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老婆と老爺の行方は……


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記事:義永直巳(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
その老婆と老爺はホコリを被ってにっこり笑っていた。
穏やかな笑顔で微笑んでいるその手には、何か長いものを持っていた。
 
和服姿で微笑んでいたそのお爺さんとお婆さんというのは、実家の床の間の隅でひっそりと佇む高砂人形だ。そう、高砂人形というのは、結納の時に贈られる爺婆の人形だ。
かれこれ30年ほど彼らはそこに佇んでいた。もう、誰も気づかないほど息を潜めて。
 
「まだいたのか!?」思わず叫びそうになった。
こういうモノを見つけると、私はつい、「これいる?」と思ってしまう。ホコリをかぶるほど忘れ去られた存在の人形なんて、違和感しかなかった。そこにある必要があるのかと思ってしまうのだ。
 
この老婆と老爺は32年前に、妹の結納の時に実家にやってきた。当時は、客間の床の間の前に鮮やかな緋色の毛氈が敷かれ、その上に、こんぶやするめなどの目出度い結納品と共にこの老夫婦は並んでいた。結婚式までの間、実家の客間の中心的な飾りものだった。客間全体がパッと華やかになったような気がした。そして、家族全員が祝賀ムードに包まれた。これから幸せな家庭を作っていく二人の将来を、みんなでお祝いしようという気運が盛り上がった。
ホコリをかぶった老婆と老爺を見ながら、かつての老婆と老爺の姿をついこの前のことのように思い出した。
 
この年老いた夫婦は、共に仲良く老いていくという夫婦和合や長寿の象徴と言われる。結納の品にこの老婆と老爺の人形を贈るのは、関西地方だけだそうだ。高砂人形というのは、能の「高砂」に由来があるという。『高砂や〜』という謡曲は、夫婦が仲睦まじく過ごし、子孫が繁栄するように神様へお願いすることを謡ったもので、この能の「高砂」という演目に因んで高砂人形が作られたそうだ。お爺さんの手には、福(財産)をかき集めるという熊手を、お婆さんの手には、邪気を追い払うという箒を携えている。夫は福を為し、妻は家庭を守るという意味だそうだ。いささか、今の社会状況にはそぐわないところはあるが、夫婦で協力しながら幸せになってほしいという祈りが込められている。結納の品というのはそういうものだ。これから将来ともに生きていく二人のために幸運を祈るものなのだ。
 
妹の結婚式が終わると緋毛氈は片付けられた。当然、結納品も処分されたと思っていたが、この高砂人形は捨てずに置いてあったようだ。しかも、床の間の横にある棚の上に、龍の置物などと一緒に置かれていた。長らく手入れもせず置かれていたのだろう。
私も、実家に何度も帰っているが、気付いたのはつい先日だった。ずいぶん長い間、ひっそりと佇んでいたものだと、その老夫婦の姿を見て憐れみさえ感じてしまった。
 
モノは生き物ではないが、所有しているモノは大切に扱いたいものだ。自分の周りのモノを大切に扱うということが、自分を大切に扱うということに繋がるということを、私は断捨離を実践しながら学んだ。そのため、手入れが十分されずに放置されているモノが気になるのだ。これではいけないと思った。
 
この縁起物の人形を始末するのは、それほど難しいことではない。ただ「捨てる」という行動をすればよいだけのことだ。子どもにでもできる。難しいのは、それぞれの思いを始末することなのだ。
 
大切に扱ってないのに始末ができていないモノには、それなりの理由があるはずだ。
両親にとって、この人形のような縁起物と言われるモノの処分は難しかったのかもしれない。このような縁起物と呼ばれるモノは、処分すると「バチが当たる」と言われたり、良くないことが起こるのではないかと想像してしまったりする。そんな気持ちが、処分しようとする行動を萎えさせる。また、娘に幸せになってほしいと想いをいつまでも持ち続けていたかったのかもしれない。
 
いずれにしても、私の両親はこの縁起物の人形を処分するということを保留にしていたのだ。捨てられないモノにはいろいろな想いが張り付いているが、その想いと共に終うということも大事なことではないか。
 
モノにも旬がある。旬が過ぎた食べ物は、その発するエネルギーも落ち、味気なく、気持ちも盛り上がらない。モノも同じではないか。この高砂人形もかつては他の結納品とともに客間の中心となり、家族の気持ちを盛り上げてくれたが、今となっては、家族の気持ちを盛り上げたりするようなことはない。
 
妹は結婚して、3人の子どもを育て、32歳になる長女には3人の子どもがいる。すでに孫までいるのだ。仕事も子育ても両方手を抜かずに頑張ってきた姿は私がよく知っている。紆余曲折はあったが、今は幸せに暮らしている。
 
私たち家族にとって、もうあの時の祝賀ムードは必要ない。
妹はこの高砂人形には未練がなさそうだ。今度実家に帰ったら母とこの人形について話をしよう。そして、高砂人形のホコリを払い、「見守ってくれてありがとう」と感謝の気持ちを込めて、旅立っていただこう。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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