甲虫日記〜ある男の一生〜
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:信行一宏(ライティングゼミ・2月コース)
※この話はフィクションです。
しっとりとした暖かさに包まれて、ぼくはこの世に生まれてきた。とはいっても、周りは真っ暗だ。何も見えないが、芳しい木の香りと程よく柔らかいゆりかごは、なんとも心地いい。普通、新しい命の誕生の場には涙と笑顔の物語が始まりそうだけど、ぼくの場合は、そんなことはなく、ただただそれがあたりまえのように、暗闇の中に生まれ落ちた。ひどくお腹が空いているが、幸いなことに食べ物には困らなかった。そこら中食べ物が置いてあるからだ。ここは天国だろうか? 生まれたてのはずなのに、天国のようとは、なんともたちの悪い冗談だが、いまのぼくの語彙力ではそんな表現しかできない。とにかく、なんの不自由もなく、ぼくの物語が始まった。
食べ物にも困らず、やわらかなゆりかごのような暗闇で僕はすくすくと育っていった。劇的なドラマもなく、ただただ、すくすくと育っていった。何も困らないけど、何も楽しいこともない。しかも、生まれてから今まで、ぼく以外の存在を感じたこともない。まるで世界にたったひとり取り残されているようだ。孤独だ。これが寂しいという感情なのかな?
しっとりとした暖かい暗闇が、少し冷たくなって、また段々と暖かくなってきた頃、大きな変化が訪れた。いままで、ぼくのからだに密着していた暖かなゆりかごは、ぼくとの間に空間を作り、ぼくのからだは大きく形を変えた。くねらせるぐらいしか運動してこなかったからだには、6本の何かが生えてきた。ぼくの頭も急に長くなった。ぼくは怖くなった。いままで大きな刺激もなく、漫然と過ごしていたのに。混乱したぼくは、ばたばたとからだを激しく動かした。そんなことを繰り返しているうちに、段々とからだが固くなってきた。
そして、その時が訪れた。なぜだかわからないが、“上”の方から何かに呼ばれているような気がした。ぼくのからだから生えた6本の“足”をバタバタと動かして、“上”を目指した。ぼくの頭にある、大きな“角”も必死に動かした。
“上”には強烈な光と、けたたましい、音の世界があった。
「みんみん! おまえ、見ない顔だな!」
うるさい。何だ、こいつは? “上”の世界で初めて会った、うるさいやつは“セミ”と名乗った。
「みんみん! わかったぞ! お前は、たった今、地上に上がってきたカブトムシだな? どうだ、びっくりしただろ? いままで、真っ暗な土の中にいたもんな。この世界のルール、オレが教えてやるよ! オレってば、いい男だろ? みんみん!」
うるさい。が、悪い気はしない。ぼくは、セミと共に地上の世界を旅することにした。
どうやらセミも、長い間土の中で暮らしていたようだ。それも、ぼくなんかよりもっと長い間らしい。セミが言うには、沈黙の時間が長すぎたせいで、今はおしゃべりになってしまったようだ。そして、ぼくは“カブトムシ”という種族らしい。セミもセミという種族らしいが、セミはセミという名前が気に入っているから、セミと名乗っているということだ。セミ曰く、「ピカチュウもピカチュウって名前だろ?」と言っていた。何のことかわからないが、ひどく納得した。
セミとこの世界を旅する中で、ぼくと同じような姿かたちをしたものたちに会った。角が長いやつもいれば、角がないやつもいた。ぼくはなぜか、その角のないカブトムシから目が離せなかった。角のないカブトムシに見とれていると、角のあるカブトムシが近づいてきた。
「なに? おまえ?」
ぼくは愛想笑いを浮かべる。
「おれの女に色目使ってんじゃねーよ」
その瞬間、ぼくの体の下に大きな角が差し込まれ、ぼくは投げ飛ばされた。
「みんみん! 大丈夫か?お前も無謀なやつだな。あんな屈強なやつのパートナーを狙うなんて」
セミが心配して、ぼくのほうへやってきた。ぼくは投げ飛ばされてしまったが、ぼくの中にはあの角のないカブトムシをどうにかしたいという思いに支配されていた。
「みんみん! おまえ、ちょっと頭冷やせ。本能にからだを支配されているぞ」
本能? 初めて聞く言葉だったが、その瞬間今までの経験が蘇ってきた。今思えば、あの時“上”からぼくのことを呼んでいたのは“本能”ってやつだったのかもしれない。
「もう大丈夫だよ、せみ」
「みんみん! ようやくお前も一人前だな!」
本能に導かれて、地上に出てきたぼく達は、本能に出会うことで、生まれ変わりを手にしたのだった。まあ、あの素敵な女性を手に入れることができなかったのはとても残念だが……
そして時は流れ、段々と夜の時間が長くなってきた。
私も随分歳をとったようだ。昔のようにからだも動かなくなってきた。親友のおしゃべりなセミも、この間からそこに横たわったまま、ピクリとも動かない。このまま、あいつの隣で静かに眠りにつくのも悪くはない。そう思っていた。
「カブトムシ、みーっけ!」
私は人間の少年に捕まってしまった。
このまま、セミと一緒に雑木林の肥やしとなることを受け入れていたが、命が尽きる最後まで何が起こるかわからない。人間の子どもはなにやら楽しそうな声をかけてあげている。私の役目もまだ残っているようだ。
***
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