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永遠のいのちを手に入れる方法


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
「あの、どうぞ」
目の前に坐っていた若い女性がそう言って立ち上がった。
「?」
一瞬わからなかった。
(誰に言っている? え? 私?)
彼女は真っ直ぐ私を見ている。
私、なのか。
ほんの数秒間があいた。
「あ、ありがとうございます」
席を譲ってくれた女性に恥をかかせちゃ申し訳ない。
とっさに判断して小さく礼を言い私は席に座った。
 
ついに。
ついにこの日が来てしまった。
「お年寄り」と視認され電車で席を譲られた、審判の日だ。
若い若いと言われていい気になっていた私に押された「お年寄り」の烙印。
(ああ、ついに来てしまったのか……)
私はいつまでも現実を受け止めきれなかった。
 
確かにその日、私はとても疲れていた。
ほぼ半日娘と街を歩き回り、両手にショッピングバッグをぶら下げて乗り込んだ東海道線。
空席があることを願って乗ったのは否めない。
車窓に映る自分の顔もすっかりくたびれたバアサンだった。
でも空いた席に座るのと譲ってもらうのでは大きな違いがある。
これまで私はまだ譲る側だと思っていたのに、もう譲られる側なんだわ……。
身体はラクだが心がしんどい帰り道だった。
 
歳をとるということは、日々確実に少しずつ老いていく自分に「折り合いをつける」ことだと思う。
たぶんこの駄文を読んでくださっている方は私より若いだろう。
貴方はある日、髪に白いものを見つける。
あるいは頭頂部が透けてみえる事実に愕然とする。
白髪や薄毛は否応なく少しずつ広がって、抗(あらが)いようのない現実にため息をつく。
どんなに気をつけていても顔にシミを発見する。あらここにも、あちらにも。
ほうれい線、目尻のシワも目立ってくる。
そして主張を始めてくるのが下っ腹だ。
それに反してなぜか哀しくうなだれていくバスト。
見た目だけではない。
目はかすみ夕方に文字を読むのがつらくなる。
意地でも「老眼鏡」とは言わず「リーディンググラス」を貴方は使うだろう。
やがて物忘れが増え、身体は言うことをきいてくれなくなる。
あんなに走れたのに、ヨガのややこしいポーズだってできたはずなのに……。
 
脅すわけでもないが、どんな人にも平等に老いの日々はやってくるのだ。
そんな自分とうまく「折り合いをつける」ことは案外難しい。
老いを潔く認めてきたつもりでも、私のように席を譲られてショックを受ける日もきっと来る。
辞書で「折り合いをつける」を引くと「互いにある程度譲り合って双方が納得できる妥協点を定めること」とあった。
(もうこんな歳になっちゃったんだね)
(そうよ。でも貴方よく頑張ってるよ。まだ若いよ)
(そ、そうだよね。まだ行ける気がする)
と心で自問自答しながら、納得できる妥協点を見つけるしかない。
ある人は白髪を染め、ある人は潔く髪を剃り、ある人は身体にさらに向き合って鍛えていくだろう。
似合うリーディンググラスや、体型を上手くカバーして気持ちも華やぐ服を着る。
毎日肌のお手入れに励み、美容系の動画で研究をする。
呆けと日々戦うべく、本を読みあさり好奇心の赴くまま旅をしたり、勉強したりするのもいいだろう。
「私はもう歳だから」とか「年甲斐もなく」と老いを嘆いてばかりで何もしないでいると
神様は意地悪なもので急速に「老け」を与えるのではないだろうか。
 
1990年代、「永遠(とわ)に美しく」というコメディ映画があった。
マデリーン(メリル・ストリープ)とヘレン(ゴールディ・ホーン)は共に50代。
容姿の衰えに悩み互いに張り合う二人は、永遠に美しくいられる媚薬を手に入れる。
だがそれは「致命傷を負えば、体自体は死んだ状態となり傷も治らないまま永遠に生き続ける」という恐ろしい薬だった。
二人はマデリーンの夫で死体修復師のアーネスト(ブルース・ウィルス)の力を借り、ゾンビ化する身体を修復しながら不自然な美貌で生き続ける。
その一方アーネストは自ら慈善事業を始め、多くの人々に惜しまれながら大往生を遂げる。
教会には彼の功績をたたえる人々や事業を引き継ぐ人々が詰めかける。
牧師はアーネストを「親しい人々の心の中で生きるという方法で永遠の生命を授かった男」と賛辞を送る。
永遠の美にこだわるマデリーンとヘレンは「くだらない」とうそぶき、醜く争いながら教会の階段を転げ落ちていく……。
そんな、まったく奇想天外でブラックなコメディだったが人生について考えさせられた。
美醜にばかり囚われることの愚かさ。
老いを受け止め、その先の未来に確実なものを遺し「永遠」となる人生の尊さだ。
 
遺伝子工学の第一人者、村上和雄筑波大学名誉教授は
「一つの命が生まれる確率は、1億円の宝くじが100万回連続して当たることに匹敵する」と述べている。
(村上和雄「そうだ! 絶対うまく行く!」より引用)
そんな気が遠くなるような確率でこの世に生まれても、病気や不慮の事故や災害で長く生きられるとは限らない。
そう考えると老いを嘆くなど、なんと不遜なことだろう。
 
老いに折り合いをつけ感謝しながらも、この先自分が何を残せるのか。
それはもちろん金品ではない。
私なら父や母が私に遺してくれた「実直さ」や「勤勉」、「愛情」、「人としての尊厳」だろうか。
そんな遺産を子や孫やその先の子孫に。
そして日々私がふれあう人々に対して、ほんのささやかでも届けられたら、そこに私の生きてきた意味があるのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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