メディアグランプリ

寿司食いねぇ!~50歳からのドキドキ寿司屋修業


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青梅博子(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「寿司を握るって簡単なものじゃないので、私が習ってきますから」
と、啖呵を切ってしまったせいで、寿司教室に通うことになった。
 
仕事を辞めてから半年。
日本各地をワーケーションしたり、単発バイトをしたり、様々な仕事をしたりと、日々未知の世界が口を広げていて、大変目まぐるしい日々を過ごしているが、また新たな壁が目の前に立ちはだかってしまった。
豊洲水産市場の知人に頼まれて、ノルウェー産輸入養殖魚の日本初輸入「お披露目試食会」の調理を担当することになったのだ。
内容は、丸ごと一匹の魚を捌いて、昆布締め、粕漬、西京漬け、刺身にして、30名のお客様に試食していただくというものである。
そこまでなら、問題なく私の持てるスキルの内でこなせる仕事であった。しかして、クライアントさんは「寿司も出せる?」と言ってきたのだ。
私の三月末まで在籍していた職場は和食の会席料理を出す店であったが、寿司は寿司の職人さんを外から雇って、別途作っていただくという特殊メニューだった。
ある支店では、寿司を教えてくださる親方もいらしたが、残念ながら私は未収得の技術だった。
私が「寿司は私と別に職人さんを雇っていただかなければ無理です」というと、クライアントさんは、シャリ球を買ってきて、刺身と一緒に出して召し上がっていただくことにしようかと言うではないか。試食には都内の料理屋のシェフやすし職人の方々もいらっしゃるという、そんなもの出せるわけがない。万が一そうするにしても、寿司用のネタの切り付け方法も知らないのは流石にまずい…。私は真っ青になって、打ち合わせから帰るなり、都内で寿司を教えている教室をネット検索して、あわてて予約を取り付けたのだった。
 
寿司教室のお稽古代は四日間で当日のバイト代の三倍強。しかしお客様に満足していただけるためなら金勘定はどうでもいいや、と、即決で申し込みを決めて、その教室代を稼ぐため別途バイトに励むこととなった。あとから「あれ? 本末転倒? 」と思ったが、走り出したものはゴールするまで止まれないのである。
 
「北欧こじらせ日記・移住決定編」という、最近ドラマ化されたエッセイ本があるが、こちらは日本のOLさんがフィンランド暮らしに憧れて一年間寿司学校に通い、フィンランドで寿司職人として働くようになったという実話だ。寿司事件の直後に店頭でこの本をみつけて「運命の出会い」と感激して熟読し、本当に感心した。
ものすごく大変な板前修業でフィンランド生活だろうに、つらい事件はさらっと流して、いつも彼女の書く内容は、最終的に感謝と喜びしかないのである。人生の良い側面を拾って、優しい気持ちを読者に届けてくれるこの本に、ずいぶんと力をもらって、私もこのメンタルでいこうと、寿司修行と試食会に挑むための勇気を奮い立たせたのだった。
 
そして、教室初日。
調理場には「カナダで華僑の親戚が経営している寿司屋を手伝いたいけどノースキルという中国人女性」「今、イギリスで寿司屋に勤務中だけど、休暇で帰国している間にちゃんとした日本の寿司を学びなおしたい青年」「高卒でこちらの先生に弟子入りした絶賛修行中ルーキー君」という、なかなか毛色の変わった生徒たちが揃っていた。
私も、初心に帰ってイチから寿司の手ほどきをしていただいたが、久しぶりにびしびし怒鳴られて、非常に緊張感に溢れた、身も心も引き締まる現場に「この方を先生と仰げてよかったなあ、私の対人運はあいかわらず、めちゃめちゃ良いなあ」と思ったのだった。
 
寿司の道は、やってみるとなかなか奥深く、その技術習得は本当に面白かった。
難易度が低かったのは、10年の和食のスキルがあったおかげだったので、呑み込みが早いと寿司の先生に褒められたときは、かつての親方に胸の中で何度も感謝をした。
前職を辞めてから、久々に、帰宅してから習ったことを繰り返し練習に励み、外出時には常に手の中に寿司ネタサイズのスポンジを握って、隙あらば握りの練習をした。
 
四日間の詰め込み学習では、本当に技術の上っ面をなでた程度だったが、シャリの準備や切り付けの基本、握りの基本まではわかったので、実際に握ることは恐れおおいが、準備程度はできるようになれたため、実際の試食会は、ノルウェーの養殖業者さん、輸入業者さん、クライアントさんにそれなりにご満足いただけて終えることができた(はず)
 
この経験で学んだことは、全集中して、夢中になれるものがあり、その結果として、誰かが喜んでくれれば、自分は楽しくて満足なのだなあとわかったことだ。
試食会が無事に終わった後、寿司教室の先生から習い残したことを教えていただくため、新しいカリキュラムの申込みをして、来年も寿司を習うことにした。
せっかく素晴らしい先生に出会えたのに、全過程を習わずに終わってしまうのがあまりにも惜しかったからだ。
奥深いこの道をある程度きわめて、親方のお許しをいただいたら、これから成したい夢のための事業資金を貯めながら見分を広めるために、数年くらい海外の寿司屋でワーケーションしてくるのも悪くないと思いはじめている。
半端な仕事をしたくなくて始めた寿司修行だったが、思いがけず資金調達のきっかけや、夢の拡張につながってきはじめたので、人生には本当に無駄がないなあ、と思う次第である。
 
 
 
 
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2022-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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