メディアグランプリ

賢人の土


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:濱田征太郎(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
「え? なんで!? 何で死んでんの!?」
その年最後の台風がむんむんとした熱気を吹き飛ばし、気温は急に冷え込んできていたが、僕の背中には汗がにじんでいた。大切に育てていた球根植物を植え替えようと掘り起こしてみると、そのほとんどが腐っていた。球根植物は植え替えの時期には球根だけになって土の中で休眠しているため気づかなかったのだ。僕はそのとき、会社を辞め、植物を育てて、それを売って生計を立てようと起業したばかりだった。貯金も底をつきかけ、この冬に植え替えた植物を売ることでまとまった収入が入るはずだったのだ。どうかこの鉢は無事であってくれと願い、鉢をひっくり返していくが、やわらかい土の塊と化した球根によってその希望は次々と打ち砕かれていく……。僕はその場に崩れ落ちた、管理には何も問題がないはずだった。水やりだって今までと同じやり方だった、それで問題が起きたことはなかったし、日当たりにも細心の注意を払っていた。何が起きたのか全く理解できなかった。
頭の奥がカーっと熱くなり視界がかすんだ。このコレクションを集めるのにいくらつぎ込んだだろう、一株5万円以上するものだってごろごろしている。海外の栽培家との交渉で苦労して集めた、今ではもう手に入らないようなものまで含まれていた。種を取るための大切な親株のコレクションだったのだ。もう一度買い集める資金は到底なかった。
そのころは趣味として初めて植物の道に入ってから5年くらいたったころで、サボテンや多肉からもっとマニアックな球根や山野草まで守備範囲が広がり、家の内外は植物で埋め尽くされ足の踏み場もないほどだった。ほどんどの植物を枯らすことなく栽培できていて、難易度の高い実生(種から育てること)にも次から次へと挑戦した。どんどん調子に乗っていろんな植物に手を出した。はっきり言って自分の力を過信していたと思う。自分に育てられない植物はない。そう思っていた。広大な温室に何万株とひしめく植物を栽培している未来を思い描いていた。
そんななか、冒頭の惨劇が起こったのである。何十年かに一度の天変地異が起こったわけではない。ただ単純に例年より少し暑い真夏日が何日か続き、悪いタイミングで水をやってしまったのだ。植物は乾燥状態であれば暑さや寒さなどのストレスに耐えることができる、しかし水をやって湿らせてしまうと途端にそういったストレスに対して脆弱になってしまうのだ。今まで無事だったのは単純に運が良かっただけだったのだが、その頃の僕にはそんな事も理解できていなかった。今までの自信は完全に打ち砕かれた。植物を売って生きていくんだという希望はかき消され、リスクしか目に入らなくなった。そのトラウマから僕は手当たり次第にいろんな植物を増やすことをやめた。今まで持っていたいろんな植物も少しずつヤフオクなどで手放した。植物栽培という職業を選んだことすらも大きな失敗だったとまで思うようになっていた。だがそれでも球根植物の不思議な魅力だけは僕の心を離さず、次第に手元にある植物のほとんどが球根だけになったころ、けっして楽な状況ではなかったが、純粋に植物を楽しむ喜びがまた感じられるようになった。一つ一つの植物にもっと深く向き合うことができるようになっていた。
すると、不思議なことが起きた。
球根植物だけと向き合っていく中で以前よりもクリアに植物の状態が把握できていることに気づいたのだ。
葉っぱを見ただけで土の中の根の状態がわかるようになった。土の上に何もない休眠中ですら中の状態をかなりの精度で予測できるようになった。もちろん植物に何が必要かとか、土についてとか、肥料についてとか、かなり勉強もした。しかし最も大きいのはそれらの知識を自分の感覚と深くリンクさせることができるようになったからだと思う。毎日同じ植物を見ることで昨日と今日で微妙に違うのはなぜか、その意味が分かるようになったのだ。
以前はうわべだけの知識で、本で読んだとおりに栽培していた。何もないときにはうまくいくが、少しイレギュラーが起こるとすぐに失敗する。手当たり次第にいろんなものを栽培していたために、本質的なところを全く理解できていなかった。いろんな植物があると条件が違いすぎて、本当は何が必要だったのか、見えてこなかったのだ。例えば水やり一つをとってもそうだ。乾燥していて水が必要だったのか? それとも単に水で温度を下げたからよかったのか? そういうことが見えていなかった。
なぜそれが理解できなかったのか、その理由が今ではよくわかる。一番大きい理由は土だったのだ。いろんな植物があったので、植物のタイプごとに違う土を使っていた。本などでおすすめされている培養土だ。しかし植物ごとに違う土を使っていては本質が見えにくくなる。水やりをしても土が違うと乾く速度が全然違うからだ。肥料をやっても吸収される割合が全然違うからだ。同じ土を使っていれば土ごとに変なフィルターがかからなくて済む。水をやった量に比例して植物が素直に反応してくれる。何が最適か感覚でわかるようになる。土が得体のしれないブラックボックス化しなくなるのだ。世話をしないといけない要素はできる限り少ない方がいい。
土が必要だった、できる限りすべての植物を失敗せず育てることのできる培養土が。空になった鉢に囲まれて絶望したあの日から2年以上の月日が流れた。あれからずっと目を背けていた、たくさんの植物を育てるという夢が頭の片隅でまだ小さく燃えているのに気付いた。
いけるかもしれない。
どんな特性の土が必要かはわかっていた。あとはどんな配合でそれを作るかだけだ。ネットでいろんな土を買いあさり、赤玉土だけでも7つのメーカーのものを試した。水はけを重視し、細かい微塵は徹底的に取り除いた。とにかく最高のものが欲しかった。
2年の歳月と14の失敗を経てその土は完成した。
この土なしでここまでこの農園を続けてこられたかというと本当に自信がない。あの惨劇のあと球根植物と向き合うことで得られた感覚をほかの植物にもリンクさせることができたのはこの土のおかげなのだ。
中国のことわざにこんなものがある
「最高の肥料は庭師の影」
育てる人がきちんと植物を理解し、世話をすれば、それはどんなものにも勝る、最高の肥料になる。
あなたの植物を本当に理解できるのは常にそばにいるあなただけだ。
この土は僕をいろんな植物を理解し、問題に対処できる賢人にしてくれたと思う。
あなたもこの土で植物を理解し、どんな困難にも対処できる賢人になれると信じている。
これが「賢人の土」だ。
 
 
 
 
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2022-10-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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