メディアグランプリ

サキになりたかったアキコの話


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記事:大場 安希子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「名前が同じアキコですね」
名刺交換をした時に、その方が気づいて言ってくださった。
その時私は何とも思わず、「あ、本当ですね」と軽く返したくらいだったと思う。
 
毎年発表される、安田生命の子どもの名前ランキングによれば、私の生まれた昭和55年の女児の名前トップ10に、“子”の付く名前は4つランクインしていたので、アキコはよくある名前だった。
令和5年に子の付く名前は1つもない。1位は日葵(ひまり)ちゃんだそうだ。
 
そんな“子”の付く名前が当たり前の時代、アキコは学年に必ず何人かいた。
そして私は勝手に他のアキコと自分を比較した。
小学6年生の終わりに親が隣町に家を建てて引っ越したので、私は自分が通った小学校とは異なる学区の中学校へ入学した。
隣のクラスにやはり別のアキコさんがいて、定番の呼び名である「アキちゃん」はもうその子のものだった。
しかも彼女は、アキちゃんとは別に「お嬢」というニックネームも持っていた。
とても整った顔立ちと自信あり気な振舞いからだと思うが、お嬢と呼ばれる度に、自身の可愛さに確信と自信を増しているように見えた。
多分ちょっと、羨ましかった。
 
私のアキコは“安希子”と書く。
女の子が生まれたと分かり、父が出した候補が「アキコ」「ユキコ」「サキ」の3つだったという。
そのうち、サキは母の中学時代の同級生で同名の意地悪な人がいたという理由で却下されたらしい。(そんなことで名前って決まるのだ!)
遠い親戚に姓名判断を生業にしていた人がいて、漢字はその人に付けてもらったそうだ。
 
小学校で自分の名前の由来について作文を書くという宿題が出た時、この話を聞いた私は、「サキがよかったのに……」と思った。
だって、『スケバン刑事』の麻宮サキ、漫画『星の瞳のシルエット』の泉沙樹など、テレビドラマや漫画に出てくるサキ達はみんな、芯があり、凛としていて格好いい。
何よりも、アキコはありふれているのに対し、サキはレアで特別感がある。
母の中学の同級生に意地悪なサキがいなければ、私は今頃サキとしてちょっと違った人生を歩んでいたかもしれなかった。
 
それまでも、自分の名前がありきたりであることを、心のどこかで残念に思っていたのだろう。
あと一歩のところでサキを逃したことを知った小学生の私は、何かに火が付いたように、女の子の絵を描いては色んな漢字のサキという名前を付けることにハマった。
早希、紗季、咲樹……。
絵の女の子は、泉沙樹のように、ショートカットでボーイッシュにしたり、メガネをかけさせてみたりもしたけれど、いくら描いても憧れのサキが自分のものになることはなく、充たされないままそのマイブームはいつの間にか終わった。
 
私の中で2度目のサキブームは、その四半世紀後に訪れた。
不妊治療で何度目かの体外受精によりやっと妊娠した私は、女の子だったらサキという名前を付けられると心を躍らせ、苗字に合いそうなサキをいくつも考えた。
けれど、妊娠8週目に流産したことでそのブームもあっけなく終わりを告げた。
またもサキは私から遠いところにパタパタと飛んで行ってしまったようだった。
その後も何度か体外受精を試みたが、まだ不妊治療に保険適用がなかったその頃、数百万使ったところで夫と話して、不妊治療は終わりにした。
私はやはり、アキコでいるほかなくなった。
 
それから5年の月日が経ったこの3月、定期的に行っている女性役員へのインタビュー取材で、私のアキコ観が変わる出来事が起きた。
それが冒頭の「名前が同じアキコですね」である。
私より3つ年下の彼女は、私の名刺を見て嬉しそうに言ってくれた。
 
そのアキコさんは、白いたっぷりとしたシャツにゴールドのネックレスをさり気なく重ね付けして、ベージュの質の良さそうなパンツにネイビーのスウェードのパンプスを合わせており、洗練されていた。
一言でいうと、とっても素敵だった。
 
お話を聞いていくと、初めは一般の事業会社で働いていたがキャリアチェンジのため会計士の資格を取得し、監査法人に転職、その後お子さんを2人生むなど公私ともに様々な経験をした後に役員になられたそうだ。
それぞれの現場でプロフェッショナルとして一生懸命考えて、悩んで、周りの人たちとのコミュニケーションについても、たくさん試行錯誤してきたから、仕事、趣味、家庭における人生のどの経験も、今の仕事に役立っていると語った。
 
子育てとの両立について聞くと、旦那様は非常に家庭のことに協力的で、小さな2人のお子さんにもママをサポートしてくれるようにお願いし、しっかり頼っていると言う。
家族をしっかりとチーミングして家庭を回していて、自分も家族も大事にする、私にとっての理想的な女性の在り方をそこに見たようだった。
芯があって、凛としていて格好良く、人生を楽しそうに生きていて、聡明でファッションセンスも抜群のアキコ。
「凄いアキコがいるもんだ! 憧れのアキコが現れた! この人とお友達になりたいなぁ……」と私はすっかり魅了された。
 
帰って原稿を書きながら、私はこれもインタビューしてみればよかったと思った。
「アキコという名前、お好きですか?」
だって、私なら同じアキコという名前の人がいても、それについて何か言おうとは思わないのに、「同じですね」なんて、彼女自身が気に入っているからかもしれない。
あのアキコさんが名前を好きだと言ってくれたら、私は初めて自分の名前を好きになれそうだ。
いや、もう好きになりかけている。
 
思えば、私はずっと色々なことに対してないものねだりをして、目の前のことに不満を持ちがちだった。
アキコという明るくて太陽みたいな素敵な名前を付けてもらったのに、ずっとそっぽを向いて、ありもしないサキに憧れていたのだ。
そんな人生、もったいない!
私がアキコを好きになることで、このないものねだりの象徴のようなサキブームは、やっと終焉を迎えられそうだ。
もっと目の前にあるものに目を向けよう、大事にしよう。
「バイバイ、サキ。今までごめん、これから仲良くしてね、アキコ」
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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