ティファニーのペンダントを手放し、新しい一歩を踏み出す
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記事:義永 直巳(ライティング・ゼミ2月コース)
「義永さん、これ、何?」
我が家のリビングに飾ってあったティファニーの箱を見て、その人は言った。
「あ、これ、名古屋ウィメンズマラソンの完走ペンダントです」
と、私はその中に入っているものを答えた。
「何で箱に入れてるん?」
と聞かれて私は一瞬戸惑った。「何で?」と言われても、理由が見つからない。大切なモノを箱に入れて保管するのが当たり前だと思っていたからだ。私はどう答えるか考えあぐねてしまった。
「この箱、可愛いじゃないですか」と、とりあえず私は答えたが、全然答えになっていなかった。
我が家を訪れたその人は、断捨離トレーナーの先輩だった。当時、私は断捨離トレーナーの講習生。トレーナーの先輩に我が家を見てもらおうと思い、お招きしたのだった。
我が家のリビングの飾り棚にティファニーの小箱(白いリボン付き)は5つ並べてあった。ティファニー・ブルーの箱が可愛くて、ディスプレイしていたのだ。その箱は、すっかり我が家のリビングの風景として定着していたので、私は何の疑問も抱いてなかった。
ただ、その日に先輩トレーナーから「何で?」と聞かれたことから、私の思考が働き始めた。
なぜ私は、名古屋ウィメンズマラソンの完走賞のティファニーのペンダントを、使わずに、大事に箱に入れたまま飾っていたのだろうか。その日から、悶々と考えることになった。
大切なものなら使えば良い。使わずに置いていたのは、普段使いするようなデザインではなかったからだ。はっきり言って、欲しくて手に入れたモノではない。デザインもお気に入りではなかった。だからと言って、手放すのも惜しい気がしていた。マラソンを完走した証でもあり、私の努力の賜物だった。
使わないのなら、収納の中に入れておけば良いのだが、わざわざ人目につくようなところに飾っていたのは、自分が頑張った証拠を、誰かに「見せたい」気持ちもあったのだろう。それなら、ペンダントとわかるように出しておけば良いものを、箱に入れたまま飾っていたのはどういう心境だったのか。自分の気持ちもよくわからなかった、というより、自分の気持ちを深く考えることもなく、無意識にそうしていたのだ。
つまり、ティファニー・ブルーの箱は、手放すか使うかという行動を決められず、決断を保留した結果だった。「可愛い」という理由をつけて部屋に装飾品として置いていた。
その気持ちを、この日訪れた先輩断捨離トレーナーは見透かしていたのだろう。
断捨離というのは、モノと自分との関係性を問い直し、何を選択し、何を手放すのかということを決断していくものだ。私は、このティファニーの完走ペンダントと自分との関係性の問い直しを先延ばしにしていた。
先輩トレーナーの一言で、自分自身の先延ばし行動に気づいた私は、この完走ペンダントとの関係性を考え始めた。
手放し難い気持ちもあったが、その手放し難い気持ちというのは、過去の栄光に対する未練のようなものだった。
「過去の栄光って、モノとして残しておかなければならないものなのだろうか」と自分に問いかけた。私の答えは「No」だった。過去の栄光は、自分の経験であり、ペンダントではなかった。経験は、自分の中に刻まれている。だから、使わないこれらのペンダントは潔く手放そうと決めた。
名古屋ウィメンズマラソンの完走ペンダントを見ながら、私は過去のレースを回想していた。マラソンのレースは一度も楽に走れたことはなかった。怪我の回復途中で走ったこともあった。雨の中走ったこともあった。いつも名古屋城の登り坂に苦戦した。35kmからの7kmがとてつもなく長く感じた。それでも、ナゴヤドームのゲートをくぐり、ゴールテープが見えると「やっと帰ってきた!」と足が軽くなり、胸が高鳴った。レースの記憶は私の中にちゃんと刻まれていた。
過去の栄光をモノで残すか、自分の経験として残すか。私の場合は後者だった。
ペンダントの引取先が決まり、5つのペンダントを見送った。リビングの飾り棚にはティファニー・ブルーの箱はない。飾り棚が少し寂しくなったような気がしたが、私の気持ちはスッキリしていた。
ティファニーの完走ペンダントは、私にとって過去の栄光の象徴だった。過去の栄光を手放せば、新しい未来がやってきそうな予感がした。リビングの飾り棚に、次に何がディスプレイされるのか、楽しみな気持ちが湧いてくるのと同時に、自分の将来にも新しい一歩が踏み出せそうな予感がした。
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