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介護とは大海原を航海する船旅である


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記事:ともとも(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「私はこんなふうになりたくない……!」
 
82歳の母が発した言葉である。
昨年の5月、新型コロナウィルス感染症が第5類に移行したのを受けて、私は母と福島県の会津にある母の実家にいた。親子で「仏壇に手を合わせる旅」をしていたのだ。
 
会津とは言っても、実家の場所は会津若松駅からバスで約40分、さらにタクシーで約30分程行ったところにある。新潟県との境に位置し、かなり山深い集落だ。そのため母の体に負担をかけずに行ける最良の手段として、車に乗せて連れてきたのである。
 
実はこのコロナ禍で、母の大切な身内が三人も亡くなっていた。
「最期に見送ることもできなかったから、せめて仏壇に手を合わせなければ、私は死んでも死にきれない……!」という母の願いを、聞かないわけにはいかなかった。
 
母は昭和17年生まれ。この時代にはありがちであるが、兄弟が大変多い。ちなみに母は8番目に生まれたため、名前を「八重子」という。
 
会津の実家を継いだ母の兄(以下、叔父)は、もう20年以上前に亡くなっている。かなりの酒飲みで、喧嘩っ早いので有名で、酒を飲んでは兄弟喧嘩をしていたのを覚えている。その度に奥さん(以下、叔母)が涙ながらに喧嘩を止めに入っていたものだ。
 
叔母はコロナ禍で亡くなった身内のうちの一人である。若いころは大変な美人で、明るくて気が利く人だった。それでも農家の嫁らしく、姑の前ではいつも控えめにしており、身なりは「野良着」が中心だった。
 
しかし、叔母の部屋の鏡台には、実はたくさんのアクセサリーが眠っていたのを私は知っていた。なぜなら私が子供の頃に会津に遊びに行った時、叔母が「このネックレスいらなくなったから、あげる」と言いながら、鏡台の引き出しを開けてくれたからだ。そこには女の子なら誰でもほしがるような、キラキラと輝くネックレスやイヤリングなどが、ずらりと並んでいた。その中から、いらなくなったものを譲ってくれたのだ。叔母には息子が二人いたが娘はいなかったので、私にとてもよくしてくれた。
 
普段の地味な「野良着」姿とキラキラ光るたくさんの「アクセサリー」のギャップが、子供心にとても素敵に思えた。そう、叔母は実はとてもおしゃれな人だったのだ。
 
母と叔母はとても仲良しだった。お互いに年を取って仕事を引退し、子供たちの代になってからも、ずっと連絡を取り合っていた。1年に1度は母が会津を訪れていたように思う。
しかしコロナ禍で外出制限がかかり、2020年からまったく叔母とは会えなくなってしまった。その間に叔母は重度の認知症となり、老人養護施設で暮らしていたのだそうだ。
 
亡くなる半年前ぐらいの叔母の写真を見た母が、その姿の変わり様を見て放った言葉が、「私はこんなふうになりたくない……!」だった。
 
施設に入った当初は、趣味の刺繍に夢中になっていたそうだ。その作品を遺品として頂いたのだが、驚くほど美しく繊細で、叔母らしいセンスに溢れている。それがほんの数か月で、急に認知症の症状が進んでしまったのだという。
 
認知症の人を実際に見たことがあるだろうか。
症状が進むと、顔つきがまるで変わってしまうのだ。外からの刺激の反応に乏しくなったり、抑うつ傾向の症状が出るため、顔の皮膚が垂れ下がり、表情がなくなる。目はうつろで全く生気がない。まるで、知っているはずの道を歩いているのに、突然どこに行くべきか分からなくなってしまったかのような表情なのだ。あんなに美人で明るかった叔母が、認知症でここまで変わってしまうのかと、私自身もかなり衝撃を受けていた。母は仏壇の前で泣き崩れている。
 
病気を患った本人も本当に可哀そうなのだが、同居していて実家を継いだ従妹家族も、介護が本当に大変だったと話してくれた。例えば叔母は、自分の息子や孫は認知していたが、一番お世話をしていたお嫁さんのことは、最後まで認知できなかった。
お嫁さんに対し、「お前は誰だ……!」と怒鳴っていたのだ。仕事をしながらの姑の介護。尽くしても自分の存在を認めてもらえない生活は、心理的にも経済的にもかなり負担になっていたことだろう。
 
親を施設に入れることに抵抗がある人もいると思うが、介護はやってみなければ、その大変さは分からない。施設に入れたことを責める気にはなれなかった。本人の安全や家族の幸せを考えてベストだと判断したのだろう。やりきれない、切ない気持ちを抱えたまま、私たちは帰宅したのだった。
 
そして実は、母にもすでに認知症の症状が出始めていた。
 
認知症の症状を遅らせる薬の開発は進んでいるようだが、治る見込みはなく、終わりがある時は死ぬ時だ。私は仕事と介護の両立をさせる時期が、すぐそばまでやってきていることを自覚した。
 
それはまるで大海原を航海する船旅のようであると思った。穏やかな海もあれば、突然嵐もやってくるだろう。しかし私が船長となって、家族と協力しながら舵をうまくとり続け、安定した航海を目指すのだ。色々な経験を積みながら、進んでいかなければならない。
 
母は今まで親として、たくさんの無償の愛を注いでくれた。私がつらい思いをしていると、いつもそばにいて励ましてくれた。母がいてくれたから、今の自分の幸せがあるのだ。だから今度は私が、母の残り少ない人生を幸せにしてあげたいと思う。
 
母は若いころから、国内外問わず旅行が大好きだった。それに足腰は今も丈夫だ。母に「どこか旅行に行かない?」と声をかけてみたら、二つ返事で「行きたい!」と返って来た。
温泉もいいし、桜前線を追いかける旅でもいい。美しい景色を見て、美味しいものを食べて、ゆっくりできる旅をこれから親子で楽しもう。
 
しかしそのうち母は、旅行に行ったことも忘れてしまうかもしれない。それでもいい、何度でもつれていく。
 
 
 
 
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2024-03-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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