私の右足に妖怪が住んでいるんです
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
私の右足には、だいぶ前から妖怪が住んでいる。
姿こそ見せないのだが、奴はたしかにそこに「いる」のだ。
その名は「妖怪ひもときー」という。
今これを見てクスッと笑ったそこの皆さん。一度は身に覚えがあるのではないだろうか。
キュッと結んでいる靴の紐をさらりとほどき、人を歩けなくさせてしまう恐ろしい奴である。
ある時には自分の左足でほどけた右の紐を踏んでしまい、すっころんでしまいそうになる。
またある時は、駅を歩いていて横を歩いている人にほどけた靴紐をうっかり踏まれて、アワワとひっくり返りそうになったこともある。
ことの発端は、大失恋したあとに気晴らしで始めたウォーキングであった。
自宅の近所にある大きな池のある公園は、早朝から夕方までランニングやウォーキングをする老若男女に人気のスポットである。クッション性のいい地面に整備されているおかげもあり、犬の散歩にもちょうどいいらしい。
ただ池をぐるりと囲んでいる道を歩かねばならないので、一周するとなかなかの距離がある。残念ながらショートカットすることができない。
「さて、フラれちゃったし、今後どう生きていこうかなぁ……」
と考えながらウォーキングをしていると、にわかに音がした。
ペタン。ペタン。パシンパシン。
ん? ふと足元を見ると、右足のスニーカーの靴紐がいつの間にかほどけて、右に左に車のワイパーよろしく規則正しく動いている。
「あれ? ここに来る前にちゃんと結んだはずなのに……」
そこで、一旦しゃがんで結び直した。キュッときつく。ほどけないように。
すると帰り際にまた、あの音がした。
ペタン。ペタン。パシンパシン。パシンパシン。
嘘でしょ? 音がさっきより増えている。つい10分前に結んだばかりなのに。
歩き方が悪いのだろうか? 不思議だなぁと思いながら、その日は家路に着いた。
次の日も、また次の日も、同じことの繰り返しだった。
ひどい時は結んで5分後にまた、パシンパシンとほどけた靴紐の音がする。
「私は靴を履き始めたばかりのお子さまなのか!?」と思わずにいられなかった。
両方一緒にほどけるならば、仕方ない。でも、決まって「右足」しかほどけないのだ。
そして思った。これはきっと妖怪の仕業だと。
折しも、世間では「妖怪ウォッチ」なるものが流行っていた時期だった。
そこで私は名付けた。「妖怪ひもときー」と。ああ、なんてセンスのないネーミングだ。
よくよく観察していると、どうやら雨の日や湿気の多い時は出てこない。大抵はからりと晴れた日なのである。
もしかしたら、私と同じような悩みを持つ人がいるかもしれない。そもそも日本にそういう妖怪がいるのではないかと調べてみて、ビックリした。
さすがに「妖怪ひもときー」(書く度に自身のネーミングセンスを疑う)ではなかったが、「付紐(つけひも)小僧」という妖怪がいるというではないか。
場所は長野県佐久市(旧南佐久郡田口村)に伝わるもので、いつも夕方に現れるのだという。
見た目は7~8歳くらいの小僧の姿をしており、着物の付紐(胴の部分の細い帯)がほどけた状態で道を歩いてくる。そう、アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」が着ている、あの黄色と黒のチャンチャンコの前側に付いている赤い紐の部分を想像していただくのが一番わかりやすいだろう。
付紐がほどけていると、人はどのように見るか。
「あらまぁ、だらしない」
そこで、ほどけたままではかわいそうだと思って、その付紐を結んであげようと近づいた人間は、途端にこの「付紐小僧」の誘いにグイッと引き込まれて、一晩中あてもなく歩き回されるのだという。そして散々歩き回ったあげくに気がつくと明け方になっているというのだ。
ひいぃぃぃ、嫌だ、嫌すぎる。
というか、親切な人の心につけ込んで意味もなく歩かされるって一体何だよ! と怒りさえ覚えてくる。絶対会いたくない妖怪だと思った。
さて、「奴」をどうしたものか。この私の右足に住む「妖怪ひもときー」がシュルルッと容易にできない、ほどけない結び方があるのではないか?
そう思った私は、長年スポーツをやっている友人にいい方法がないか聞いてみた。
「うん、あるよ。イアン・ノットっていう結び方がいいかな」さらりと答えが返ってきた。
「マジでー!? ぜひ教えて!!」
それは主に登山者が行う一般的な結び方で、スポーツ選手も実践している最も基本的な方法であることがわかった。
早速、教えてもらった動画を見ながらチャレンジしてみた。
まず、ひと結びを作る。それから左右に一つずつ輪っかを作り、それをクロスさせながら通していく。最初は難しく感じたが、慣れてくるときれいな結び目ができるようになってきた。
しかも、右側を引っ張るだけでグッと締めることができ、ほどく時もぐしゃぐしゃにならないという優れモノである。
まさに目から鱗! なんで今まで知らなかったんだろう!!
今まで踏まれまくりズタボロになった靴紐に謝って「紐供養」をしてあげたいくらいだ。
ああ、靴紐さんごめんなさい。
それ以来「妖怪ひもときー」が出てくることが各段に減った。驚きである。
出てくるのは「イアン・ノット」を忘れて、私が今までの結び方をしている時だけだ。
もしやこの結び方を教えるために「妖怪ひもときー」は私の右足に住んでいたのではないか、とさえ思えてくる。
今後もし、あなたの足元でにわかに
ペタン。ペタン。パシンパシン。
そんな音が聞こえたら、この話と結び方を思い出していただけると非常に光栄である。
***
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