メディアグランプリ

脚本家と12歳の娘の仮想現実


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記事:松浦哲夫(ライティング実践教室)
 
 
「ハイオッケー、いい感じ!」
声がかかりホッと胸をなでおろした私は、隣に立つ12歳の娘に会釈した。彼女も可愛い笑顔で答えてくれた。
私は仕事を早く切り上げて彼女を学校まで迎えに来ていた。12歳といえば小学6年生、もうすぐ中学生になる彼女に学校への迎えなど必要ないかもしれない。私とて忙しい身の上、毎日迎えに来ることなどできない。とはいえ、時間があれば迎えにいく。人通りの少ない田舎道で用心のためということもあるが、学校からの帰り道は親子水入らずの会話を楽しむ絶好の機会だ。
 
これは、もし私に本当に12歳の子供がいれば、ということだ。残念ながら私に子供はいない。私の娘となってくれた彼女は俳優、つまり子役だ。私は映画撮影のロケ現場に来ており、私には12歳の女の子の父親役が与えられた。
 
彼女とのシーンは2つ、学校から共に帰宅するシーン、そして娘との再会を果たして抱き合うシーンだ。時間にして1分にも満たないが、もし自分に子供がいたら、という仮想現実を体験した極めて貴重な機会を得ることができた。同時に、自分と違う別人格を演じることの奥深さや面白さを知ったこともまた最高の学びであった。
 
私が映画の撮影現場にいる理由、ことの始まりは数週間前にさかのぼる。それは仕事の合間に偶然見かけたフェイスブックの一文だった。
 
「映画撮影のエキストラを募集します」
 
詳細は何もない。撮影場所も所要時間も映画のジャンルも何もわからない。ただ1つ、映画撮影という言葉に私は強い興味を持った。私自身も表現者だからということもあったのかもしれない。頭の中にストックされた無数の物語の引き出しを必要に応じで開き、その物語に文章を与える。そしてそれがさらに具体的な形を帯びて舞台演劇というスタイルで表現される。舞台脚本の作成、それが私の生業の1つだ。収入の面ではあまりにも心もとないが、脚本作成は私の趣味でもある。頭の中の物語が舞台で演じられる喜びは何ものにも代え難い。
 
そんな私だからこそ、映画撮影のエキストラという言葉が気になった。舞台演劇と映画、スタイルは異なるが物語を表現する点では同じであり、そこから学ぶべきところも多いはずだ。
 
エキストラだから事前に脚本を読み込む必要はないし、役作りの必要もない。ロケ現場で映画監督の指示通り動けばいい。映画撮影の生の現場を目の当たりにできるという大きなメリットも期待できる。私はエキストラとして映画撮影に参加することを決めた。
 
そして当日、待ち合わせの時間、場所に到着し、私はまず初対面のロケ隊の皆さんに挨拶を済ませた。しかしその直後、ロケ隊メンバーの方からの言葉で、私はいきなり面食らうこととなった。
 
「お父さん役をお願いします。セリフもあります」
 
エキストラといえば役もセリフもない、いわば映画の背景とも言うべき存在のはずだ。もちろん私もそのつもりでここまでやって来た。
 
「うちではエキストラの方に役とセリフがあるんですよ」
 
私はこれまで脚本家としていくつかの舞台演劇に関わってきた。私が書いたものを元に役者にイメージを伝え、役に反映してもらうこともあった。しかし、私自身が役を演じることはない。脚本を作成する裏方こそが私にとって最もふさわしい役割だと信じてきた。その私が役を演じるのだ。それはもはやエキストラの定義から外れるのでは、という疑問も頭をよぎったが、イヤだなどと言える状況でもない。とっさに私は覚悟を決めた。否応無く俳優デビューを果たすことになったわけだ。
 
待ち合わせ場所から車に揺られること約90分、山奥の撮影現場に到着すると、背景にふさわしい場所を探すためにロケ隊がその場を離れた。その間、私は必死になって役のイメージを頭の中に叩き込んだ。
 
車での移動中に脚本を見せてもらうことができた。当日の、しかもその場で脚本を与えられるプレシャーにも戸惑ったが、セリフを見て納得した。ほんの一言、二言だけだ。しかも、この通りに言う必要もないという。ならば、あとはいかにして自然にこのセリフを口にするか、演じるかと言うことになる。ロケ隊を待つ間、私は車から外に出て意味もなくウロチョロしたり、柔軟体操をしてプレッシャーを誤魔化した。
 
そうして待つこと数分、必要以上に筋肉も関節もほぐれてきたところで、ついにお呼びがかかった。俳優デビューの瞬間が来たわけだ。
 
指定の場所まで歩いていくと、ロケ隊がカメラを設置して何やら話している。きっと撮影本番前の最後の打ち合わせだろう。映画監督らしき風貌の男性がこれから撮影するシーンについて説明してくれた。そしてその傍らには私の娘役を演じる女の子がいた。
 
「この子があなたの娘役です」
「よろしくお願いします」
 
その女の子は私と目を合わせてニッコリ微笑み、挨拶をしてくれた。しっかりした子だ。私も合わせて挨拶した。この子が私の娘、そうイメージした瞬間、私の頭の中にはある大きな変化が訪れた。
 
私はこれまで脚本や小説、記事の類を合わせると数百もの物語を書いてきた。その原動力は、私が見聞きしたことや私自身が体験した出来事を元にした妄想力だ。私の意志とは無関係に、頭の中で映像や文章といった形で物語が形成されるわけだ。物語は多岐に及び、妄想の中で私はありとあらゆる職業を体験し、ありとあらゆる境遇の中に身を置いてきた。ところが、自分が女の子の父親になるという妄想はしたことがない。人の親になるという感覚が私の中に全く存在しない。ほんの少しでも経験があればそれを風船のように膨らますことができるが、私の頭の中にはその風船がないのだ。
 
私の頭の中に訪れた変化、それは女の子の父親になるという小さな風船が誕生したことだ。まだ空気も入っていない小さな風船であるが、瞬時にその風船は大きく膨らみ、あっという間にこの子が自分の娘であるという仮想現実が出来上がった。長年培ってきた妄想力の賜物だろう。役作りが完成したといってもいい。
 
そうして撮影が始まり、私は無事その役を演じることができた。もちろん娘役の彼女の演技があってこそだ。彼女も、この人が私のお父さん、という仮想現実を受け入れてくれたのだろう。
 
その後各シーンの撮影が終了し、ロケは終了となった。すっかり日が落ち、辺りは暗く冷たい風が吹きすさぶ中ではあったが、私の気持ちはこの上なく充実していた。この日の経験で私は、ライターとして、脚本家として、一表現者として何より得がたいものを得ることができたのだ。
 
さて、今回のロケで撮影は終了したが、これで映画が完成する訳ではない。このあと編集という作業が残っている。これは紛れもなくプロの領域の仕事であり、舞台演劇を主戦場としている私にとって未知の世界だ。かなりの日数を要し過酷な作業だと聞いたが、私にできることはない。映画編集のプロが、12歳の娘を持つ父親の私をどのように表現するか、それを楽しみに待ちたい。映画の完成が待ち遠しい。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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