メディアグランプリ

天下一品に行く。


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記事:守山 太一(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「ピーナツバターだ、ピーナツバターが麺に絡んでいる!」初めて天下一品のこってり味を観た時、なんだか得体のしれない者に見えて、空腹感が消えたのを今でも覚えている。
 
早春の雨の日だった、両親の顔は少し曇り勝ちだった、それはやがて来る別離の予感だったのかもしれない。春からの進学先が関西に決まり下宿を決めた帰り道の車中だった。遅い昼ご飯でも取ろうかと食べ物屋を探している最中に京都の従弟が折に触れ話していた中華そば屋”天下一品“を思い出した。「天一な、めちゃ美味いで!」聞けば週に七日は通っているらしい。関西に進学したと聞いて、彼はもう僕を連れて行こうと手ぐすね引いて待っているらしい。
 
店に入ると、しょうゆとか味噌とかのメニューはなく、ラーメンは“こってり”と“あっさり”の2種類だけだった。それは茶色く粘度が高かった、ちりばめられたネギも中に沈み込むことが出来ずに浮いている。スープというよりはルーといった見かけに驚いた刹那、一拍置いて復活した嗅覚がそれまで食べたラーメンとは違う麺類という事を教えてくれていた。そして、僕は困惑しながら初めての一杯を食べ終えた。これが関西。少し一人暮らしが憂鬱になり始めていた。
 
大学に合格した時から愉しみにしていたもの、それは餃子の王将だった。関西の大学なら絶対に最寄り駅には一店舗はあると聞いて心が躍っていた。それなのに最初の2年間を過ごすキャンパスはまだ出来立てで王将はまだ進出していなかった。あるのは天下一品だけだった。
 
初めての一人暮らしの関西の地、関西弁は少しやかましく聞こえ、話の締めに笑いを要求するスタイルにすこし疲れ始めていたころ、できたばかりの友人といっしょに駅前の天下一品に入った。やっぱりあまり食べられなかった。最初に完食したのは3回目のころだったと思う。それから野菜が嫌いな子が野菜を食べられるようになるかのように、どんどん食べることが出来るようになっていた。
 
そして、「そやな」であるとか「ちゃうんとちゃう?」などと口走り、お好み焼きをおかずに白米を食べる事が普通になった頃には暇さえあれば天下一品に行くようになっていた。「3限が休講やねん、天一行かへん?」
 
関西の学生にとって天下一品は、ただ食べるだけのものでもなく自分達が料理するものでもある。数多く天下一品の店があり、そこでバイトしている友人も多かった。「今から部屋に来いへん?」電話で呼ばれていくとバイトで余ったチャーシュの山が盛られていて、次の昼まで食べたこともある。スープ担当が今日のスープの出来加減に納得できず、仕込みの済んだ鍋を床にぶちまけたとか言う話を聞いた。
 
天下一品、特にこってりはラーメンではない。率直に言うとラーメンを食べたいから天下一品を食べるのではない。天下一品を食べたいから天下一品を食べるのだ。あのスープは、天下一品をラーメンというよりはスープパスタという言葉にしっくりこさせている。
 
学校を卒業後、上京して、寂しくて辛い時に目黒駅傍に天下一品が出来た、やってきてくれた。麺を啜る度に関西とのつながりを感じることが出来た。天下一品を愛する者は幸せ者である。汁まで飲み干すことが出来ればまだ君は若く現役で自分自身に誇りを感じることが出来るし、どこであれこってりを食べることが出来ればそこが関西になる。
 
「東京の天下一品は少し違うんだ、少しあっさり目の軟弱なこってりなんだ」一時、限られた店舗でこってりを越えたこってりを食べることが出来ると聞いて、東京でその店を探したこともある。友人と最終の新幹線に乗って京都の白川本店に出向いたこともある。でも自分が思っているようなこってりした感じには出会えないまま、幾つもの夜を越えた。周りは肉より魚の方が美味しくなってねなどと口にするようになったりするうちに情熱も消え、新幹線に息を切らせて飛び乗ったあの日は遠くなっていく。
 
……そして2023年の6月、“こってりMAX”の広告を見かけた。まるで箸を刺して立たせることが出来るようなこってり感。これ以上こってりを突き詰めると煮凝りのようになってしまうのではないかという惧れからまだ会うことが出来ずにいた。…いやそうじゃない。
 
大人になるに従って世界の厳しさを知り、夢を諦めて世間と折り合いをつけることを学ぶようになる。ひょっとしたらそれが健全な歳の重ね方なのかもしれない。でも諦めずに自分の強みを伸ばしていけたら、こってりのあちら側に辿り着けたのかもしれない。それは果たせなかったもう一人の自分でそれと出会うのが怖かったのかとも思ってしまう。
 
…だから今晩、僕は天下一品に行く。
 
 
 
 
***
 
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2023-08-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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