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中2の春の色黒の君は


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
「もしもし、はい。娘ですか? 娘は勉強中だが……。君は?」
「は、はい僕サクラギです。同じクラスの……」
電話の相手が口ごもっているうちに父は電話を切った。
「お父さん! なんで替わってくれなかったの⁉」
すぐそばにいた私は憤慨した。
「サクラギっていうのはいったい誰なんだ」
「ただの同級生だよ。お父さんひどいよ」
 
記憶をたどるのも容易ではないが1972年私は中学2年生。
だんだん父親が嫌いになっていくお年頃に私も差し掛かっていた。
それからサクラギ君は二度とウチに電話をかけてはこなかった。
ところがある日、学校の下駄箱を開けると白い封筒が入っている。
それは筆圧強く書き綴ったサクラギ君からの、私が生まれて初めてもらったラブレターだった。
ああ!
今書いていても気恥ずかしくなるような「アオハル」を私も送っていたのだ。
何と書いてあったのかは忘れたが、とにかくそれは私に交際を申し込む手紙だった。
同じクラス、同じ班。
顔を見れば私に悪態しかつかない男の子。
なのになんで?私は混乱した。
今ならわかる。好きな子にわざと意地悪してしまう典型的なパターンだ。
彼は勉強スポーツともにできる、先生にも一目置かれる存在だった。
色黒で笑うと目が無くなる、どこかもっさりした男子だが友達が多く人気者だ。
だが私は当時から今に至るまで一貫して、手足が長くお目々パッチリの王子様タイプが好きだ。自らの鼻ペチャ小太りな体型は棚に上げている事は重々承知、王子に憧れることは譲れない。
当時デビューしたての郷ひろみに夢中の私が、彼に惹かれることは決して無かった。
 
ラブレターを貰いながらも私はいつも通り彼に接した。
サクラギ君も初めぎこちなかったが、次第に元通り悪態をつくようになった。
あれは何かのいたずらだったのかもしれないと私は思った。
そんな矢先、生徒会長にサクラギ君が立候補した。
もう一人の立候補者はA組のアオイ君。
アオイ君は勉強、スポーツ、ルックスどの点においても他の追随を許さない男の子だった。
生徒会長立候補演説の日。寒い体育館に詰めかけたほとんどの女子が、アオイ君に熱い視線と黄色い声援を送っていたことを思い出す。
だが私はサクラギ君の生徒会にかける熱苦しいまでの情熱的な演説に心を動かされた。
しかし結果は皆の予想どおり圧倒的大差でアオイ君の勝利。
2年B組では人気者だった彼も、中2のカリスマ、アオイ君には負けたのだ。
虚しい結果を聞いて、ひとり学校のベランダで落ち込むサクラギ君がいた。
「ミカ、行ってあげなよ」
お節介な私の親友マリコに小突かれて、私は夕陽に染まったベランダに向かった。
まるで当時流行っていた青春ドラマのように、彼は涙を流していた。
「なんでそんなに優しいんだ」
マリコに言われたからとも言えず、私はただ黙って彼の隣りで沈む夕陽を眺めていた。
この日をきっかけに私たちはつきあうようになった。
 
「つきあう」といっても可愛いものである。
映画に行ったり卓球場に行ったりお互いの家を行き来したり。
私の家に初めて男の子が来ると聞き、母は朝からそわそわと落ち着かなかった。
なぜかギターを抱えてやってきたサクラギ君。
得意のギターを教えてくれるつもりらしい。
母はお茶菓子とジュースを私の部屋に置くと
「ミカちゃん、ここは開けておきましょうね」とドアを開け放す。
何かあってはまずいと父に釘を刺されたのかもしれない。そんな時代だった。
そういえば数年前横浜駅の裏道を歩いていたら、まるで図書館から出るようにラブホテルから手を繋いで出てくる制服の高校生を見て驚いた。
それを同僚の若い女性に話したら、「高校生が『つきあう』ってそういう事ですよ、普通です」と笑われてさらに驚いた。
「誰君と誰ちゃんがつきあってる、Aはもう済ませたって!」と大騒ぎしていた私たちのなんと幼かったことか。念のため記すが「A」とはキスのことである。
彼の純情熱血派とでも言うべき性格が私はキライではなかった。
ただ正直ときめく存在でもなかった。たぶん私は人並みに「ボーイフレンド」ができた喜びに酔っていたのかもしれない。
こんなわがままな私をサクラギ君はどう思っていたのだろう。
 
それからお互い別々の高校に進学し、私たちは次第に会わなくなった。
しかし不思議なことに、まったく予期しないタイミングで私は彼に出くわした。
高校の通学途中の井の頭線でばったり会って、彼の高校の文化祭に遊びに行ったり。
社会人になってばったり新宿の地下街で出会い、呑みに行ったり。
その後、長女を妊娠し大きなお腹で渋谷の書店をウロウロしている時も彼を見かけた。
「あ!」
やっぱり変わらない。笑うと無くなる細い目がそこにあった。
「何ヶ月?」
「7ヶ月。8月に生まれるの」
「そう。おめでとう!」
「サクラギ君は今何しているの?」
短い会話をして私たちは別れた。
昔愛していた男に駅で出会い、気づかれぬままそっと相手を見送る竹内まりやの「駅」という歌がある。
しかし現実はそんなドラマチックなものでもなく、偶然出会った私たちは「じゃあね」とまたそれぞれの街へと帰った。
これだけ多くの人が行き交う東京で何度も出会うのはさすがに運命めいたものを感じるが、何度出会ってもそこに恋愛と呼べる感情は生まれなかった。
ただ懐かしい「ボーイフレンド」がこの街のどこかで生きている。
そう思うだけで私はチカラをもらえる気がした。
 
あれから何年経つのだろう?
今日、ちょっとドキドキしながら、Facebookで彼の名前を検索してみた。
あった。
集合写真を指で大きく広げてみる。
たぶん彼だ。
あの細い目と色黒は変わらない。
私と同じように子どもたちは独立して、奥様と色々趣味を楽しんでいるようだ。
よかった。今も元気でいるのだ。
心にポッと灯がともるような気がした。
もし同窓会で会ったのならまた「元気?」と言葉を交わして再会を楽しむだろう。
それだけでいいのだ。
 
「そっちの準備はいいか?」
キッチンにいる夫から声をかけられハッとした。
「待ってろよ。最高に美味しい肉を食わせてやるからな」
そう言ってニッコリ笑う目はお世辞にもパッチリではないし、色黒だ。
なぜだろう?結局、私は理想とはかけ離れた男を選んでしまった。
理想と現実は違うとはいうものの、どうして王子タイプではなかったのだろう。
そんな私の想いをよそに、夫から大きな声が飛ぶ。
「焼けたぞ~」
なんとも言えない香ばしい匂いが私の鼻腔を直撃する。
目の前の幸せな現実に、私は大きくテーブルクロスを広げた。
 
 
 
 
***
 
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2024-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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