明日死ぬと思えば、心から愛せるのかもしれない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:岩間愛(ライティング・ゼミ2月コース)
「もし明日死ぬとしたら、何をする?」
私はこの質問がとても苦手だ。
質問をした人も話題に困って言っただけで、そんな興味があって聞いたわけじゃないだろうに。話題作りで使い古されてきたであろう問いかけは、答えもだいたい決まってくる。大切な人たちと一緒に過ごしたいとか、好きなものを食べたいとか、やり残したことに挑戦したいみたいな、ほんのりと前向きな回答例。
明日死ぬというのに平和過ぎやしないか?
会いたい人に会えるとも限らないし、楽しく過ごせる自信がない。食べ物だって満腹を超えたら苦しさだけ。たくさんの時間を使うような挑戦も難しい。そんなことばかり考えているうちに、一日なんてあっという間に終わる。実際に明日死ぬことが分かる日が来てくれないと、リアルな答えは出てこないだろう。
ところが不思議なもので、その問いと向き合う日は唐突にやってくるのである。
「このまま自分がいなくなったらどうなるんだろう」
なんの前触れもなくその疑問が湧いた。
たしかに当時は仕事が軌道に乗らず、無気力でいることが多かった。かといって、死にたいとか消えたいとか考えたこともなかったので驚いた。あまりにも落ち着いていて、不思議な感覚があった。「明日髪の毛切りに行こうかな〜」くらい、ポジティブでもネガティブでもない、フワッとした感じなのだ。
もちろん、不安なしでずっと頑張って来れたわけではない。
自分が信じてきたものが全部嘘かもしれないという恐怖でいっぱいになって、何時間も泣くような日も経験している。心臓がちぎれるかのような苦しさがあったのも覚えている。その時でさえ、自分がいなくなったらという発想にまでは到達しなかった。
当時関わっていた人たちや環境は本当に大好きで、私はそこでまだまだ頑張るつもりでいた。周りの人たちも、自分に対して間違いなくそう思っていた。なのに、ふと力が抜けるようにその言葉が出てきたのである。
この不思議な感覚が面白く感じたこともあり、私は少し遊んでみることにした。
「いなくなったら」について考えるのではなく、「いなくなる」という設定で実際に過ごすのだ。辞めるとか死ぬとか、現実で起きそうなことに寄せると縁起が悪い。なので、みんなの記憶からも私という存在が消滅する、というあり得ない設定にしてみよう。まるで、自分だけが知っている真実、という感じが漫画の世界に入り込んだようで非常にしびれた。
この勝手に作った設定が、私に新しい感覚を芽生えさせることになった。
「来月にはもう、この大好きな人たちともお別れなんだ……」
あと少しで、みんなの記憶からも私は存在を消すことになる。それを知っているのは自分だけ。少し切なさを感じるけれど、誰も悲しむことはない。優先したいのはみんなの笑顔だ。周りはそんな葛藤を知らずにいつも通り接してくれている。
「人生の最後って、普通に接してもらうのが一番嬉しいもんなんだな」
そんな嬉しさを噛み締めつつ、自分がいなくなる設定での一日が始まった。
まるで魔法にかかったようだった。
忙しい時間帯はいつも自分のことでいっぱいだったはずなのに、他人の服についた埃に気づいてあげられる余裕さえ生まれた。同じことの繰り返しで飽きていた作業も、より丁寧にやりたいと思えた。真面目に仕事をしていない人に対しては可愛さすら感じたし、苦手な人にも最後だと思うと無性に声をかけたくなった。いつも頑張ってくれている人には心の底から感謝の気持ちが湧いてきて、なんでもないところで泣きそうになった。
いつものように過ごしている環境が、いつも以上に愛おしくなったのだ。
ただ、全部私の中だけの変化である。
とても気分が良かった。
できるうちにできることをやり切りたい、そんな気持ちが湧いた。もっとこの大好きな人たちのために力になりたいと、偽善的ではなく、心から言葉が出てくる感覚があった。
未来のことを少し考えてみたが、不安が入ってくる隙は感じなかった。根拠のない自信とも言える感覚だが、軽い気持ちで動かす身体はとても軽快で、「今を生きる」というのがこれなのだとしたら、初めての体験だったかもしれない。この時の自分はとにかく誰にでも優しくなれたし、周りが全部素敵に見えたし、この世の罪や悪を丸ごと許せそうなくらいの慈愛を体得できたような気持ちだった。
ただ、全部私の中だけの変化である。
この遊びは、私の中の大事にしたい感覚を呼び起こしてくれたような体験だった。
本当に大切なものは失ってはじめて気付くなんて言葉があるけれど、明日いなくなるという、それくらい極端な状況にしてはじめて少し見えたくらいだ。
当たり前になってしまっている感覚を丁寧に見つめ直していくことは簡単じゃない。慈愛に満ちた自分になれることがわかっていたとしても、そのスイッチが入らない時もある。いつだって気分良く、人に優しく、心から愛していきたいと思っていても、うまくいかないこともある。それでも人を大事にしたいのが本音だと、自分のことを心から信頼はできるのだ。
だから「もし明日死ぬとしたら、何をする?」と聞かれたら、
少し特別な気持ちで「いつも通り過ごす」と私は答えるだろう。
***
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