12年の呪い
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記事:信行一宏(ライティング・ゼミ2月コース)
福岡県で生まれ育った私は、親元を離れたい一心で、仙台市内にある大学に進学させてもらった。大学1年生の春、初めての大学のガイダンスで防災についてのレクチャーがあった。
「数年以内にほぼ100%、宮城県沖地震が発生します。各自必ず備えておくように!」
衝撃の一言だった。親元を離れたいというやや不純な動機を持って進学した者にとっては、まさに寝耳に水といったところだ。周りを見渡してみると、それほど動揺した感じは見受けられない。東北では常識なのだろうか。
実際に仙台に住んでみると、地震という災害の身近さに驚いた。震度3クラスの地震は3日に一度は発生し、そのたびに福岡の実家の母から、「あんた、大丈夫なんね?!」と電話やメールが飛んでくる。せっかく親元を離れたというのに、むしろコミュニケーション頻度は上がった気がする。私は段々とそのコミュニケーションが煩わしくなり、「震度3ごときで連絡せんで!」と母を拒絶するようになった。母はなにも悪くないのに……
季節はめぐり、あっという間に大学4年生の3月を迎えた。私は仙台市中心部から車で約30分沿岸部へと移動したところにある多賀城市にいた。当時、飲食店のアルバイトをしていたからだ。
そして、その時は突然やってきた。
2011年3月11日14時46分、大地が唸り声を上げた。
正直なところ、地震発生直後は、驚くほど冷静だった。大学の防災教育の賜物だろう。揺れが収まって屋外の様子を見に行っても、それほど動揺した感じは見受けられない。東北の地震教育はすごかった。
すぐに母に一言だけメールを残した。
「大丈夫やけ心配せんで」
事態が急変したのは15時を回った頃だろうか。とりあえず、近隣の被害状況を確認しようと、アルバイトの先輩と周囲を見回っていた。大きな声で叫ぶ男を発見した。
「津波が来るぞ! 早く逃げろ!!」
その瞬間、足元のマンホールから水が吹き出してきた。私は、高台の線路目指して、一直線に駆け出した。線路に到着した次の瞬間には、今まで歩いていた道は、どす黒い水の塊に覆われてしまった。潮と下水の混じったような匂いがしていた。
幸い線路の上までは、津波は襲ってこなかった。そこから、少しでも高いところを目指して、移動を始めた。すると、津波によって急造の中洲となった場所に取り残されている家族がいた。そのへんに落ちていた板を橋にして、その家族を線路上に引き上げた。皆無事に、線路に引き上げたものの、その家族のおじいさんはつぶやいた。「おいてけ……」と。
そんな事はできない。私はおじいさんを背負い、線路を歩き始めた。おじいさんはつぶやき続ける。線路を歩いていると、水に浸かっていない陸地が出現した。その陸地には立体駐車場があり、そこに多くの人が避難していた。中洲で出会った家族とはそこで別れた。その後、その家族がどうなったかは知る由もない。
この時、地震発生直後に、母に送ったメールの返事を確認してみたが、さも当然かのように、携帯電話はつながらない。立体駐車場にいる人達も、携帯電話を見つめているが、使用できている感じはない。ただし、無情にも警報音の大合唱が鳴り響いていた。
時刻は16時を回った頃だと思う。季節外れの雪が降り始めた。寒い。そう言えば、コートはバイト先に置いていたままだった。そこから先は寒さとの戦いだった。避難所らしきところを転々とするも、毛布1枚貸してくれるところはなかった。仕方がないので、座布団を抱きしめて、暖を取った。よく、雪山が舞台の映画で「寝ると死ぬぞ!」といったセリフをよく聞くが、冗談でもなんでもないことがよくわかった。
動くしかない。一緒に行動をともにしていたバイトの先輩とともに、避難所をあとにした。
外に出ると、残酷にも美しい世界に気付かされる。電灯が全て落ちているので、怖いくらいはっきりと星が見えた。水に浸かっているであろう道路では、ウミホタルが静かに光っていた。
夜通しあるき続け、朝を迎えた。そこから、当時の居住区である仙台市内まで、歩いて帰った。何時間かかったかは、覚えていない。歩きながら、考えていた。連絡もつかないまま、福岡の家族はどんなに心配しているであろうか。震度3の地震でも心配していた母にとって、この地震ではどれほど心を苦しめているだろうか。あのメールはちゃんと届いているのだろうか。もし届いていたとしても、安心を与えられるものだったのであろうか。普段から、密にコミュニケーションをとっていれば、もう少し安心できたのだろか。そんなことを考えていると、いつの間にかアパートの前にいた。アパートには仕送りで送られてきた博多通りもんがあった。泣きながら、それを食べた。
その後、母の手引によって、震災発生から1週間後には福岡に帰り着くことができた。眠れないほど心配したであろうが、思いの外、普通に接してくれた。
東日本大震災からまもなく12年が経過する。あの時見た、星空とそれを鏡に写したようなウミホタルの群れは、忘れたくても忘れられない。それと同時に、これほどまでに家族のありがたさを感じたこともない。被災経験はきっと意味があったものだと思いたい。それが、生き残った者に課せられた、ある種の呪いだからだ。
だから、今年も祈る。海に消えていった多くの命と、自分のために。
***
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