いまの自分の顔がいちばん好き《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/11/07/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
あ、わたしいま、とっても可愛い!
街を歩いているとき、ショーウインドウのガラスにふと映った自分の姿を見て、そう思った。なにげなく撮った、自分の写真を見たときも、同じように思ったことがある。わたしは、自分の顔が可愛くて好きだな、と思ったのだ。そんなことをわたしが思っている、と聞いた人は、「自分のことを可愛いって言うなんて、どれほどの器量なのかしら」と、まじまじとわたしの顔を見たくなるかもしれない。そして、クスッと笑うかもしれない。うん、きっと笑うと思う。だって、わたしはそんなに器量よしではないのだから。でも、自分だからわかるのだ。わたしは可愛くなったのだ。小さな子どもの頃よりも、制服を着ていた学生の頃よりも、20代の若かった頃よりも、うんとずっと可愛くなったと思う。そして、以前は好きではなかった自分の顔を、好きになっていたのだ。
そう、子どもの頃、わたしは自分の顔が好きではなかった。「お好み焼きみたいな顔に、あまった粘土でくっつけたような鼻」、と父親はわたしの顔を見て言ったことがある。その時は、なんてひどいことを言うんだ、と子供心にも傷つき、ぷんぷん怒っていたものだ。でも、実は親子でよく似ている鼻ぺちゃな様子を、「あまった粘土」と言った父親の表現力は、なかなかにおもしろいとも思っていた。さらに、わたしが子どもの頃の写真を見て、夫は「いい意味で、消しゴムみたいな顔をしていたんだね」と言った。いい意味で、という言い方はいまでも理解できないけれど、お好み焼きや消しゴムという、なんだかのっぺりとおうとつのない顔をしていた、ということだ。そう、可愛いとは言えない少女時代だったのだ。
人間、顔じゃないよ、心だよ、と言われることがある。顔が可愛いとか美人とか、見た目で判断するのではなくて、性格が優しいとか正直だとか、人としての内面こそが大事だよ、という意味だ。確かに、顔の器量でその人を判断したり優劣をつけたりするのは、正しくないことだ。でも、そんなきれい事ではすまないことってあると思う。やっぱり、可愛くないより可愛い方がいい。どうしても可愛い女の子のほうが、そうではない自分より、なんだか楽しそうに見えてしまっていた。だから、ちょっとでも綺麗になれるように、自分なりにがんばった。ダイエットをしてみたり、自分に似合うおしゃれをしてみたり、背筋を伸ばして姿勢を正しくしてみたり。あれこれやっているうちに、なんだかやっていること、それ自体が楽しくなってきた。そして、最初の目的の「可愛くなりたい」ということを、いつの間にか忘れてしまって毎日を過ごすようになって、いつのまにか「可愛くなる」ことへの執着がなくなっていった。
誰かが自分より可愛いとか、自分は他人より可愛くないとか、そんなことが気になるときは、自分に意識が向かいすぎているときだ。そんな時は、人から見てわたしはどう見えるだろうか、と気になってしまうのだ。でも、なにかに夢中になっているときや、目標に向かってがんばっているとき、つまり意識が外の世界に向かっているときは自分のことはあまり気にならない。なにかに夢中になって充実した生活を送っていると、気持ちも満たされている。そんなときは不思議と、人はいい顔になっているものだ。なんだか、充実した心のうちが顔からあふれて、にじみ出てくるような感じになるのだ。
いつだったか、ふと鏡をのぞいたときに、自分の顔が輝いているように見えたことがある。そのときわたしは、仕事をしたり、勉強をしたり、友だちと遊んだりと、とても充実した日々を送っていた。とても楽しかったのだ。その、楽しい気持ちが顔ににじみ出ていた。顔の造作は、子どもの頃からまったく変わらなかったのに。そして、友だちが恋をしたときも、すぐにわかった。彼女の顔は楽しげにキラキラと輝き始めたから。人間の顔は、気持ちのあり方でまったく印象が変わるものなのだな、とそのときに感じたものだ。なにを思っているか、世界とどのように向き合っているか、なにかを好きとか嫌いとか、そんな内面が、人間の外見を形作っているといるのだと気付いたのだ。
子どもの頃、母に「わたしの顔は、あんまり可愛くない」と愚痴をこぼしたことがある。そんなとき、母は笑って言ったものだ。
「生まれ持った顔が美しいかどうかなんて、気になるのは若いうちだけよ。年齢をかさねていったら、内面が顔に出てくるのよ。どんな経験をして、どんなことを考えて、どう生きてきたかが顔に出るのよ。だから、大人になったときには自分の顔に責任を持ちなさい。あなたの顔そのものが、あなたの生き方を表すものになるのだから」
自分の顔に責任を持つ、という意味が当時はわからなかったけれど、いまなら理解できる。いつも不満ばかり言う人は、口がへの字になっていて、なんだか怒ったような顔をしている。反対に、他人を思いやって優しい言葉をかけることができる人は、いつも笑っているようなにこにこした顔をしている。気持ちや性格は顔にでるのだなあ、としみじみと思うのだ。
さて、自分はいま、どんな顔をしているのだろう。いままでの人生で、楽しいことばかりを経験したわけでは、もちろんない。楽しいこともあったし、そうでないことだって、それなりにあった。でも楽しくない経験だって、すべてが思い出したくないほどの悪い経験だったのか、というとそうではない。そこから、学んだことだって、たくさんある。そして、その経験があって、いまのわたしがある、と考えたとき、わたしのいままでの人生は、まるごと愛おしいものに思えてくるのだ。いいことも悪いことも、自分を育て成長させてくれる糧となっている。そんなことのひとつひとつが、美しく重ねられた層となってわたしを.育むものだとしたら。わたしの内面を彩り、それが顔ににじみ出てきているのだとしたら。わたしは、自分の顔が、とても愛おしく感じるのだ。そして、いままでよりもずっと、自分の顔を好きになっていったのだ。
ショーウインドウのガラスに映ったわたしの姿は、まっすぐに前を向いていた。そして、気付いたのだ、ちょっとだけ、わたしの口角がきゅっとあがっていることを。口の端があがっていると、なんだかとっても楽しげに見える。前を向いて、笑っている、そんなわたしの顔は、いまのわたしの気持ちをそのまま表している、と思った。
いま、わたしには夢がある。やってみたいことがある。そのために、自分と向き合いながら努力をしている最中だ。いま、わたしは47歳。もうすぐ50歳になろうとしているのに、なにができるというの? と笑う人がいるかもしれない。ほんとうにその通りだ。自分でも笑ってしまう。でも、人生80年と言われていたのに、いつのまにか100年時代になってしまって、わたしはまだ、人生の折り返し地点にも立たせてもらえていない。まだまだ、自分と付き合って生きていかなければならない。それならば、これからの残りの人生を、やりたいことをして悔いのないように生きてみたい。そんなことを思ったら、わたしの顔は、いつのまにか輝きを持ち始めたのだ。
母が言った、「大人になったら」の「大人」に、もうすでにわたしはなっている。そして、きっとこの命が尽きるまで、大人として自分の顔に責任を持って生きていくことになるはずだ。自分の心持ち次第で顔が変わることは、とてもおそろしいことだけれど、不思議と楽しみでもある。自分の顔は、自分で変えていけるのだ。きっとこれまでみたいに、いろいろなことが起こるのだろう。でも、そのときにたくさん考えて、悩んで、そのとき最善の答えを出して歩んでいきたい。それは、たくさんの経験をした大人だからこそできることだ。そして、その経験が顔に刻まれていくのだ。きっと、味わい深い、趣のあるよい顔になるに違いない。昨日よりも今日、今日よりも明日、いい顔になっていられるようになりたいと思っている。
□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
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