シン・夜に駆ける《週刊READING LIFE Vol.193 夜の街並み》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/11/14/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
今日も、夜の街を車で駆け抜けている。Y O A S O B Iではない。仕事である。
そうすると、昼の光の下では見えなかったものが見えてくる。
昼間の太陽の下では、街は平等に照らされている気がする。もちろん建物の影や暗がりというのは存在するが、基本的に見えないところはない。“明け透け”であるが故に、平等つまり全てがほとんど均一に見えている。
しかし夜は違う。繁華街に行けば遅くまで営業している店のネオンや店先の照明は絶えないが、住宅街では明るさは家の中に閉じこもる。賑わいや温かみは全て家の中に収められて、ひとたび外へ出ればそこは暗闇である。“コントラスト”なんて生やさしいものではない、明るいところと暗いところ、その差は夜になればなるほど不平等になる。
ライスワークとして、タクシードライバーをしている。否応にも夜の街を走ることになる。
昼間はお客さんを求めて住宅街やオフィス街など忙しく走り回っているが、夜になると走り方が変わる。いや、変えざるをえないというべきだろう。
夜になると、それもほとんどの人が家路についた後の午後11時を過ぎると、基本的に繁華街や駅しか営業場所は無くなってしまう。光のように、人の居所も平等性をなくして偏ってしまうのだ。夜はいろんなものを不平等にする。
この日も繁華街で信号待ちをしていると、一人の若者がふらふらと近づいてきた。
すかさずドアを開けて後部座席へその男性を誘った。
「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きますか?」
「hgfdま、グェrtytぁkrfnfr……」
呂律が回っていない。いい迷惑である。
夜の繁華街、それも東京でネオンが絶えない街である渋谷や新宿などでは、こういった自分の行き先も言えないお客さんというのは少なくない。多くはそのエリアで働いている女性やホストのお兄さんではなく、ただ飲み過ぎてハシゴの末にたどり着いた、タクシーに乗り慣れていない人である。
こちらは慣れたもので、少し大きめの声で焦らず住所を聞き出す。思っていたより遠そうだ。タクシー料金は走行距離が長ければ、それだけ売り上げも高い。出来高制で働いているタクシードライバーにとって、長距離のお客様つまり“ロング客”は、大変ありがたい上客である。
指定された住所へは、高速道路を利用すれば大体30分ほど。意気揚々とメーターを入れ、ウィンカーを出して車を発車させる。高速の入り口はすぐそこだ。早めに一番右の車線に入り、料金がどれぐらい高くなるだろうかと、予想する。思わぬロング客に少しニヤけてしまうが、大丈夫だ。緩んだ唇も全てマスクの下だ。高速に乗ると、一目散に千葉方面へアクセルを踏んだ。
僕がタクシードライバーという仕事を始めて半年後。東京に緊急事態宣言が発令された。
いろんな情報は飛び交い、行動は制限された。各種イベントは中止になり、友人との立ち話ですら遠慮するようになってしまった。
タクシーという仕事は、言い換えれば“人を移動させる仕事”である。
オフィス街に出勤するサラリーマンは激減し、リモートワークがどんどんと取り入れられた。それ自体は社会の発展・効率化という面で見れば大きな進歩かもしれないが、タクシードライバーにとっては致命的な打撃である。すかさず多くのタクシー会社が休業や、台数を制限するという処置をとった。
とりわけ酷いのが夜だった。
お酒を提供する飲食店の営業時間が、午後8時までに制限されていたので、多くの繁華街は見たこともないほど暗かった。
高級そうなクラブのネオンが、いつもは眩しい銀座の路地も。
若者が店に入れず、コンビニ前でたむろしながらナンパに励んでいる渋谷・道玄坂も。
昼間はキュッと締めていたネクタイを緩ませて、おっちゃん同士が肩を組合いヨロヨロと彷徨っていた新橋も。
どの街も、明かりはほとんど灯っていなかった。まるで街自体の電源を切ってしまったかのように、ヒト気もなく、静まり返っていた。
東京都に緊急事態宣言が発令された2020年4月の一ヶ月こそ休業していたが、その後は会社からの指示で出勤し、夜の街を走り回っていた。いつひょっこり現れるとも知らぬお客さんを求めて、東京中をうろついていた。
普段は平均すると1時間に3、4組のお客さんにご乗車いただくが、その期間は1時間に1組が通常。2組目のお客さんを見つけられればラッキーという日が続いた。
昼間だと病院へ行く方の利用などもあって、そこまで変化はなかったが、夜になると散々だった。
東京都からの自粛要請を守らず営業している店が多いエリアを狙って、ほとんど全てのタクシーが集まるので道は大混雑だし、お客さんの取り合いである。冷静さを欠いたドライバー同士の喧嘩をいくつも目にした。感染症予防という意味で、ステイホームや営業時間の規制がどれほど効果があったかは定かではないが、少なくとも多くのタクシードライバーは、不特定多数と関わる感染リスクもあって、それまでよりもトゲトゲしい心で日々仕事をしていた。
だから、このような行き先の言えない若者も、大歓迎なのである。
大規模な行動制限などが無くなった今では、多くの飲食店がコロナウィルスの流行前と同じ営業時間で営業している。終電を過ぎてもオフィスのフロアには電気が灯っているし、飲み会や会食も増え、街中でふらふらと酔っ払っている人を見かける機会も多くなってきた。
あの夜の街の、不気味な静けさ。
ネオンの明かりも賑わいもない街を知っているからこそ、こういう泥酔した若者にさえ、希望を感じるのである。
もっと言えば、終電もとっくの前に終わったオフィスビルで、明かりのついているフロアを見ると、勇気が湧いてくるのである。
街の明かり、とりわけ夜の街並みを彩る照明は、誰かが頑張っている証明だ。
なんとか仕事を終わらせようと奮闘しているサラリーマン。
酔ったおっちゃんに太ももを撫でられながら、笑顔でお酒を作るお姉さん。
見たこともない大きさの照明を使って、粛々と道路工事をする現場の作業員の方々。
皆が、頑張っている。そのお供として“夜の明かり”は存在している。
人間、一人で頑張るには限界がある。
夢、目標、大義名分……。どんな理由があったって、体力と精神力には限界があり、人一人のそれなんかタカが知れている。
夢を思い描けば無限にやる気が湧いてくるのは、漫画やフィクションの世界の住人だけだ。
僕らは悪魔の実も食べてないし、サイヤ人でもない。現実の社会では、そう思い描いたようにことは進まないし、無限の力なんて存在しない。
だけどそういう時、夜の街の明かりひとつひとつに思いを馳せてみる。
いろんな人の頑張りが想像できる。そうすると、尽きていたはずの自分の精神力のゲージに、少しだけ“何か”が補充されるような気がするのである。
頑張っている人がいる、と、自分ももう少しだけ頑張れる気がする。
人間は一人で、孤独だ。それはどこまで行っても変わらない。
しかし、どこかで頑張っている人がいると感じられるだけで、なんだか少しだけ力が湧いてくる気がするのである。もちろん、過重労働やサービス残業を進める気など決してない。あと半歩だけ頑張りたい時に、街の明かりに動力源を求めても良いかもしれない、という話だ。
人間は一人で、孤独だ。だけど社会はその集合体でもある。
この世界に生きる一人ひとりの頑張りが可視化された、夜に灯る明かり。夜の街並みを見ていると、自分はとても孤独だけど、孤独ではないということを実感する。孤独の集合体が社会で、世界であることを実感するのである。
そして、僕が走らせる車のヘッドライトが、また誰かの動力源になるかもしれない。
自分が少しだけ元気をもらっているように、誰かにとってそういう存在になれたらいいな、と。
そんな淡い期待を持ちながら、今日も夜の街並みを、制限速度スレスレで駆けるのである。
□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。
劇団 綿座代表。天狼院書店「名作演劇ゼミ」講師。ライスワークはタクシードライバー。
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