蕎麦と茶道
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:スズキヤスヒロ (ライティング・ゼミ6月開講コース)
「もう八時だぞ! なにやってんだ、早く勉強をはじめろ!」
小学生の頃、午後八時以降はテレビを見せてもらえなかった。
父にバレないように、口をヘの字にしながら、渋々と子供部屋へと向かう毎日であった。
そんな孫を不憫に思ったのか、祖父が父に隠れて、そっとトランジスターラジオをくれた。
いつ、父の抜き打ちチェックがあるかわからない。
いつ、子供部屋に踏み込まれても大丈夫なように、
左の袖にイヤフォンを通し、考えているフリをしながら、ラジオを聴いていた。
テレビを見れない悔しさを、ラジオの落語や漫才にぶつけた。
昭和五十年当時、演芸番組もまだ多かったので、演芸番組を毎晩ハシゴしていた。
江戸落語には蕎麦が出てくる噺が多い。
そして、落語のなかの登場人物はみな“粋に蕎麦を食すこと”に命をかけている。
彼らに指導をうけ、私は“粋がって蕎麦を食う、ちょっとめんどくさい小学生”になってしまった。
粋に蕎麦を食すことを志してから幾星霜。
髪に白いものが交じる齢になってしまった。
これだけ年季が入ってくると、蕎麦を食すことは、食事ではなく…… 茶道の“お点前”のようになってくる。
特に、蕎麦の名店では、客同士が蕎麦の食しかたを、競い合うような空気になっている。
そんな蕎麦屋で、お点前のように蕎麦を食していると、
大学生の頃に出会った、ある茶人のことを思い出す。
私は茶道の心得は全くない。
友人が茶道を少しやっていて、ヒマだったのでついて行っただけのことだ。
詳しい場所は忘れてしまったが、京都市内の少し北の方だったと思う。
先生のご自宅の一室で茶道教室をされていた。
稽古場に着くと、大学生ぐらいの男女が十名ぐらいいて、和服に身を包んだ三十代後半ぐらいの穏やかそうな若い男性の先生が談笑していた。
「今日は、見学させていただきたくて……」
私が正座して先生に挨拶していると、友人はその横をすり抜けて、
「先生、お菓子ない?」
勝手にふすまを開けて、隣の部屋に入っていってしまった。
「おまんじゅうがあるから、食べていいよ」
言いながら、先生はその行動が“可笑しくてたまらない”と笑い転げている。
他の生徒は、友人の勝手か行動に慣れているのか、誰も気にしていない。
ほどなく、お稽古が始まった。
「あなた、正座なんてしなくていいから。痺れちゃうから、あぐらでいいですよ」
そう言われても、全員が正座しているのに、自分だけあぐらをかくわけにもいかない。
お稽古では、数名の生徒が“主人”になって、お茶を点て“客”である先生に差し出す。
そのとき初めて本格的な茶事を見たので、所作の美しさや複雑さに驚いた。
特に、帛紗(ふくさ)とよばれる布巾を扱う所作は手品のようだった。
点てられたお茶を飲むときになると、先生の表情がにわかに険しくなる。
それまでの温和な雰囲気は消え、“この一服の後に絶命してしまうのではないか”と思わせるほどの緊迫感が稽古場にみなぎる。
そして、最後まで服しきると、丁重に茶碗を主人に戻す。
どの生徒に対しても、点てたお茶に対しては、一命を賭するように茶を服していた。
やがて、私の友人が“主人”になった。
一生懸命やっているのはわかるのだが、所作も帛紗さばきも“めちゃくちゃ”だった……。
それを叱るのかと思ったら、先生はそれをみながら笑い転げている。
「なんだありゃ…… ひどいな」
その一方、他の生徒たちの間で失笑がもれた。
先生はそんな雰囲気を感じとると口を開いた。
「それでいいんです。そのままでいい。それがあなたのお茶ですから。茶道の所作なんて覚えるものではありません。帛紗裁きなんてどうだっていい。振り付け通りに動けたってなにも意味はありません」(著者注:先生はこれを、美しい京都弁でおっしゃられました)
びっくりした。
自分がイメージしていた茶道と、全然違う。
やがて、友人が茶筅(ちゃせん)をつかって、お茶を点てるところまできた。
茶筅を素早く動かして、お湯に空気を含ませてお抹茶とお湯を混ぜ合わせなければならない。うまくやらないと、なかなか抹茶とお湯が混ざり合わない。
友人は正座して、お茶を点てていたがいくら茶筅を回しても混ざらない。
あろうことか、左手に茶碗を抱え込んで立ち上がり、茶筅を必死に回転させている。
先ほど、先生に叱られたので、それを見て失笑する者はない。
私は笑いそうになったが、みな硬い表情をしているので表情を崩すわけにもいかない。
先生だけが、必死に茶を点てている友人を見ながら、笑い転げている。
やっとお茶ができたようだ。
友人が、先生に茶碗を差し出す。
それまでと打って変わって、先生は“この一服の後に絶命する……”ような表情で、
友人が立ち上がって点てたお茶を服している。
そして、すべて服しきると、丁重に茶碗を友人に戻した。
蕎麦屋でも、なにかしている時にでも、『型』ばかりが気になってしまうとき、
あの茶人のことを思い出す。
『型』は自ずから生まれるものであって、自らを『型』にはめ込むものではない。
自分はなにかの『型』にはまりこもうとしていないか?
いつもそう自問するようになった。
自分が目の前にしているモノコトは、一生のうちに一度しか現れない。
自分は、あの茶人のように、目の前のモノコトに命を賭するぐらいの覚悟で対しているだろうか?
***
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