海外でだまされて、しかも○〇だった話。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小林久子(ライティング・ゼミ2024年2月コース)
皆さんは、海外旅行が好きですか?
長いコロナの期間を経て、久しぶりに海外に行ったという方やこれから旅行を予定されている方も多いかと思います。知らない場所で初めて会う人々や見たことのない食べ物、全く違う文化や風習、新しい驚きと発見のある海外でのを体験は、たまらなく楽しくワクワクします。
でも海外旅行といえば、トラブルがつきものです。言葉もおぼつかないかで、買い物でぼったくられたり、道に迷ったり、乗り物を間違えたりして、その時は頭に来たり、情けなかったり、途方に暮れて泣きたくなったり。でも無事に家に帰ると、そういうハプニングも旅の良い思い出、スパイスとして、笑い話としてネタにできるのも悪くはない、旅の一興です。
私は海外が好きで海外に関する仕事をしています。そして私もインドネシアで騙されました。騙されたのに、でもそれだけではなかった。そんな経験を皆さんとシェアしたいと思います。
もう20年近く前に、私は大学で博士号を取るため、インドネシアのカリマンタン島に滞在し研究を行っていました。その研究は民族紛争に関するもので、私は現地の3つの民族の関係を知るために、各民族グループに対し約100人ずつのアンケート調査を実施することにしました。
このアンケートは、若干手がかかる調査で、NGOのスタッフを雇って対象者の家を訪問してもらい、アンケートの質問をして、聞き取った回答を記入してもらうというものでした。また民族に関するセンシティブな質問もあったため、アンケート調査の対象となる3つの民族に対して、NGOスタッフもアンケート回答者と同じ民族になるように、3つの異なるNGOに協力を依頼しました。
NGOに協力をお願いするには、もちろんただでは無理で、アンケート1通に対し謝礼を払う約束でした。しかしこのとき私はお金を節約したいとちょっと焦っていました。当時私は奨学金をもらっていたのですが、貯金も大していない貧乏な学生です。、調査に思ったよりもお金がかかり急に心配になり節約したいと、私は3つのNGOにアンケートの費用を値切る交渉を持ちかけました。
この調査の対象である3つの民族は、それぞれ考え方や性格が異なることで知られていました。3つの民族を仮にA、B、Cとすると、Aは人の言うことを素直に受け入れるが不満があると言いたいことは言うタイプ、Bは不満があってもそのまま受け入れて黙っている、Cはちゃっかりと始めから自分の主張するという風です。私はこの3つ民族に関係するNGOのうち、アンケート調査が先行していたBとCのNGOに謝礼の値切りの交渉を持ちかけました。すると、CのNGOには始めから値切りは無理とあっさり拒否されました。やはりCのNGOはたくましいと思いながら、BのNGOにお願いすると、安い謝礼で了解してくれたのです。私は少し悪いなと思いながらも、ありがたく低い価格でお願いすることにしました。
さてその後しばらくして、アンケートの調子はどうかとBのNGOのスタッフに状況を聞いてみました。BのNGOのアンケート調査の進捗はゆっくりで時間がかかっていました。またしばらくすると、とある別のNGOの友人から、BのNGOの調査はうまくいっていない、どうも謝礼に不満があるらしく、この金額でこの作業はやってられないと話しているということを伝え聞きました。やっぱりBのNGOでもだめだったんだと、ある意味胸騒ぎが当たったような、いやな感じでした。同時に、相手は私を騙したんだと、私は怒っていました。
私はBのNGOの担当者と会って事情を聴き、追加で謝礼を払うことにして、最後までアンケート調査を終わらせてもらうことにしました。NGOの担当者が金額が安すぎるということを伝えてきて、やはり私はだまされたか、彼は悪い奴だったんだと、私は非難の念を深めていました。
一通り話が終わり、その担当者が帰ることになり部屋を出ようとしたときに、彼は握手のため手を伸ばしきました。私は騙す奴と握手など……と心の中では思っていましたが、私の手は自然に握手に応じて、心の叫びとは裏腹に私は何も言えず、彼は平和に帰っていきました。
そして、その後私の心に浮かんだのは、「負けた」という気持ちでした。何故かはわからないけれど、明らかに負けたという感情。私たちはいつも騙す奴は悪い奴で、悪い奴は非難されて当然と考えている。でも、彼は人を騙す悪い奴なのに、平然と普通に握手をして平和に帰って行った。そして騙したことを非難したい私は心のちっさい、ドラえもんで言えばスネ夫のようなせこい奴に感じる不思議さ。たった一つの握手だけで。このNGO担当者は人を騙す。でも礼節を保つ。この人は私よりも人間として上なのかも。そして、そう感じることはそれほど嫌ではなくて、なんだか楽しかったのです。
その後、私は多くの国で仕事をして、インド人やらアラブ人やらアジア人やらに騙されたり、いやな目に合わされることも何度もありました。だまされた後にニコニコ握手して別れて帰ってきたこともある。でもやはりだます人は嫌な奴で、あの負けたという感情は、あれ以来感じたことはない。
あの時の彼の握手は単なる習慣だったかもしれない。でも私の常識を超えてきた。
あの時の感情は今でも忘れない。そう、だから、海外にでるのはやっぱり面白いです。
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