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ミツバチの思い出


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:工藤洋子(ライティング実践教室)
 
 
ブンブンと家の中で音がする。
 
3月も後半となってかなり暖かくなった。
開け放っておいた窓から虫が入ってきたのだろう。
 
オラオラ、うるさいからさっさと出て行っておくれ、と思ってその虫を見ると、ハッと息をのんだ。
 
「ミツバチさんだ!」
 
しかも黄色と黒のストライプが少しぼやけている。
なんと日本ミツバチじゃないか。
 
同じミツバチ、といっても昔から日本にいるミツバチと元は海外から連れて来たミツバチは見た目も習性も異なっている。
 
「日本ミツバチはね、昔から日本人と一緒に暮らしてきたとても賢い子達なんじゃ」
 
そう教えてくれたのは、Oさん。
警察官として長年勤める傍らで、自然を愛し、野山を歩き、野生の新種の蘭を見つける中で、日本ミツバチにもとても詳しくなった方だった。
 
今から数年前、ふとしたきっかけから知り合ったOさんに私は数人の友達と一緒に、日本ミツバチの巣箱作りとハチミツ採取の方法を教えていただけることになった。
 
最初に実際にOさんが各所に仕掛けている巣箱を見に行った。
住宅地から、車で数分程度のちょっとした藪の中、という場所で、周りは草ぼうぼう。ハチのことを教えてもらう代わりに、というわけでもないが、巣箱の周りの片づけのお手伝いをすることになっていた。
 
不要な草を刈り、切りっぱなしで放置してある枝や丸太を一カ所に集める。なかなかの重労働だ。
 
ハチの巣箱も見せてもらった。
 
最初はまだ少し肌寒いような時期だったので、巣箱のハチたちはそこまで活発ではなかったが、巣箱によっては何匹も出たり入ったり、忙しなく往き来があるようだ。
 
ハチが耳元で「ブーン」というと、やはり一瞬「刺される!」と怖い気持ちもあったが、Oさんは平気でハチを素手で手にのせて遊ばせている。
 
「えー! Oさん、大丈夫ですか?」
 
私たちは見ていてハラハラする。
私も昔小学校のプールサイドで手を付いたところになぜかハチがいて、刺されて痛い思いをした記憶がある。
 
「大丈夫、大丈夫。この子らは優しいんじゃ。滅多なことで人を刺したりはせんよ」
 
聞けばミツバチは一度刺したら最後、針を抜く時に返しがあって、自分も死んでしまうのだという。人間魚雷も真っ青な特攻だ。だから刺すような攻撃態勢になる前に、ぶつかってきたり、と何らかのサインを送ってくるのだという。
 
もしそうなれば、ゆっくり巣から離れたらよい、とのこと。
 
「ハチの巣を突いたような」という言葉があるが、どうもハチの巣に近づくと、ハチが全部一気に迎撃態勢に入るようなイメージがあるが、それは日本ミツバチのことではないらしい。ハチに刺される被害は主にスズメバチやアシナガバチだという。
 
安心して近づいて観察してみると、日本ミツバチがなんとも愛らしく見えてきた。頭に浮かぶ「ハチ」のイメージよりもちょっとずんぐりむっくりで、色も少しぼやけて茶色がかっている。西洋ミツバチほどケバケバしくトラ柄ではないのが、また好印象だ。
 
「この可愛らしい日本ミツバチがうちに来てくれたら、いいな」
 
今まで虫に親近感を持つことはあまりなかったのだけど、この子達ならなんだか一日中眺めていても飽きない感じだ。
 
そう思ったことをOさんに伝えると、
 
「ワシのやり方でやれば、みな一発でハチが入るぞ」
 
とあっさりとおっしゃる。
 
「コツはな、このキンリョウヘンじゃ。このキンリョウヘンの仕掛け方がワシの秘密なんじゃ」
 
キンリョウヘン、って何? ときっとたいていの人は思うだろう。これを聞いただけで分かる人は、日本ミツバチを飼育している人か、それとも蘭の愛好家だ。
 
キンリョウヘンとは、蘭の一種なのだ。
 
といっても、巷で高額取引される派手で大ぶりな外見のものとは違い、原産は中国だけどもう長い間日本で育ってきた蘭らしい。つまり、温帯の蘭だ。派手な見かけのものは熱帯のものが多く、そうなると温室で慎重に管理して栽培しなくてはならない。
 
でもキンリョウヘンは日本に自生している蘭で、しかもその花の匂いが日本ミツバチを誘因する効果があるのだという。
 
花の咲くのはちょうどミツバチが動けるようになる春の季節。
春になって、新しい女王の下、分蜂しようとするハチの群れをうまく誘因できれば、うちの巣箱にも日本ミツバチが来てくれる、という話だ。
 
「うちのキンリョウヘンを使えば、ハチがすぐに来てくれるぞ」
 
なぜ日本ミツバチを簡単に捕まえられるのか。
それは蘭の愛好家でもあるOさんは、ハチを誘因するキンリョウヘンもたくさん栽培しているからだった。
 
そんな仕組みがあったのか。
本当に自然の摂理は面白い。
 
それに帰りにいただいた日本ミツバチのハチミツの味の濃厚なこと!
西洋ミツバチのハチミツよりいくぶん色がくすんで見える気がするが、これはおそらく野生種の日本ミツバチが集めてくる花粉が百花蜜、要するに様々な花の蜜が雑多に集められたものであるせいだろう。
 
「ハチミツ目指して頑張るぞ〜!」
 
すっかり欲にとりつかれた私たちは、Oさんの手ほどきを受けてハチの巣箱作りに熱中した。だけど、その年は寒の戻りが厳しかったせいもあるのか、ハチが入ったのは1人だけだった。
 
やはり自然は手強い。
物欲にまみれた巣箱にはハチは来てくれないのか……
 
「おかしいのう。みんな、普通は簡単に入るんじゃが?」
 
すみません、Oさん、私たちせっかく教えていただいたのに劣等生で。
でも教えていただいたことを忘れずに頑張ります。
 
実はその後、Oさんは病気で他界されてしまった。
残った私たちはまだハチミツが収穫できた者はいない。
 
日本ミツバチは日本在来の野生種。
ハチが住める環境をまず整備することで、副産物としてハチミツをいただく、そんな気持ちじゃないと、やっぱりうまくいかないのだろう。
 
また次に、ダメならその次に、なんとかいつかは日本ミツバチに来てもらえるよう頑張ります、Oさん。見ていてくださいね。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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