ベールダウンは笑顔かはたまた涙か
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記事:飯髙裕子(ライティング実践教室)
結婚式を控えた娘を持つ母親の気持ちはどんなものだろう?
私にも娘がいるが、今ひとつピンとこなかった。
式を挙げる前に、一緒に暮らし始め、籍も先に入れた二人の報告にも、良かったなとは思ったけれど、今まで一人暮らしをしていた頃と何ら変わったことがないようなそんな感じだった。
郵便受けに入っていたシーリングワックスで封印された封筒を見るまでは……。
見慣れた小さな文字であて名書きされた封筒を開けると、娘と彼氏の和装の写真の笑顔がまぶしかった。
ああ、そういえば前撮りで着物の写真を撮ると言っていたっけ……。
もうすぐ結婚式なんだなと、いまさらのように招待状を取り出す。
聞いていた式場の場所や日時など細かな情報が手作りのおしゃれな用紙に印刷されている。
全部自分でやりたいと言っていたけど、忙しいのによくできたなと感心しながら眺めていると、小さなカードのようなものがはらりと出てきた。
“REQUEST CARD”と書かれている。
薄い表紙をめくると一枚目は主人へのメッセージ。「バージンロードを一緒に歩いてね」と書いてある。
もう一枚下にあるカードは私へのメッセージだった。
花嫁の最後の身支度ベールダウンをお願いしますと書いてあった。
花嫁のベールは花嫁を守ってくれる神聖な役割があると言われていて、母親が愛する娘を守ってくれるように純白のベールをかぶせ新しい家族となる新郎のもとへ送り出すのだという。
「その最後の身支度をママに託します。笑顔で送り出してね」とあった。
これはずるいと瞬間的に思った。もう見た途端胸がぐっと詰まって涙があふれそうになる。
今まで、一緒に住み始めたときも、籍を入れたときも全然平気だったのに、この一言は娘が生まれたときから今日までのすべての想いや、出来事が胸の奥から流れ出してしまいそうな力を持っていた。
どうしよう。当日涙が止まらなかったら……。
そのことで頭がいっぱいになってしまった。
息子が結婚した時は、もちろん少し寂しさもあったけれど、それ以上に娘が一人増えたような嬉しさもあって、娘に感じたのとまた違う気持ちがあった。
同じ自分の子供なのに何が違うんだろうとなんだか不思議な気がした。
負けず嫌いで、泣き虫の娘はあまり私が心配するようなことは多くなかった。
自分で乗り越えていく力を成長するごとに身に着けて私が手助けすることは、ほんとに日常のこまごまとしたことくらいであまり弱音も吐かなかったからつい安心していたというのもあったと思う。
けれど、時々不意打ちの感謝の言葉を私に差し出すことがあって、いつもそれに私の心は揺さぶられて胸が詰まってしまうのだ。
そうだ、就職して家を出たときもそうだった。
こっそり私のカバンに入れてあった手紙。
あの時も「今までありがとう」の言葉に涙が止まらなかった。
家族から感謝の言葉をもらうのに慣れていない私が、そういう言葉をかけられると、張り詰めていた心の糸がぷつんと切れてしまうのかもしれなかった。
そう、実は私は家族の誰よりも娘のことが心配で気がかりだったのだ。
しっかりしているようで、なんでもそつなくこなすけれど、その心のうちは私と似たところがあるのを一番知っているのは私だった。
なんでもいろいろと話してくれることに安心したような気持ちになっていただけで、本当はいつも心配だった。一人暮らしを始めたときも、彼と一緒に暮らし始めたときも……。
だから籍を入れたときは少し肩の荷が下りたような気持ちで、ほっとしたのではなかったか。
そこに結婚式という大イベントだ。
そこに行くまでの準備で何かと、常にそのことが頭にある。
嫌でも、今までの娘との時間が蘇る。どんなに力を入れたって、頑張ってみたって、溢れるほどの想いを抑えることなんてできるわけがない。
こりゃ仕方ないなとあきらめるしかない。
きっと娘を持つ母親は誰しもこんな気持ちを経験するのかもしれないとやっとわかったような気がした。生まれたときからずっと大切に育ててきた娘が自分のもとから巣立っていく瞬間なのだ。
今まで心配していた娘がこれからは、パートナーである彼と一緒に歩いていくのを安心して見ていればいいという気持ちと、少しだけ寂しい気持ちが織り交ざって、今までの思い出と一緒に溢れてきたのだとやっと自分の中ではっきりしたのだった。
結婚式の当日は、娘のリクエストに応えてベールダウンをして送り出そう。
その姿を想像して、なんだかとても心があったかくなった。
娘の母親でいられてすごく幸せだなと、心から思った。
***
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