あの日を境に～3月10日東京大空襲～
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記事：あんこ（ライティング・ゼミ2月コース）
「あの時、駅の近くの広場に逃げたのよね」
祖父母の家でたわいもない話をしていた時、ちょうど遊びに来ていた祖父の妹が言った一言。ちょうど、リビングのTVで、東京大空襲の慰霊祭のニュースが流れていました。当時、私は大学生でした。
昭和20年3月10日未明の東京大空襲。第二次世界大戦中、日本が戦争をしていた時に起こった惨事です。この日だけで、死者行方不明者は8万人以上。単独の空襲による犠牲者の数は世界最大級といわれています。（Wikipediaより）
宮城で生まれ育った私には、何十年も前の、しかも東京で起こったこの悲しい出来事は、歴史の教科書で習う歴史の1ページでしかありませんでした。
祖父の妹からこの日、実は祖父の家族は昭和20年3月10日まで東京に住んでいたことを初めて聞きました。まさか自分に関わりがあるなんて、思いもしませんでした。
あの日、曾祖父は務めていた銀行の夜勤で、勤務先の支店にいたそうです。祖父は徴兵検査で、たまたま曾祖父母の出身地で本籍のある宮城に行っていました。家にいたのは、曾祖母、女学生だった祖父の妹、そして当時小学生とまだ赤ん坊の祖父の弟達の女子供だけ。空襲が始まり、曾祖母達は、身の回りの最低限の物だけを持って家を出ました。荒川近くに住んでいた彼らは、不安を抱えながら、駅近くの広場に身を寄せたといいます。あちこちの方角、特に西の方角が火に包まれて空が真っ赤になっているのをただただ見ていたそうです。事態が少し落ち着いて帰宅すると、家は燃え落ちていました。その時の曾祖母や祖父の妹の心情は、想像するだけで胸を締め付けられます。
その後、曾祖父と無事落ち合い、曾祖父母の実家のある宮城に家族で引き上げたのでした。今も残る祖父の昭和20年の日記には、帝都空襲の1週間後、自分がいた曾祖母の実家に東京の家族が来たとあります。
東京で貿易の専門学校に行っていた祖父は戦後、宮城で英語の教師として定年まで勤めました。校長先生として地元で慕われていた祖父の姿を見て育った私は、ずっと祖父が宮城の田舎で、地域の人々と共に暮らしてきたと思い込んでいました。亡くなってしまった祖父に、東京での青春時代の詳しい話を聞けなかったことが悔やまれます。
そして、話はここで終わりません。
東京大空襲の話を聞いてから10年以上が経過していたある日、旦那の転勤をきっかけに、私は関東に住むことになりました。最初は千葉の社宅。その後、東京都内へ引っ越しました。たまたま選んだのは、荒川の近く。
その頃、東京に住む祖父の弟と交流が生まれました。東京大空襲の時に小学生だった祖父の弟です。近くに住んでいたので、何度も食事に行きました。そしてある日、あの日と同じ言葉を聞きました。「あの時、駅の近くの広場に逃げたんだ」その日は、3月10日。鳥肌が立ちました。一気に祖父の妹から東京大空襲の話を聞いた、大学生のあの日のことが記憶の中に蘇りました。
彼は、大学卒業後、東京で小学校の先生になりました。そして、たまたま赴任したのは、自分がかつて暮らした荒川近くの学校。それから、その地域のいくつかの小学校に勤務することになります。そんな中で、彼も思うことがあったのでしょう。祖父の弟は、自分が生まれた家の近くに家を建て暮らしていたのでした。
ということは… そう、私がたまたま選んで住んでいた場所は、かつて祖父の一家が暮らしていた家の近くだったのです。祖父の妹から話を聞いた時には東京の土地勘がなかったので、地名などは覚えていなかったわけですが、まさかそんなことがあるのかと驚きました。
祖父の弟に、当時住んでいた家の場所を教えてもらいました。今は、レトロで素敵な喫茶店が立っていました。その喫茶店を見る彼は、なんとも言えない表情でした。
もしあの日空襲がなければ、もしあの日家が焼けなければ、彼らはここで今も暮らしていたのかもしれない。でも、もしそうならば、私はこの世に存在していない。私も、ちょっと複雑な気分になりました。
昨年、初めて両国にある東京都慰霊堂に行きました。関東大震災と東京の空襲で亡くなった人達の遺骨が納められています。3月10日のあの日が運命の日になってしまった人達。亡くなった人だけではありません。きっと今もどこかで、「あの日」を境に人生が変わった人達、人生を翻弄された人達がたくさんいるのです。そして、あんなことが起こらなかったら… そんなことを思いながら、そんなすべての人々を思って、手を合わせたのでした。
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