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「騙されたと思って」に騙されてみる


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記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
今年の2月末のこと。私は沖縄旅行で訪れた居酒屋で、背筋をゾワゾワとさせていた。10個くらいの白い目ん玉が、揃いも揃ってこちらを見ているのだ。
 
「うわあ〜、久しぶりのキビナゴ! これ絶対おいしいから、みくちゃんも騙されたと思って食べてみて!」
 
いやいや、なんだこのグロスティックな食べ物は。どうやら私が「吉備団子」と聞き間違えたものは、「キビナゴ」という鹿児島県の名物で、体長10cmほどのニシン科の小魚らしい。10匹くらいのキビナゴが、衣をつけてサクサクに揚げられ、パカっと口を開けて横たわっている。
 
「う〜ん。そっか……。うん……」
 
私には苦手な食べ物が山ほどある。タコ、イカ、ウニ、貝類、シラス、歯応えのある肉……。食感や見た目に生命力があるものが食べられない。小さい生き物がたくさん集まった食べ物に関しては、見るだけで「ぞわっ」としてしまう。たくさんの生き物から揃いも揃ってこちらを見つめられると、気が気でないのだ。
 
「すみません、すみません、あなた方の命をいただいて……。このご恩は忘れません。許してください」
 
テーブルに並んでいるイクラやシラスを見ていると、そんな気持ちになる。
 
しかし友人はこの小魚が小さい頃からの大好物らしく、目をキラキラさせながら満面の笑みを浮かべている。「騙されたと思って」とはよく言うが、自分で自分のことを騙すなんてそうそう簡単なものではない。そもそも「騙されたと思って」ってなんなんだ。もし「騙されたと思って」を信じた結果、その人は詐欺師で、本当に騙されていたらどうしてくれるんだ。そんなことを考えていたら、次第に頭がぐわんぐわんしてきた。
 
10匹のキビナゴを前に、私はテーブルの下で拳をぎゅっと握りしめた。衣の隙間から見える白い目が、こちらを見ているような気がする。果たしてこの目は私に何を訴えているのだろうか。生き物をそのまま天ぷらにして食べてやろうという、人間の思考は残酷だ。
 
しかし、私には「旅行の時だけは、嫌いな食べ物にも挑戦する」というマイルールがあった。なぜなら、テンションがハイになっている時ぐらいしか、克服できるタイミングはないからだ。
 
固まって苦笑いを続ける私をよそに、友人は皿の中の1匹を大事そうに口に運び「おいひい〜!」と目を細める。私はごくりと唾を飲み込む。これまでいただいた「じーまーみー豆腐の天ぷら」「ゴーヤチャンプル」「もずく酢」。確かにどれも感動するほどにおいしいものばかりだった。
 
それに、なんと言ってもここは沖縄だ。沖縄の1日は、東京に比べると時間の流れが3倍はゆっくりしている。すれ違う周りの人もみんな、すこぶる機嫌が良い。しかも今日の最高気温は20度。長袖のTシャツ一枚で過ごせる、最高にちょうど良い気温だ。
 
私は沖縄の開放感ある雰囲気にすっかり影響され、「今日くらい騙されてみるか」とキビナゴに箸を伸ばした。1匹を掴んで、安らかなお顔を見つめる。この小さな頭は天ぷらにされる前、何を考えていたんだろう。パカっと空いた口も、これから噛み砕かれて私の体内に入っていくのだろうか。ああ、私が今掴んでいるのは、命なのだ。
 
私はまた「ぞわっ」として、頭の部分を箸で切り分けようと試みた。首から下であれば、まだ食べられるかもしれない。しかし箸を入れるも、なかなか切り離せない。そうしている間も友人はうれしそうに次の1匹に手を伸ばす。
 
「っだー! もうこのまま食べよう!」
 
しゃく、しゃく、しゃく。ああ、本当に申し訳ないが、これは美味い。ふっくらした衣に柔らかな身が包まれ、やさしい塩味の中にほんのりと苦味が感じられる。小さいながらも口の中にしっかりと旨味がある。そして今、私が噛み砕いているであろうキビナゴの頭に思いを馳せる。
 
「どう? おいしいでしょ」
 
「おいひい……」
 
感動と罪悪感が混ざって、なんだか叫びたい気分だ。ふとテーブルに目をやると、琉球の器にはキビナゴの頭がぽつんと横たわっていた。
 
「なんでここに……!」
 
どうやら知らないうちに頭を切っていたらしい。頭だけが皿に残り、むしろ不気味さを増している。そんなことで苦戦している間にも友人はパクパク食べ進め、残りのキビナゴは2匹になっている。
 
私は友人の箸のスピードに急かされるように、そのうちの1匹を掴んで口に運んだ。
 
「あ〜〜〜、うまい」
 
今度こそ、キビナゴの全身が私の口の中で噛み砕かれている。白い目、パカっと空いた口、小さな頭、柔らかな身と、内臓。ほんのりとした苦味とやさしい塩味が、余韻を残したまま少しずつ消えていく。目の前にあった命が、私の血となり肉となる。友人の「騙されたと思って」を信じなければ、この味には一生出会えなかった。
 
たくさんの白い目が並んでいた皿の上はほとんど空っぽになり、私が残した一匹の頭だけが残っている。目の前の友人は、さっき食べ終えたキビナゴの味に思いを馳せ、余韻に浸り続けている。
 
「はいお待たせしました、キビナゴの天ぷらですね〜」
 
ひと息ついていたところ、隣のテーブルに新たなキビナゴ10匹が運ばれていく。仕事終わりだろうか、スーツで円卓を囲う3人組が体勢を整えながら「よっしゃ〜」とか「食うぞ〜」とか口々に声をあげ、箸を手にする。
 
私は1匹ずつキビナゴの天ぷらが彼らの口に運ばれていく様子をこっそり見つめながら、「いってらっしゃい」と心の中でその旅出を見送った。
 
 
 
 
***
 
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