人生で最もすっぱかったみかん
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:カキウチサチコ(ライティング・ゼミ2月コース)
「この住宅街ぜんぶが私の胸の高さまで浸水したの? 嘘でしょ?」
壁や塀の一定の高さに残る一本の線。汚れた水の痕跡が、津波による浸水被害を物語っていた。テレビで災害の恐ろしさは見聞きしていたが、目の前で突きつけられる現実に無力感がこみ上げる。
東日本大震災が発生した1か月後、私は宮城県石巻市にいた。
地震が起きる3か月前にたまたま前職を辞めていた私。「無職で時間だけはたっぷりあるから、私にできる支援をしたい」と思い立ち、1週間の震災ボランティアへ赴いたのだった。
避難所に派遣されるはずだったが、現地の状況は刻々と変わる。予定は変更され、避難所近隣の住民に対してヒアリングする仕事を任された。表面化していない困りごとやニーズをすくい上げ、しかるべきところへ報告を上げる支援である。
男女のペアでチームを組み、所属団体の腕章をつけて住宅街を回る。
壊れた車、傾いた電柱、道路の脇に積み上げられた瓦礫。少し歩くだけでも異様な光景が目に飛び込んでくる。この地域に日常が戻ってくるのには膨大な時間と労力が必要なのだと察し、目の前がクラクラした。
とある一軒家で片付けをしている60代くらいの男性と目が合う。Sさんとの出逢いだった。挨拶をして身分を明かし、お話を伺う。
「あの、ちょっとだけ手伝ってもらえない?」
形式的なやりとりがひと段落ついたとき、そう切り出された。水に浸かった木製タンスの引き出しが膨張し、大事なものを取り出せないと言う。一緒に伺った男性メンバーがひと肌脱いだ。渾身の力を込めて引っ張ると、引き出しはズズッと抜けた。Sさんは今日いちばんの笑顔を見せてくれた。
それからいろいろな話を伺った。
津波の影響で近所の川が氾濫したこと。1階が水に浸かったので、2階に避難し数日過ごしたこと。1か月以上経っても、電気やガス、水道は復旧しないこと。
高齢者が多い地域にもかかわらず、力仕事の支援が圧倒的に足りていない。近隣の住人は、ヘドロのかき出しや浸水した車・家電・家具の撤去作業を自力でゆっくり続けている。Sさん夫妻も腰を痛めながら毎日作業していた。
被災して使えなくなった物品は、住宅街の中央にある公園へ運ぶ。後日、行政がまとめて回収してくれるらしい。
車が壊れて使えないので、重たい荷物を自転車のカゴに乗せ、ふらふらしながら運ぶような状況だった。「ネコ車(手押しの一輪車)が欲しい」と切実に話してくれた。
「今日はあなた方と話せて少し気が楽になった、ありがとう。知らない人だからこそ話せることもあります」そう言って、Sさんは家の片付けに戻っていった。
リアルで具体的なSさんの話は私の心を揺さぶった。私が任されたニーズ調査の仕事は、地域の「未来」を助ける一助にはなるだろう。でも、私は「いま」助けたい人に出逢い、「いま」できる支援に気づいてしまった。
その夜、ボランティア団体の許可を得てブログを更新した。地元にいる知り合いに、私の今日経験したことを知ってもらうために。そして、伝えたかった。
「誰か、ネコ車を持っていませんか? 石巻に送ってもらえませんか?」
すぐに反応があった。メールの主は私の知人だった。
「私でよければ、4台提供するよ」
自分にできる支援はないかと日頃から考えていた知人は、近所のホームセンターの在庫をすべて予約して連絡をくれた。
翌日、再びSさんを訪ねて吉報を伝えた。私の知人と直接やりとりしてもらう。Sさんの家の近くまでは物流が復活していないので、遠方の配送センター留めにし、車を出せるSさんの知り合いがリレーして運んでくれることになった。
段取りがついてSさんの自宅を後にする際、「ほんのお礼です」と、みかんを3ついただいた。再開したばかりの、隣町のスーパーで買ったそうだ。
この時期の石巻はまだ、新鮮な野菜や果物を手に入れるのが難しかった。私たちボランティアも、自身の食糧は持参することが原則。カップラーメンやアルファ米、フリーズドライのみそ汁などが主食の毎日だったので、みかんは輝いて見えた。
自ら食べるために買った貴重なみかんを、見ず知らずの私に握らせてくれたSさん。心遣いが痛いほど伝わってくる。恐縮しながらも、お気持ちを受け取った。
私が住んでいるのはみかんの産地、愛媛県だ。知り合いにみかん農家が多いので、挨拶くらいの気軽さでみかんが配られる。それなのに、日常を取り戻せていない石巻で、スーパーで買ったみかんをもらうことになるなんて。私の日常であった「みかんをいただく行為」が、なんだかとても特別な意味を持った。
Sさんのお気持ちをすぐ食べてしまうのはもったいなくて、宿泊していた部屋の窓辺に飾っておいた。ボランティア最終日、お世話になったスタッフにもお裾分けし、私の手元にみかんをひとつ残して石巻を後にした。
愛媛までは高速バスを乗り継いで帰る。帰りのバスの中でみかんを大事にむいた。爽やかな香りが鼻をくすぐる。私はいつも食べるときのように、白皮をぜんぶ取ることなく口に運んだ。
すっぱい、ものすごく、すっぱい!
瀬戸内育ちの私にとって、「みかんは甘いもの」という先入観しかなかった。フレッシュで汁気たっぷりなのに、口の中に広がる酸味の刺激。レモンとまでは言わないけれど、世の中にこんなにすっぱいみかんが存在していたとは!
私のたった1週間のボランティア経験は、意外な刺激とともに幕を下ろした。
しばらくして、Sさんから便りが届いた。ネコ車は住宅街の共有物にして、荷物の運搬に大活躍しているとのこと。東日本大震災が起きてからずっと抱いていた無力感が、ほんの少しだけ解消された気がした。
あとどのくらいでSさんは日常を取り戻せるのだろうか。愛媛の甘いみかんを食べてもらいたいな。思いを巡らせながら過ごしていた。東北への物流が日常を取り戻した頃、ネコ車を送ってくれた知人から連絡が来た。
「親戚が作ったみかんをSさんに贈ったよ」
……あぁ、先を越されてしまった。
まあいいや。Sさんに愛媛の甘いみかんを食べてもらいたかった私の願いは叶った。甘さに驚いてくれるかな? 私や知人のように、遠い地から石巻に思いを馳せている人がいること、復興を応援していることが伝わると嬉しい。
今後、Sさんと会う機会はもうないかもしれない。しかし、あの日食べたみかんのすっぱさと共に記憶に刻まれたSさんの心遣いは、私の中に一生残り続けるだろう。
***
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