メディアグランプリ

女ふたりが秘密を打ち明けられる場所


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平井理心(ライティング実践教室)
 
 
西日が差している教室。サッカー部やソフトボール部の声が遠くに聞こえていた。そこは、√や方程式、源氏物語や夏目漱石とかが話されていた日中の空気とは異なっていた。日常から切り取られた空間に感じた。そこでは、なぜか素直になれた。自分を打ち明けることができた。
 
そこに、自分と友人がいれば、誰が好きだとか、家族との距離感の悩みとかを語れた。担任の先生となら、自分の夢や進路を打ち明けられた。そして、憧れの人とふたりきりなら、淡い想いを打ち明けられた。
 
放課後の教室は、秘密を語れる場所となっていた。
その記憶を抱えて大人になった私たちには、放課後の教室と似たような空間は必要なのかもしれないなぁと、時々思う。
 
その日、私は退社時刻17時15分に帰れず。まぁ、いつもの事。「お疲れ様~」という声を聞きながら残業をする。その時間帯は同じような残業組は何人もいる。ざわついていた。でも、時計の針が進むごとに、ひとり、またひとりと帰っていった。
2時間後には、私と彼女の2人きりとなっていた。2人の席はデスク3つ分離れていたが、お互いの気配を感じられる距離でもあったし、なによりまわりに障害となる音がなかった。
 
黙々と仕事をする。窓の外はもう真っ暗。静まり返った職場の部屋には、私と彼女が叩いているパソコンのキーボードの音だけが響いていた。仕事の区切りが見えたとき、パソコンから顔を上げた。彼女もちょうど作業に一区切りついたのか、彼女と目が合った。彼女が私に声を掛けてきた。
「平井さん、ちょっと話してもいいですか?」
「ん? もちろん。どうしたの?」
私は笑顔で応答した。
 
彼女は30代半ば。あるプロジェクトのリーダー的存在。私と仕事の担当は違うのであまり普段は話さないけれど、彼女の仕事っぷりは目に入っていた。彼女は私より10歳年下。でも、クライアントにとても丁寧にきめ細やかな対応をしているので、感心していた。私だけじゃない、多くの人が彼女を一目置いている。
 
「私、不安なんです」
ちょっとびっくりした。彼女はとても生き生きと仕事をしているように映っていたから。
 
「今のプロジェクトで私がいちばんの経験者で……、気づいたら誰も私の事を叱ってくれる人がいなくて……。自分のしていることが、本当に正解なのか自信がないんです。でも、そんなこと言えないし……」
静まり返った部屋に、彼女の言葉が途切れ途切れに響いていた。私はきいた。頷きながら。しっかりきいた。
 
彼女の弱い部分を初めて見た気がした。すごく共感した。私の担当は苦情・クレーム対応。私も気づけば年数がベテランの域に達していた。何かトラブルが起これば、私の意見が求められる。上司からも、組織の長からも。私はいつも葛藤する。私の発言や提案が、クライアントに、弊社スタッフに、組織に、与える影響は幾ばくか。責任の重さに心臓が潰れそうになることもある。
 
まだまだ若く、怖いもの知らず、元気ハツラツに見える彼女も、私と似通った不安を抱えているのだと思うと、なんだか可愛らしく思えた。
「なになに、私に叱って欲しいの? こう見えて恐いよ(笑)」
彼女が少し驚いた顔をするが、反応が悪い。
「大丈夫。上に誰かいなくても、クライエントが導いてくれるよ。クライエントに誠実に向き合っていたら、大丈夫」
と、言いながら、あぁ、もっと気の利いた言葉ないのかなぁと思ってしまう私。
でも、幾分彼女の表情が和らいでいたので、ホッとした。
 
で、私はいたずらっぽく言う。
「ねえ、私の事も聞いてくれる?」
「もちろんですよぉ」
「私はね、頭撫でてくれる人が欲しい!」
「あぁ、わかりますぅ」
「でしょ。私ね、イケボの〇〇さんに『よく頑張ってるね』って、頭撫でて欲しい~」
「なんか、具体的ですね。私は△△さんがいいですよ」
「ええっ、そっち派?」
 
彼女は、そんな私が意外だと言った。私っていつも落ち着いていて、頼りになる人って感じらしい。えー、図体でかいけど、中身はガラスのハートなのに。そんな言葉に彼女は笑ってた。
 
この感じ、遥か遠い青春時代に経験した「放課後の教室」の空気感だなと思った。
 
このまま、「飲みに行く?」っていう提案もできたかもしれない。でも、今はふさわしくないと思った。私たちの打ち明け話は、アルコールの力をかりてはいけないような気がした。
ここは、いつも私たちがクライアントや上司や組織のはざまにあって葛藤し、戦っている場所。でも、今だけは、私たちを静かに見守ってくれている場所。そして、年代とか仕事とかもろもろ違う私たちでも、おそらく共通した「放課後の教室」たる記憶と重なる場所。だからこそ、彼女と私は語り合えた。そんな気がした。
 
次の日、職場で顔を合わせた彼女の笑顔は、いつもと変わらない日常の姿だった。それをみて私の表情が緩む。でも、声は掛けなかった。
私たちの打ち明け話は、また、あの場所で。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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