メディアグランプリ

5才の帽子が連れてきた超レアな切符


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
「じゃあ、コーヒー買ったら、必ず戻ってくるからね」
やたら意味深な表情でゆっくりと私にそう伝える夫には前科があった。
 
ここは博多駅新幹線乗り場の待合室。
私たち家族はゴールデンウィークの休暇を利用して夫の実家に帰省しようとしていた。事件は昨年ここで起きた。夫と当時4才だった次男のペアが乗り込むホームを間違え、指定席で予約していた新幹線に乗り遅れるという事態が発生したのだ。私と当時7才の長男は発車してしまった新幹線の中でしばし呆然とした。
 
A型生まれA型育ちの几帳面計画的実行性抜群を絵に描いたような夫が「自分」という本体を駅に忘れるという大失態。普段の夫からは考えられずとんでもなく珍しいことだったため、その後我が家ではしばらく語り継がれる伝説となった。
 
新幹線内で食べる昼食用のパンのお供にコーヒーを買いにいった夫だが、危なげなく家族のところに戻り無事合流することができた。今回はみんな揃って乗り込める。
 
と、思っていたのだが……。
あの事件にはどうやら続きがあったらしい。
 
博多から広島への約一時間の新幹線の旅は和やかにすすみ、思い思いの弁当やパンを味わい、おしゃべりや手遊びなどをして時は過ぎた。
 
異変を感じたのは、広島からさらに乗り換えた新幹線「こだま」を降りた時だった。おかしい。さっきまで5才の次男が被っていたキャップが、その5才の頭の上に乗ってない。ちょっと待て。これは匂うぞ。私は刑事ばりの嗅覚を効かせて夫を聴取した。というのも、家族でお出かけする際なんとなく夫と5才、私と8才がペアになる事が多いため、子供の荷物についてはそれぞれ大人が責任を持って確認するのが暗黙の了解になっていたからだ。
 
「あれ? ねえ、〇〇の帽子は?」
え……? というぼんやりした顔から夫がグラデーションのように青ざめていくのがわかる。
 
(またお前か!!!!!)
 
というセリフが口から出そうになるのを慌ててヒュッと飲み込む。落ち着け。夫婦はいつ形勢が逆転するかわからない。恩を売るには絶好のチャンスじゃないか。そんなよこしまな気持ちから私はなるべく可愛く映るよう目をパチパチしながらぶりっこして夫の言葉を待った。
 
「さっきまで被ってたはずなんだけど……あっ! もしかしたら座席の前のポケットに入れたかもしれん!! ……ごめん!!」
 
時すでに遅し。5才の帽子を乗せた新幹線「こだま」ははるか彼方へ遠ざかっていった。私はこないだ擦ったマイカーをチャラにしてもらうべく、自分の中の優しい天使たちを総動員して明るく言ったのだった。
「いやいや、こっちこそ一緒に確認したらよかったね! ごめんね!」
 
さて、ここからが問題である。
5才の帽子を回収せねばならない。たかが帽子、されど帽子。幼稚園に預けっぱなしにする用と自宅用でやはり二つはいる。別に買えない値段でもないが帰ってくるにこしたことはない。夫が「やっぱり二ついるの?」と言い出した時は危うくグーパンチするところだった。
 
責任を感じた夫が帽子取り返し班として単身動くことになったのだが、少々苦戦を強いられたらしい。最近は驚くことにJRに忘れ物専用のチャットというものが存在する。これだと24時間いつでもスマホから問い合わせできる。可愛らしい青色ロボットが「お問い合わせありがとうございます」とチャットの画面上に登場するのだが、これがまあなかなか繋がらない。通信中……という文字がくるくるして以降うんともすんとも言わない。それもそのはず、時は人の流れが一番混雑するゴールデンウィークの最中ときている。乗る人が多いということはそれに比例して忘れ物も激増するのだろう。
 
青色ロボット君との会話を諦めた夫は、次に広島駅に電話をかけたが案の定繋がらず、耳元ではツーツーという通話中の音が虚しく響く。
 
ここで夫は新たな作戦に出る。「こだま」が停車する駅の中でも比較的規模の小さな駅に電話をかけた。すると初めて駅員さんとの会話に成功! 事情を話すと駅員さんは「探してみます」との返事を残し電話は切れた。
 
夫の携帯に朗報が飛び込んできたのは丸一日後の事であった。どうやら5才の帽子は岡山駅で保護されたらしい。いきなりの一人旅はさぞかし不安だっただろうが、とりあえず安否が確認でき私たち夫婦は一安心したのだった。
 
帰省から戻ってさらに一日後、JRが手配してくれた配送のおかげで5才の帽子が無事に届いた。もちろん配送料は着払いでこちら持ちである。なぜだろうか。家族に内緒で一人こっそり食べにいくケーキセットが千円をゆうに超えても「これくらいいいよね?」と財布の紐がゆるゆるなのに対して、配送料970円がとてつもなく高く感じてしまうのは。本来なら払わなくてもよかったお金には厳しくなってしまう。届けてくれたヤマトのお兄さんは悪くないぞと自分に言い聞かせながら料金を支払う。
 
やれやれと思いつつ半ば事務的に受け取った袋を開けた私の目に飛び込んできたのは、なんとも優しい光景だった。
 
5才の帽子が何の折り目もついてないような清潔な透明の袋で丁寧にジップロックされていたが、その袋の上に本物と見まがう程しっかりしたクオリティーの切符がテープで貼り付けられていた。
 
「お届け物特急券。
岡山駅 → お客様」
 
とある。よく見ると下の方には
「お客様の大切なお品、お届けしました。」
との小さな文字も見える。
 
さっきまで面倒なことになったものだとため息交じりだったのが嘘みたいに、心にじんわり温かいものが流れ込んでくるのがわかった。なんて粋な計らいなんだろう。しかも切符の裏面には「不安な気持ちになられたと思いますが」との気遣いの文面もありその丁寧さには正直揺さぶられた。刻印代わりの赤スタンプで「またおいでぇ岡山駅」の文字をみて一気に岡山ファンになる自分がいた。
 
行く! 絶対いつか岡山行く!
ミーハーな女と思われてもいい。こんな優しい気遣いしてくれる岡山は私をきっと裏切らない。そんな思いまでもが湧き上がってきていた。
またおいでぇって、私は岡山行ってないんやけど。行ったのは5才の帽子だけやけど、と思いながら。
 
この岡山駅の素晴らしいホスピタリティのおかげで、私は岡山駅やその他の駅で乗客の困りごとなどに奔走している方々がいるということを胸に刻んだ。見えない場所で真摯に向き合ってくれている方がいるからこそ、私たちは安心して列車を利用できるのだと改めて思えた出来事だった。
 
次に帰省するのは秋になる頃。
三度目の正直でもう忘れ物をしないようにと思いつつ、微かに脳裏をよぎるのは「二度ある事は、三度ある」
 
いやいや勘弁してくださいよぉ。
 
 
 
 
***
 
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2024-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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