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「名前を呼ぶ」ことは愛なのか


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記事:武山世里子(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
先日、ある男性の告別式に参列した。
告別式が行われた教会は、西成のあいりん地区(通称ドヤ街)のはずれにあり、そこに集った仲間たちのほとんどが、元ホームレスや日雇い労働者だった。
彼らは、ギャンブル、アルコール、薬物等で、家族や仕事を失い、流れ着いた西成で日銭を稼ぎ、炊き出しに並びながら、ドヤ街で命をつないできた人たちだった。
 
弱さや貧しさでつながった彼らは、問題だらけの生活を「ともに暮らす」ことで、家族のように、西成の厳しい地域で生き抜いてきた。
 
その男性の告別式では、おっさんたちが故人(政道氏)の名前を呼びまくっていた。
「政道 お前ほどひどい男は一生忘れへんぞ!」
「政道 お前を病院から連れ戻してやりたかった!」
「政道 こんな箱(棺)に入って何しとんじゃ!出てこい、政道!」
「政道 黙ってんと何か言え!」
「政道 神様にわし等のこともちゃんと話してや!」
政道、政道、政道……何を話すにも、故人の名前をまず呼んでから、話を始めていた。
 
おっさんたちの呼ぶ「政道!」の声が耳から離れない。
そして思った。
「おっさんの愛があふれてる」
 
 
 
世界の貧困国の一つ、バングラデシュに「ラルシュ共同体」という知的障害のある人たちが暮らすコミュニティがある。医療や福祉の行き届かない圧倒的な貧しさの中で、障害のある人を中心にして、宗教や民族の異なる人たちが共に暮らしていた。
 
障害があるのは不信仰や悪霊のため、という理由で家系から断たれてしまった人、
障害ゆえに働いたり子どもを育てたりができない、という理由で捨てられてしまった人、
何度も何度も性的虐待にあった障害のある女の子たち、
このような人たちが、コミュニティの中で守られ、必要な支援を受けながら暮らしていた。
 
「支援者」として訪問したものの、これ程の厳しい環境の中で、私のできる「支援」なんて、その場限りの無に等しいものだと感じた。
そんな私に、共同体のリーダーが最初にこう言った。
「子どもたちの名前を呼んで、ただそばにいてあげて。それが一番の支援」
 
その共同体では、常に誰かが誰かの名前を呼んでいた。
「リコ 今日は自分で服を着てみようか」
「バッピー 今日もアラーの神様にお祈りができたね」
「ラッセル あなたの声を聞かせて」
「サルマ サルマ サルマ 今日もかわいいね」
 
知的障害のある彼らも、自分の名前が呼ばれているのはしっかり理解していた。
ベンガル語が話せない私は、ひたすら彼らの名前を呼んだ。
名前を呼んでいると、彼らから手をつないだり、ハグをしたりしてくれるようになった。
 
誰かが誰かの名前を呼びながら、話をしている姿を見ると、とてもあたたかい気持ちになった。
そして思った。
「愛があふれてる」
 
 
 
彼との間に問題が起こった。
話をしても私たちの間にできてしまった溝は埋まることがなかった。
日々の会話やラインのやりとりも、何かが違う。
問題そのものと関係のない話をしていても、以前のようにはいかなくなった。
 
そして、気づいた。
彼の名前を呼ばなくなったのだ。
 
「今度の連休は仕事になった」
「いつも行ってたカフェが移転した」
「歯医者さんどうやった?」
 
かつては、かならず、
「太郎さん、連休お休みになったで」
「太郎さん、いつものカフェが移転したで」
「太郎さん、歯医者さんどやったん?」
だったのに。
 
彼の名前を気軽に呼ぶことができなくなった。
それは彼も同じだった。
私の名前が彼との会話から、メールやラインの文章から、徐々に消えていった。
 
名前を気軽に呼べなくなり、私たちの関係は変わった。
そして思った。
「愛がずいぶん遠いところに行ってしまったな」
 
 
 
私の親が、幼かった私たち姉弟に言っていた姿が、いまだに甦ることがある。
よくある親子のやりとりだ。
「シンヤ!今すぐにゲームやめへんかったら、絶対捨てるからな!」
「ヨリコ!ピアノの練習しいひんかったら、先生に『やめます』って連絡するで!」
 
言う方も言われる方も、気持ちのいいものではない。
母は感情のコントロールができず、子どもが聞く状態かどうかなんて顧みず、ヒステリックにメッセージを発信していた。
 
大人になって思う。
「毎日鬱陶しかったけど、やっぱりあれも愛だったな。」
 
 
 
誰かの「名前を呼ぶ」ことは、何かを伝達する目的のために特定の個人の注意を引き付ける……それだけではないんだな、と改めて思う。
「名前を呼ぶ」という行為は、
「あなたをとても大切に思っている」という「愛」のメッセージを発信しているように思う。
 
西成のおっさん達も、バングラデシュの障害のある人たちのコミュニティも、私の親も、「名前を呼ぶ」ことによって、「愛しい」気持ちを相手に表現していた。
 
 
 
近くにいるのが当たり前だった太郎さんの名前を、私が自然に口にする日が再び来るのだろうか。
もし、それができたなら、私たちの間にできてしまった溝は埋まっているのだろうか。
 
名前を呼ぼう。それもできるだけ、愛しい気持ちをこめて。
 
 
 
 
***
 
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