寝そべって見る世界
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:三浦みち(ライティング・ゼミ2月コース)
私はこの文章をリビングの床に寝そべって書いている。
普段見ない視点から家を眺めると、慣れ親しんだ家でも新しい発見があるものだ。
ソファの裏側の機構。テレビ台の棚の奥に置き忘れたコード。ラグにこびりついた小さな汚れ。夫の靴下の柄。
なぜ私が、せっかくの休日の昼下がりにこんなつまらない発見をひとつひとつ数えて過ごしているかというと、答えはシンプルだ。ここから起き上がれないのである。
今日はもっと有意義な時間になるはずだった。
朝は早く起きて、近所のカフェで作業するつもりだった。
今日の予定と、作業することのアイディアとに頭を巡らせながら充電していたノートパソコンからケーブルを引き抜き、右手に抱えた。
そのまま、それをしまおうと床に転がっていたリュックを掴もうとした。
その瞬間、腰の辺りにごりっという鈍い刺激が走り、「わーっ!」と大きな声が頭に響いた。叫ぼうとして叫ぶのではない、ただ身体から反射的に弾け出たような叫びだった。
そして私は動けなくなった。
そこから半日が経った。夫が買ってきてくれた湿布を貼り、ひいひい言いながらご飯を食べ、また寝転んでいる。
ちょうどタイミング悪く、枕カバーも布団カバーもまとめて洗って乾燥機にかけた後だったので、裸のベットに寝転ぶのも忍びなく、乾燥が終わるまではリビングで過ごすことになってしまった。
ラグは敷いてあるものの硬い床にクッションを枕に横になっていると、なんとも侘しい思いがしてくる。
風邪で寝込むと気が弱くなるとは聞くが、ぎっくり腰でも同じことがやってきた。
私が初めて腰を痛めたのはおそらく24か25の頃。まだ若いのに可哀想に、と整骨院の先生や会社の先輩たちに慰められた。
その頃は毎日夜遅くまでデスクワークを続け、完全に運動不足だった。腰も肩も慢性的に凝っていて、警告は上がっていたと思う。
そんな状態で、とある休日に、当時ハマっていたカメラの上達のため、写真家が主催するという一般向けのワークショップに参加した。ワークショップは午前と午後に分かれていて、午前は会場の周辺を歩き回って規定枚数の写真を撮り、午後はスタジオに戻って講師の指導のもと、光や色彩を調整しながら現像する、というものだった。誰よりもかっこいい写真が撮りたくて、真夏の炎天下のなか、汗だくになりながらあちこち歩き回った。
撮れた写真は今思えば、なんということのないビルの写真だった。周りの参加者が花やら空やらの優しい色合いの写真を撮るなか、自分だけが冷たい無機質なコンクリート壁の写真を提出したのをかっこいいと思っていた。
夜は夜で、友人と待ち合わせをして六本木にある小さなライブハウスに好きなバンドを見に行った。友人は異性で、私のほうは実は少し気があった。お酒も飲んではしゃいで、ライブを観ながらいい気になって踊ったりした。マイナーなバンドなのに、それが好きなのは友人たちの中でも自分たち2人だけ。そんな状況に酔っていた。
結局その日は特に何をしたということもない。いわゆる何かの拍子で、ということはなかった。ひとつ心当たりがあるとしたら、一日中、朝から夜中まで遊び歩きながら、重い荷物の入った鞄をずっと持ち歩いていたこと。ライブ中もロッカーが空いておらず、カメラが入った鞄を斜め掛けしたまま飛び跳ねていた。それだけだったが、翌日目を覚ますと、布団から起き上がれなくなっていた。
無情なことに、その後も忙しい日々は続いた。担当していた客先に足を引きずりながらタクシーで向かって、おばあちゃんのように曲がった腰で、壁に手をついて身体を支えながらなんとかプレゼンをしたりもした。
それ以来、腰を痛めると毎度、真夏の日差しの中で仕事を憎みながらタクシーを止めたことを思い出す。でも今になって感じるのは不思議なことに、憎しみじゃなく、甘酸っぱさなのだ。
休みの日に調子に乗ってはしゃいだせいで、年齢に見合わずぎっくり腰になるという、情けなくて馬鹿らしい思い出ではある。でも裏を返せば、仕事も頑張りながら、プライベートでもやりたいことをやるために体力の限りを尽くして動き回った青春の思い出でもある。痛みより、あの日の眩しくてギラギラした日差しの方が鮮明に思い出される。
さて、今はどうだろうな、と考える。40を前にして、ぎっくり腰がお似合いの年齢になった。
仕事はまあまあ忙しい。が、ある程度自分の裁量でコントロールできるようになった。あの頃のようにわけが分からなくても仕事を憎んでいてもがむしゃらに前に突き進むというようなことはない。来たる未来を予想して、先に手を打つ、そんな大人になった。
体力も減って、力尽きるまで遊ぶということもなくなった。なくなったというより、できなくなった。無茶をすれば、日常のリズムを崩してしまう。しかもそれが長引く。現に、なんの無茶もせずにこの有り様だ。それが嫌で、なんでも計画的になってしまう。
寝そべって見える光景は、整った暖かい部屋だ。配置される調度品はどれも住みたい部屋のイメージから私がひとつずつ選んだものだ。ギラギラしたものや焦りや恥はここにはない。
これが欲しかったはずだけど、これでよかったんだろうか。暇な頭にふとそんな言葉がよぎる。いやいやとそれを振り払う。
ギクリとしたのは私の腰だったのか、それとも私の心だったのか。そんなくだらないことが浮かんでは消える。カーテンの隙間から暖かい春の日差しが漏れるリビングで、夢と現を行き来する日曜日の午後のこと。
***
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