これからも、落語に出てきそうなオヤジで行こう
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山田THX将治(天狼院・実践ライティング教室)
「危ない! 走るな!!」
同じマンションに住む少年に、私は思わずこう叫んだ。
何故なら、彼は先週から眼帯をしていたからだ。何でも、‘ものもらい’を患ったらしいのだ。
急に私の怒声を聞いた少年は、素直に立ち止まり、片眼だが笑顔を見せてくれた。この、孫と言っても不思議ない年回りの少年と私は、とても仲が良いのだ。
少年は、私を見掛けると挨拶してくれるし、仕事から戻った際等も、
「オジサン、御仕事の帰り?」
「そうだよ。ただいま」
「お帰り。御疲れ様」
等と、歳の割には‘おしゃまな’こと迄、言ってきたりする。
30代半ばの父母と、小学一年生の彼、そして幼稚園年中の弟、これが御一家の構成だ。部屋が同じ階で近く、その上、使っている駐車スペースが、斜め向かいだ。
私が、この一家と仲良く会話する様になった切っ掛けは、彼等家族が引っ越してきて直ぐのことだった。
或る夜のこと。私が帰宅し車を停めた際、斜め向かいの車のハザードライトが点滅し、ドアロックが外れたのだ。私は咄嗟に、リレー・アタックを疑った。
リレー・アタックとは、遠隔操作で車のドアロックを解除し車を盗む、昨今多い自動車窃盗の手段だ。
御一家の車は、人気のミニバン車なのだ。私は、少年を悲しませてはいけないと思い、暫く待機してみた。その後、駐車場の周りを見回った。
10分経っても、何も起こらなかった。私は、安心した。車の窃盗は、短時間で行われると相場が決まっている。
既に深夜のことだったので、私は御一家には告げず、手動で車のドアロックを掛けて、自宅に戻った。
私の予想はこうだ。
少年か弟が、車のキーを室内でいじっていて、ロック解除のボタンを押してしまったのだろう。
翌日のこと、少年と母親が車で帰宅したのを見付けた。
私は、車から降りてきた母親に、
「こんにちは。昨晩ですね……」
と、ドアロックが外れた顛末を話した。
母親は、
「有難う御座います。どうしたのですかねぇ?」
と、訊ねて来た。
私は、
「坊やを叱らないで下さい」
と、前置きして、私が予想したことを話した。
すると、母親は、坊やを叱るはおろか、
「どうやって、対策したらいいのですか?」
と、私に訊いて来た。
私は、
「防犯用の入れ物が、カーショップで売っていますよ。それに、もっと手軽なのは、車のキーを金属缶に入れておいても良いそうですよ」
と、答えた。
すると、母親よりも先に少年が、
「そうなんだ! オジサン有難う」
と、礼を言ってくれた。
勿論、母親も言ってくれた。私は、
「大事な車ですから、坊やを悲しませない様に」
と、笑顔で返した。
それからというもの、この御一家、特に少年とは事有る毎に会話する様に為った。
何でも知りたがる年頃だ。少年は、私の車や室内(私に部屋は入り口脇)を覗き込み、
「これ、なぁに?」
「あれ、なぁに?」
と、ややもすれば面倒な程、話しかけて来る様に為った。
しかし私は、話し掛けてくれることに、有難いと思っている。
この、カサ付いた世の中で、血縁者でもない私と大切な子供が会話することを止めない御両親に。しかも、親だって必ず挨拶してくれるのだ。
意外に思われる方もいらっしゃるかも知れないが、私が今のマンションに越してきてからの5年半、未だ半数程の住人(特に大人の男)と挨拶すら交わしたことが無いのだ。
それなのに、親しくしてくれるこの御一家は、本当に良い子育てを為さっているし、正しい礼儀を子供に見せていると感じる。
私が常々考えている、
『我々世代よりも、立派で礼儀正しい“ゆとり世代”は多く居る』
を、地で行く様なことだから。
昨年の夏、少年と弟が、帰ってきた。どこかで遊んできたのだろう。
二人は、NYヤンキースとLAドジャーズのキャップを被っていた。
見掛けた私は、
「おぉ、格好良いなぁ! ヤンキースとドジャーズか」
と、声を掛けた。
少年は、
「何で解るの?」
と、目を輝かせながら訊いて来た。
私は、キャップのマークを指差し、
「このマークで解るのさ」
と、答えた。
少年は、隣にキョトンとする弟のキャップを見ながら、
「そうなんだね」
と、子供っぽい反応を見せてくれた。
私は思わず、F1観戦に行った際、二人の御土産にキャップを買おうと決めた。
そして、実践した。
二人は、とても喜んでくれた。
4か月近く経った今でも、私はプレゼントしたキャップを被っている時は、必ず走り寄ってきて、
「オジサン、有難う!」
と、言ってくれる。
私は、
「いつも仲良くしてくれて、こちらこそ有難う」
と、礼を言う様にしている。
眼帯をした少年を呼び止めた私は、思わず、
『あっ、理由を聞かれる』
と、瞬間的に考えた。
正解だった。歩み寄ってきた少年は、
「何で、走ったらいけないの?」
と、訊いて来た。
私は、子供にも解る様に、人間は両目を使わないと転び易く為ることを説明した。
少年は、今一つ納得出来ない様な表情だった。
私は、
「それじゃ、そのまま(眼帯をしたまま)両腕を広げて片足で立ってごらん」
と、提案した。
素直に従った少年は、数秒もしない内にグラ付き始めた。
私は、
「次に、眼帯を外して、同じ様に立ってみて」
と、提案した。
両眼を使った少年は、しっかりと片足立ちしていた。
私は、少年に眼帯をするように言った後、
「ほらね。人間は片目じゃバランスを取ることが出来ないのさ」
と、諭した。
少年は、いつもの笑顔に戻り、
「オジサン、有難う。又、何か教えてね」
と、言った。
私は、嬉しくて堪らなかった。
最近では、他人の子供を叱るはおろか、話し掛けるのも躊躇われる。
人間関係が、面倒に為った証拠だ。
無用なトラブルを避ける為、必要最小限しか関りを持たない様にしている傾向が感じられる。
しかし私は、少しだけ昭和なオヤジで居ようと思う。
丁度、落語に出てきそうな、少し頑固で優しいオヤジに。
だって、この少年の様に、仲良くしてくれる子も居るのだから。
そう。『有難う』の言葉を貰える内は。
***
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