母の横で黙っていた私が、今は、堂々と自己紹介できるようになった理由《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/11/07/公開
記事:松尾麻里子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「かわいいわね、いくつ?」
子供の頃、母と出かけると、だいたい、見知らぬ人に話しかけられた。
私が答えにモジモジしていると、
「5歳なんですよ、こんな風におとなしいですけど、上には兄が2人いて••••••」
と母が勝手に私の自己紹介をしてしまう。
それも決まって、この子は、人見知りだとか、兄がいるから家ではワンパクだとか、ペラペラ、ペラペラと、愛想よく、見知らぬ人と平気で会話する。私には知らない人とは絶対に話すな、といつも、しつこいくらいに忠告してくるのに、当の本人は、ニコニコしながら喋っている。それも私の個人情報を。その人がもし、悪い人だったら、もし、私に何かあったら、どうするのだろう。私は、いつも母の横でその様子を黙って見ていて、心底、嫌だったし、そもそも注目されるのが恥ずかしくて逃げたい気持ちでいっぱいだった。大人になったら、みんなこうやって、対応しなくてはならないと思うと、本当にゾッとした。だから、外出は極力したくない、といつも思っていた。
けれども、母は社交的で、よく出かける人だった。
そのたびに、まだ小さかった私は、否応なしに連れて行かれた。兄たちは部活だ、塾だといって、いろいろと忙しく、ほとんど、その集まりには行かなかったし、母も、積極的には、連れて行かなかった。男の子は行っても楽しくないでしょうと、女の子の私だって、こんなの、つまらないのに、と心の中で思っても、それは多分、言ってはいけないんだと、仕方なく、ついていくほかなかった。
お出かけの準備も嫌いだった。
母は、いつも洋服を着替えながら、
「また、この青いワンピースよ。この一着しか、お呼ばれに着ていく服がないなんて、
本当に恥ずかしいわ。隆子さんは、また良いお洋服を着てくるのでしょうけど」
とぶつぶつ、嫌味や文句を言って、友達と自分を比較する。
うちだって決して、洋服の一着や二着、買えない経済状況ではないのに、
ただ、母が、この頃、自分を着飾ることを忘れていただけなのに、
まるで、ものすごく、生活が苦しいような言い方をするのが、
どうにも、惨めな気持ちだけが残って、気に入らなかった。
せめて、自分の格好ぐらいは、着なれていて、好きなものにしたかったのに、
たしか、あれは冬の寒い時期だったと思う。お出かけする時に、私は、お気に入りの履きなれた赤いスノーブーツを履いて自宅を出たのだが、母は、最寄りの駅まで、それに気が付かず、駅に着いて初めて、私がブーツを履いてきたことに気がつき、そして、深いため息をつきながら、
「ダメじゃない、こんな汚いブーツ履いてきちゃ。帰って履き替えるわよ」
と呆れながら、早足で来た道を戻り、家に帰ると、キレイな黒いバレーシューズみたいな靴をはかされて、もう一度、駅まで小走りで向かった。アップダウンの激しい道を、母の手に引っ張られて走りながら、
この靴、硬くて、足が痛くなるから嫌いなのに。
自分はいつも、同じ青いワンピースを好んで着ているくせに。
私にも、なぜ、この赤いスノーブーツを選んだの? と聞いてよ。
と、心の中は、ずっと、不満だらけだった。
よそ行きの服、よそ行きの髪型、混んでいる電車、見知らぬ街、母の友達、その友達の子、
声がワントーン高くなって、やたらと、みんなの音頭を取りたがる母、いき過ぎた謙遜••••••。
居心地の悪さに加え、母はやたらと友達の子と仲良くしなさい、と言ってくる。
「ほら、まーちゃんが、一緒に遊ぼうって」
「ゆみちゃんは、人形遊びが好きなんだって」
たびたびの耳打ちと、私の背中をやたらに押してきて、
人見知りと知っているくせに、娘に一番、苦手なことを押し付ける。
私だって、ここで、
「一緒に遊ぼう!」とか、
「今は、遊びたくない、一人がいい」とか、
素直に言えたら、どんなに楽か。
自分の気持ちをうまく言えない子供時代を過ごした私は、こんなことばっかりで、
たくさんの苦労をしてきたような気がする。
それは、中学に入っても、高校に入っても、あまり変わらなかった。
ただ、母の態度は少し変わった。
そのころは、母と一緒に歩いていても、まず見知らぬ人に話しかけられることはなくなったが、
知り合いに会っても、私のことを積極的に紹介しなくなった。
「こんにちは。あら、娘さん?」
街ですれ違った時に、知り合いに話しかけられても、
「そうなんですよ」
そう、この子は、私の娘です。
もう、これ以上、聞かないでもらえます?
を、その一言に凝縮した「そうなんですよ」を返す。
そうすると、その知り合いにも真意が伝わるのか、
「じゃあ、また」
と、そそくさとその場を立ち去っていく。
以前に比べると、ずいぶんと楽にはなったが、母が私を隠すような態度は、正直、悲しかった。
まあ、兄に比べると、私には、自慢できることは何もない。
勉強も、スポーツも、どれも平均的で、突出した何かを持っているようなタイプでもなかったし、
何か、こう光る個性みたいなものがあまりない、私は、本当に普通の子だった。
一方、兄2人はというと、いわゆる文武両道タイプで、学校でも目立つ方だったから、
よく、同級生のお母さんなどに会うと、
「陽介くん、また一番だったわね」とか、
「優斗くん、県大会の選手に選抜されたんだって?」など、
明るい話題に事欠かなかったので、母もその都度、
「そうなのよ〜、おかげで毎日忙しいわよ」
「いや、トンビが鷹を産むって、こういうことを言うのかしら」
などと、高卒の自分を謙遜しつつも、嬉しくてたまらないって顔で応えていた。
その顔はいつもキラキラと輝いていて、今でも、たまに、その表情を思い出す。
母が、その時、私のことを隠したがっていた本当の理由については、
この後、10年後に突然、知ることになったのだが、
私がお正月に帰省して、あまりにも暇だったので、家族写真のアルバムを見ていたら、
「この時、あんた醜かったわよねー、太っているのにスカート短くして、太い脚出してさ、
眉毛も細いし、ムスッとしているし、正直、一緒に歩くの、恥ずかしかったわよ」
と、母の突然の告白。
そんな理由だったんだ。
勉強でも、スポーツでもなくて、容姿だったのか。
その時は、ショックというよりかは、子供ができると、親ってそういうことを思うんだ。
子供の見た目はどんなでも、気にしないし、自慢の子供、ってわけにもいかないんだ。
ただただ、漠然と、親になるということをぼんやりと考えていた。それだけだった。
私が、少しずつでも、自分の考えを外に出せるようになったのは、社会人になってからだった。
縁あって、新卒で入社した会社が、そのきっかけを与えてくれたのだと思う。
社会人の第一歩を歩んだ会社は、関西に本社を置く、老舗のメーカーで、創業者が一代で築き上げ、その経営理念や哲学が、何度も書籍化されるなど、日本の経済/産業界においては、結構な有名人なのだが、私もこの人はすごい人だと未だ尊敬している。そして、この会社の素晴らしさは、会社を去った後に、より、実感した。
この会社が傑出しているのは、
その創業者の理念や哲学を、社員がいつも身近に感じられるように教育を徹底しているところだと言えるが、社員全員が同じ理念や哲学を理解し、体現することが、いかに会社の成長には不可欠であるということは、他社に移り、身をもって知った。やはり、会社の軸に、ばらつきがあると、遅かれ早かれ、その会社は転覆に向かう。その点、社員一人一人のアウトプットのストーリーがそれぞれ違っていても、理念や哲学が同じであれば、足並みは乱れることはないし、最終的には、同じ方向を向いて、進むことができ、結果を残せるのだ。
その理念や哲学については、入社時にハンドブックとして配られる。
最初、パラパラとこれを読んだ時は、例えば、「誠実であれ」など、人間として、至極真っ当なことが書かれてあって、特に、これは! と開眼するような内容のものでは無い印象だったが、そのうち、この当たり前のことを、忘れずに、そもそも実践できることすら、どんなにか難しいのかを悟り、世の中の原理原則は全て、この理念と哲学で出来ているとさえ思ったほどだった。
理念や哲学の血肉化については、主に2つの方法で、より強固なものへとしていくのだが、その一つは、毎年、年末に、1年間の仕事を振り返り、どの理念や哲学が、仕事に活かされたか、論文という形で提出をすることを全社員の必須タスクとしていること、もう一つは、3ヶ月に1回のペースで研修が開催され、この理念や哲学が生まれた背景を学び、日頃の業務において実践できたこと、できなかったことを具体的なエピソードを交えて、部署も年齢も様々な社員が集まって、終日、ディスカッションを行うのだった。そのディスカッションこそが、自分の意見を誰かに、しかも的確に伝える、良い訓練となったのだった。
最初は、何をどう伝えるべきか全くわからなかったし、人前で話をするなど、もってのほかだったので、それこそ文節区切りで、夏休みの絵日記のようなコメントであったが、それでも、周囲は馬鹿にすることなく、真剣に、共感しながら聞いてくれたので、私も安心をし、だんだんと回を重ねるごとに、
私は、どう思ったのか。
なぜ、そう思ったのか。
それを、どう解釈しているのか。
今後、どうしていきたいのか。
をしっかりと伝えられるようになっていった。
そして、思ったこと、学んだことを正しく伝えるためには、絶対に嘘をついてはいけない、と
思うようになり、必然的に内省を繰り返すようになった。
自分の内側に、たびたび問いかけることによって、
今まで、自分でも見えていなかった、本当の自分というものがわかるようになってきた。
自分のことが理解できるようになると、人ってこんなにも、生きやすくなるものだろうか。
他人に、自分をさらけ出すことへの恐怖や抵抗が薄くなっていき、
自ずと、他人と関わりを持つことを厭わなくなっていく。
そして、だんだんと世界が広がっていく。
この研修を通して、自分の内側に目を向け、考えをまとめて、誰かに伝える術を学んだことで、相当、会話をするという単純なようで非常にテクニックがいる作業に、私は、自信を持てるようになった。
それをきっかけに、今までのサポート業務から、フロントに立って営業をやるという新しい目標ができ、晴れて営業担当として、クライアントを持たせてもらえるようになった時には、本当に自分の変化や成長を感じ、非常に嬉しかった。
お客様との商談は、理念と哲学をベースに、内省と、相手のことを見立てる力、それをいつも意識していれば、商談の結果が、たとえ失敗に終わっても、受け止めることができた。そこまで、しっかりとやってきたと、自分を信じ、肯定できるからだ。自分を肯定できるか、責めて終わるかは、営業職の寿命に大きく関わることである。
私は、このメーカーを退職した後も、ずっと、営業職を歩んできている。
情報、デザイン、ソフト、サービス、人材と商材は有形から無形まで多岐に渡る。
次は、何を扱うことになるだろう。それはまだわからないが、とにかく、母の横で、言いたいことも言えずに、黙って縮こまっていた少女は、やがて、大人になり、人生を変える会社と、考え方に出会って、人にも想いを伝えられるようになり、自分のことを一番に理解し、信じて、今は、堂々と名刺を渡して、自己紹介もしっかり、できるようになった。もう、今は何も怖いものはない。向かうところ敵なしって感じで、自由に、楽しく、毎日を大切に生きている。きっとこれからもそう。歳を取るのも怖くない。まだまだやりたいことや、夢もたくさんある。あー、大人になって良かった!
大人って本当に楽しい!
それは、もしかしたら、人によっては、子供の時に開く扉なのかもしれないが、
私は、大人になってから、その扉がどこにあるかがわかった。
みなさんの扉は、もう、開いていますか?
□ライターズプロフィール
松尾麻里子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都生まれ、二児の母です 部品、情報、デザイン、コンテンツ、人、次は何を売るのだろう、ずっと営業です
国家資格キャリアコンサルタント、B C M A認定キャリアメンター資格取りました
そして、今、天狼院書店ライターズ倶楽部にて、書くことを勉強しています
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