのは、恐怖と興奮の混ざり合うものだった。
それは、私がスケートに不慣れなことだけが理由じゃない。
「お父さんを怒らせないように、二人で楽しく過ごせるかなぁ」とビクビクしていたのだ。
「心細くてお母さんにも来てほしい」なんてことは、とても言えない。
しかし、そんな不安も杞憂に過ぎなかった。
気短なはずの父が、滑り方を優しく根気強く教えてくれる嘘のような時間。
いつになく穏やかで満足そうな、終始笑顔の父がそこにはいたのだから。
その帰り際、スケートリンクの脇にある自販機でコーンポタージュを買ってくれるのがお決まりだった。
冷え切った体に染み渡る、なんだかやけに優しい味だ。
自分の内面を映し出したようにも感じるそれを飲み干す頃には、緊張はすっかり解けて安心感に包まれていた。
そして毎回、どう頑張っても缶の底に残ったコーンを取り出せず、未練がましくも渋々ポイ!
そんな時、いつももう一つの感情が生まれた。
「今頃、弟二人の面倒を見ているお母さんは、こういう味を知ってるのかなあ」
当時の私はよく、「お母さんにもっと優しくしてあげて!」って泣きながら父に懇願した。でもあまりに無力だった。
それはまるで缶の底に最後まで残るコーンの粒のように、心のしこりとなっていた。
月日は流れ三十歳を過ぎ、私自身も社会に出て少なからず責任を背負うようになった頃。
ふと気づいたことがある。
父は別段、仕事のストレスを家庭で発散していたわけじゃないのかもしれない、と。
社会人としての自分と、父親としての自分、その二つの役割を両立できない自分に対して苛立っていたのではないか、と。
ということは、仕事で余裕を失う中、父なりに家庭を顧みていたということになる。
そしておそらく、そんな父が唯一甘えることができたのが母という存在だったのだろう。
だからこそ、思うようにいかない自分へのむしゃくしゃした感情を、心の支えとしている人に代わりに背負ってもらうべく、真っ向からぶつけ続けた。
母からすれば迷惑も甚だしいが、父が当時を乗り越えるにはそうするほかなかったのかもしれない。
そんなふうに考えるようになって、ようやくあの頃のコーンを飲み込むことができたのだ。
昨年、定年退職をした父は、今や色んな意味で丸くなった。
くだらないことで母を笑わせようと、日々頭を捻っている。
たぶん罪滅ぼしみたいなことなのだろう。
過去の母の笑顔を取り返すかのように、くだらないギャグやとぼけた挙動を繰り返す。
正直、耳も目も塞ぎたいほどつまらない。
それでいて、どうしたって笑ってしまうものがそこにはあるのだった。
あの頃、ひとりで弟二人を抱きかかえながら私と手を繋いでくれていた母ならば、取り出せないようなコーンの粒だっていつか飲み込んでくれるかもしれない。
それとも、とっくに飲み込んで、もうすでに消化されているのだろうか。
***
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