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週刊READING LIFE vol.193

15年前に家を飛び出した時に見た夜空が語っていたこと《週刊READING LIFE Vol.193 夜の街並み》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/14/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
明けない夜はない。
人生の中で、一度や二度は、必ず聞く言葉だ。
だが、夜は明けないとならないのだろうか。明けるまで耐え忍び、生きることしかできないのだろうか。
 
私の人生は、どちらかと言うと、波瀾万丈だと言える。
息子が1歳の誕生日を迎える少し前に、義母がこの世を去った。階段で転び、後頭部を打ったことをずっと我慢していたようだ。息子の初節句のお祝いの日に、突然歩けなくなる。無理やり杖をついて出てきてくれたが、楽に歩けない様子が普通ではない。そこで話を聞くうちに、頭を打っていた事実を知る。お祝いどころではなく、慌てて病院に連れて行った。人の命が尽きる時、どんなに周りがもがいても、それを阻止することはできない。あの世に行くことが決まっていたかのように、その流れには逆らえないようだ。義母はあっさりと旅立ってしまった。
 
その義母の死が、我が家の崩壊のスタートだった。
息子が1歳の誕生日を迎えた頃のある日、夫と息子がお風呂に入っていた。二人を待っている私は、何だか夫の机の引き出しが気になる。
「何だろう?」
そっと引き出しを開けると、そこには私が知らない貯金通帳が入っていた。
「これ、何?」
夫がお風呂から出てきて、私は問いかけた。家族を疑うということを知らなかった私は、不思議な気持ちだけで、問いかける。
すると夫は、私に曖昧な説明をした。どうやら、その時、嘘をついていたようだ。家族を疑うことを知らなかった私は、はじめは、夫の言うことを信じていた。だが、落ち着いて考えると、その通帳が存在することの意味が合わない。そこで、さらに問いただすと、夫が浮気をしていることが分かった。
 
聞けば、聞くほど、少しずつ嘘に嘘を重ねていることに気づく。いつになったら、終わりが来るのだろう? その度に、夫に問いかけては、「正直に話してほしい」とお願いをした。何度も、何度も語りかけ、少しずつ本当のことが見えてくる。やっと全てがわかった時、天と地がひっくり返るような混乱が私を襲う。何もかもが嘘でできていた。嘘の上に作られた幸せだったことに気づく。
現実がやっとつかめた途端、頭が真っ白になった。そして、気づくと、夜中に、部屋着のまま家を飛び出していた。携帯電話も持たず、鍵も持たず、ただ家を飛び出すしかなかった。嘘で塗り固められた、汚れた場所に、身を置いていたくない。そんな気持ちだったのだろうか。
行くあてもなく、家から逃げるかのように、ただ歩き続けた。私は、どこに戻ったらいいのだろう? 私がいられる安全な場所は、どこだろう? 帰る場所がない。行く場所もない。仕方がなく、自宅の反対側にある公園まで戻ってきた。誰もいない公園で、月明かりに照らされたブランコに座った。
これから、どうすればいいのだろう?
頭の中が混乱して、冷静に考えることができない。そして、何より心が痛い。ブランコに座り、月明かりを黙って見続けていた。
 
家に戻った私は、苦しみ抜いた末に、嘘の世界に生きる決意をした。自分の力だけでは、息子を育てる自信がなかったからだ。子供の頃から、普通の家庭に憧れていた。お父さんとお母さんが家にいる「普通」の家庭だ。「普通」が、私には眩しくて、憧れだった。息子に、私と同じ思いをさせるくらいなら、私は嘘の中で生きていこう……そう決意し、何事もなかったかのように、日々を暮らすことにした。
だが、それからは、ずっと眠れない日々が続く。
夜の暗さ以上に、心が暗い。息子を寝かしつけると、眠ることができずに、夜中に家を出た。いつものように、公園のブランコに座り、月明かりを眺める。誰もいない公園で、月明かりを見ていると、毎日ついている嘘が洗い流される気がした。暗闇の中での月の明るさが、希望の光のような気がしたから、癒されたのだろうか。
 
あれから15年が過ぎ、息子は高校生になった。
少し個性的な息子は、合う友人が少ない。
だから、一人で出歩くことが多い。中学生の頃から、息子は、一人で映画館に行っていた。好きな映画に出会うと、3回観に行くのが、息子のパターンだ。あまりに短期間に同じ映画を観に行くから、映画館のスタッフさんと仲良くなり、おススメの座席を教えてもらうまでになった。昔から、学校の外で、大人と仲良くなることが好きな子だ。
そして、高校生になると、自分が住む街の中ではなく、東京へ一人でライブに行くことが増えた。ピアノが好きな息子は、YouTubeでライブを配信するピアニストのファンだ。憧れの世界に身を置きたい。その気持ちで、いつものように一人で出掛けて行った。
 
暑い夏の日、ライブは行われた。その日は、電車を何度か乗り継いで行かないとならなかったようだ。遠くても、ライブに行きたい気持ちが勝る。だから、だいぶ時間をかけて現地まで向かった。
ライブを見て、思っていた以上に感動したらしい。
「今から帰るね! 辿り着けるか心配だったけど、遠くても聴きに来てよかったよ!」
帰り道で、息子は私にLINEを送ってきた。そして、夜道を歩きながら、息子はライブの感動に浸っていたようだ。夜道は、あまり人通りもなく、とても暗かった。だが、遠くに光るビルの明かりが綺麗で、東京の街並みは、新鮮に見える。ここに暮らしてみたい。そう思いながら、スマホでその街並みを写真に収めたようだ。
 
その街並みを見ながら、息子が私に語ったことがある。
「僕は、グレーゾーンで生きるのもいいと思うんだ」
息子の言葉がわからずにいると、息子は私に語り始めた。
「明けない夜はない、ではなくて、明けない夜を生きよう、でもいいのではないかって思うんだ。僕が、この前一人で歩いた街には、とても暗い道があった。歩いていて、怖い気分になったくらいだよ。でも、遠くから光るビルの小さな明かりがきれいで、暗闇の中にも、光があるんだと感じたんだ。決して、真っ暗なわけではない。写真を撮って気づいたけど、すごく暗いと思っていた道も、案外、光が照らされて明るかったのだよね」
そう語りながら、私にその時の写真を見せてくれた。
「僕、この街の夜景が好きなんだよ」
息子が撮った写真を見ると、ビルの中からの無数の小さな明かりが、暗闇を照らし出している。
「どんなに暗いと思う中でも、真っ暗ってことはないんだよね。必ず光があるんだよ。ビルの明かりみたいにさ。だから、自分の目線さえ変えたら、同じ世界も違って見えるんじゃないかって、この写真を見て感じたんだ」
息子は、さらに穏やかに、私に語る。
「明けない夜を楽しめるようになる。それは、人生で言えば、苦しいことを楽しめる、ってことでもあるのかもしれないよね。苦しいことを受け入れて楽しめるならば、それは、もう苦しいこととは言わなくなるよね。夜が明けることを望むことだけが、人生ではない気がする」
 
息子は、いつからこんなことを話すようになったのだろう。
黙って聞いていると、息子はさらに続けた。
「明けてほしい、と期待するから辛くなるんだよ。夜の深さが深いほど、わずかな光でさえも明るく見える。数少ない光を楽しめれば、生きることを実感できる気がするんだ。だから、グレーゾーンでいいんだよ。夜が明けるのを待たなくたって、人生は楽しめる気がする」
息子なりに、ずっと苦労をしてきた。孤独感がいつもあり、学校も好きではない。息子なりの挫折や悲しみの中から、暗闇の中の光を感じたのだろうか。
 
息子の話を聞きながら、私は、15年前の月明かりを思い出した。
人生のどん底に嘆き、真っ暗に感じたあの瞬間も、月明かりは確かにあった。あの月の光は、私に人生を語っていたのだろうか。もし、あの時、「明けない夜」にもがき苦しむのではなく、「明けないままの夜」を楽しめる道があると思えていたら、私はどう生きることができただろう? もしかしたら、思い悩み、眠れなくなり、心のバランスを崩して病院に通うまでに自分を追い込まなかったのではないか。もっと、別な楽しみ方があったのかもしれない。ただ、目の前の苦しみに耐え、傷つくだけでなく、もっと他の光を見ようとしていたら、どんな人生が見えたのだろう? どん底と思える私の人生の中にも、息子という小さな光があった。その小さな光だった息子を見ていられたからこそ、なかなか明けない夜の中で、10年以上、過ごせたのかもしれない。だが、息子以外にも、もっと別な光もあったのかもしれない。
 
どんな人生の中にも、必ず光がある。
暗い夜の街並みに、必ず小さな光があるように、いつ、どこにでも光はある。
もし、今、何かに悩み、人生の暗闇を歩いているような気がしていたら、それは自分の心の中で感じている、一つの光景にすぎない。現実がすぐに変わることはないかもしれないが、捉え方は、幾通りもある。もし、視点を変えて、その中に光を見ようとさえすれば、きっと小さな光が見つけられるはずだ。
辛い時、現実は苦しいものでしかない。だが、夜が明けるのをただ待つのではなく、その明けない夜までをも受け入れて、その中で、楽しめる道もあるかもしれない。
だから、どんな人生でも大丈夫だ。
 
公園のブランコに乗って見上げた月明かりは、人生を私に優しく語ってくれていたようだ。
だからこそ、どんな素敵な夜景よりも、あの時見上げた月明かりが、私には一番美しく思える。きっと、どんな人生にも光があることを、静かに伝えてくれていたからだろう。
あの時1歳だった息子に、15年後に人生を語られることになるなんて、全く想像がつかなかった。何が起きるか分からないから、きっと、人生は面白いのだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、25年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEOを受講。

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2022-11-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.193

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