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ゾンビになった日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
グラウンドに銃声が鳴り響く。
 
一秒にも満たないほどの間を置いて、目の前を歩いていた友人が倒れた。
パアン、パアンと続けて引き金が引かれ、周りの友人たちも次々に倒れていく。
その姿を後ろから眺めながら、私は密かにほくそ笑んでいた。よし、次は自分の番だ。
 
銃口が向けられ、私はぐっと全身に力を込めたーー。
 
 
 
ここで少し、時間を遡りたいと思う。
 
私が通っていた高校の体育祭には「応援合戦」という少し変わったイベントがある。それは、昼休憩中に3年生(最高学年)の各クラスがちょっとした余興を行うというものであった。
建前としては「最高学年に運動会を盛り上げるためのパフォーマンスを披露してもらう」というものであったが、実際には生徒たちによる大余興大会となっていた。パフォーマンスの内容は各クラスで自由に決めることができる。ちょっとした寸劇を披露するクラスもいれば、当時流行しているダンスを披露するクラスもいた。
 
そして、高校3年生の初夏。
私たちのクラスでも、来たる体育祭に向けた作戦会議が開始されていた。
 
「応援合戦 内容検討会」という仰々しい名前が付けられた打ち合わせは、主に放課後に行われた。学級委員長による進行のもと、クラスの中心人物たちが集まった“イケてる”グループが中心となって会議をリードしていく。一方、休み時間はクラスの隅っこに集まっている “イケてない”グループ(無論、私もここに含まれている)はぼんやりと成り行きを見守っていた。
 
パフォーマンスの内容は寸劇に決まった。
テーマは「バイオハザード」である。
 
なぜ体育祭という青春真っ只中の舞台で、バイオレンス&ホラーの代名詞であるそれを取り上げるのことになったのか、今となっては経緯も思い出せない。おそらくイケてるグループの一人がハマっていたのだろう。
その後、熱い議論の末にストーリーが決まった。
 
〜〜
主人公が襲いくる雑魚ゾンビを倒しつつ、さらわれたヒロインを救出しに向かう。
ついにヒロインと接触。しかし、ヒロインはすでにゾンビと化していた。
ヒロインに襲われ、主人公は窮地に陥る。そこに仲間たちが助けに来る。
仲間が持ってきた「ゾンビ治療薬」を主人公がヒロインに投薬。正気を取り戻すヒロイン。
めでたく結ばれる主人公とヒロイン。仲間たちが祝福して大団円!
〜〜
 
「このストーリーで行こう! みんな、いいよね?」という言葉に異を唱えるものはいなかった。私も「今日、部活行くの遅れそうだなァ……」とぼんやり思いながら拍手を送って同意の意を表した。
 
「ゾンビ役、誰がやる?」と学級委員長が続ける。
すでに主人公やヒロイン役、仲間たちの役は決定していた。言うまでもなく、イケてるグループの面々が担当している。やられ役であるゾンビ役に立候補する者は誰一人としていない。「誰がやるんだろうなァ……」と完全に他人事と捉えていた私は、ふと「ゾンビ役……□□」と書かれた黒板の方に視線を移した。
 
その瞬間、学級委員長とばっちり目が合ってしまったのである。
「やばい」と思うのと、学級委員長が口を開くのはほぼ一緒のタイミングだった。
 
「ゾンビ役、やってくんない?」
 
「NO」と言う勇気は、私にはなかった。
 
結局、私と友人たち3人の計4人でゾンビ役を担うことに決まった。
会議終了後、我々は即座に教室の隅に集合した。
「どうするどうする?」
「とりあえず、古着屋行って汚してもいい服買いに行こ」
「ゾンビの覆面が近くの雑貨屋に売ってるっぽい」
「じゃあそれも買わなきゃ」
ドタバタと準備を進めていく。全員、雑魚ゾンビという配役に少なからず不満を持っていたものの「決まったからには役目を全うしなくては」と決意を固めていた。そう、隅っこ集団は生真面目集団でもあるのだ。
 
 
そして、迎えた体育祭当日。
午前の部を終えて昼休憩に入り、いよいよ「応援合戦」が始まるというところで友人(ゾンビ)の一人が言った。
 
「これって、逆にチャンスじゃない?」
 
「どういうこと?」と尋ねると、「ここで頑張れば『頑張ってたね』ってイケてるグループとかクラスの女子たちに褒めてもらえるかもよ」と少し鼻息を荒くしながら答えた。
意外だった。普段はそんな素振りを全く見せない隅っこ集団の一員にもこんな野心があったとは。そして、【イケてるグループ】よりも【クラスの女子たち】の方により熱量が込められていたのは誰からみても明確であった。
その言葉と姿勢に感化され、私たちも「よっしゃ、やってやろう」「ちょっとはいいとこ見せてやろうぜ」「そうだそうだ」と気合が入る。
 
――ゾンビだって輝けるところ、見せてやろうぜーー
 
ゾンビ4人で小さく円陣を組んだ後、私たちはグラウンドへと駆け出して行った。
 
 
私たちのやられっぷりは、それは見事なものだった。
オーソドックスに膝から崩れ落ちる者。
「お゛あ゛―――!!!!!」と絶叫しながら倒れる者。
逃げる素振りをして背後から撃たれる者。
そして私は、倒れた後に天へとサムズアップを掲げた(ターミネーター2のオマージュである)。
覆面を着用していたため各々の表情は見えなかったが、おそらく全員「やり切った!」という清々しい表情をしていたことだろう。
その後、台本通り主人公がヒロインを救出して、私たちのクラスのパフォーマンスは無事終了となった。
 
午後の部に向けて、各々が着替えるために教室へ向かっていく。
我々ゾンビ集団も教室へと向かう。「いいやられっぷりだったね〜」「いやいや、そっちこそ」と互いを称え合いながら、内心では「クラスに戻ったら、誰かしらから『頑張ってたね』って言われちゃうんじゃない……!?」という期待に胸を高鳴らせていた。
 
そんな妄想を繰り広げつつ、クラスメイトたちが待つ教室の引き戸を開ける。
 
 
目に飛び込んできたのは、主人公やヒロイン、仲間たち役を担ったメンバーが笑顔で集合写真を撮影している場面であった。
 
そして、ゾンビたちに声をかけるものは、誰もいなかった。
 
 
私たちはそそくさといつも通りクラスの隅っこへと移動した。そして同時に、今日で何かが変わるかもしれないという期待がどれだけ甘いものだったのかを痛感していた。
所詮、我々は脇役なのだ。与えられた使命は主役の活躍を引き立てることであって、私たちにスポットライトが当たることはない。ゾンビたちは粛々と着替えを済ませ、午後の部に向けて準備を始めたのであった。
 
 
 
体育祭終了後、私たち(元)ゾンビ集団はいつも通り下校した。しかし心なしか、全員いつもより元気がない。なんとなくどんよりとした雰囲気の中、通学路の途中にあるコンビニへ立ち寄り、各々が帰り道に食べるお菓子や飲み物を調達していく。
すると、応援合戦前に「逆にチャンスじゃない?」と言っていた友人が、ガリガリ君を4本買って出てきた。そして「これ、みんなに」と一人ひとりに渡していく。
 
「なんか……。僕たちだけでも、お疲れ様ってことで」
 
そう言って、彼はガリガリ君をかじり始めた。
その瞬間、何だか今日あった出来事がおかしく思えてきて、私たちはみんなで声をあげて笑った。
これも、数ある“青春”の一つなのかもな、なんてことをぼんやり思いながら、私もガリガリ君を頬張った。
 
ガリガリ君は全員がハズレで、私たちはまた笑った。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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