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自由になりたかった:入院先での夏祭り


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)

 
 

「婦長さん、夏祭りをやらせてください!」私が、24歳になるちょうど1ヶ月前のことだった。
 

遡ること、更に2ヶ月程前。 左の肩辺りに4cmほどのしこりができ、大きさや形が気になり、外科外来にやってきた。検査の後、診察室に呼ばれた。
「そうですね。もう少し検査が必要ですね」若い医者は言葉を丁寧に選びながら言った。
歳も近いせいか、最初は軽口をたたいていた彼だったが、光に照らされた画像をみるなり、口が真っ直ぐになったのを私は見逃さなかった。
「悪性のものである可能性もあるということですね」私は畳みかけるように聞いた。
「なんとも言えません。この形と、大きさはですね。実際に取り出して病理検査をしないと判断できないレベルなのです」
薄々予測はしていたが、声にならないため息が出た。
人生に暗いベールが降りてくるような感覚と同時に、海に行く遊びや、遠くからやってくる友人との予定が頭をかすめた。またか。といった感じだった。
 

入院生活は、健康な人にとっては予測がつかないかもしれないが、私は、子供の頃から何回も入院生活を送っているため、かなり身近なものだ。だからあまり悲壮感はない。
でも。だからこそ、深いため息が出たのかもしれない。
 

慌ただしく事務手続きをしたあと、入院生活が始まった。
切開した時に、状況次第で、その場で処置という方針のため、大掛かりな準備となった。
人により麻酔の効き方が違うため、薬の投与と排出量から、適正な麻酔量が決まる。
そのため手術までの間、朝の洗面が終わると、私のすることは麻酔量を決める定期的な検査を受けるだけだった。
暇な毎日だった。
 

とは言っても入院生活は、想像以上に規則正しい。
まだ薄暗い早朝、ゴロゴロと廊下で音がしたら、「おはようございます!今日もよろしくお願いします」こんな掛け声とともに、看護師さんが、ワゴンを押して入室してくる。
窓のカーテンも潔く開け放つ。
そして、血圧や体温を測り、てきぱきと薬の配布や、飲み残しのチェックなどに余念がない。
この人たちは、前世でニワトリだったのではないかと疑いたくなる時でもある。
叩き起こされ、ぼんやりした頭で「どう、寝れた?」と聞かれても、口がよく回らない。
そもそもぐっすり寝ていたところに「気分は?」と聞かれても、私の回答は『無』しかない。
たぶんこれは皆思うところだろう。入院あるあるだ。
 

私の入院した外科は、手術後、退院する人が多く、事故で骨折した人がほとんどだった。
バイクで怪我しギプスをしている人も多かった。
同室のメンバーは、やんちゃな少年少女が多く、病室はとても賑やかで、言葉を換えれば、とてもうるさくて、よく看護師さんたちから要注意部屋として監視されていた。
 

こんな風に興味深い人たちに囲まれていたとは言え、私は形にできない重い心で毎日を過ごしていた。
時折、外来に行って、外来患者の座る椅子に座って長い時間を過ごした。
昼過ぎになると、あんなに込み合っていた椅子から、一人二人と姿が消えて、だんだん閑散としてくる。
支払いを済ませた人たちは、次々に自動ドアから外の世界に帰っていく。
ドアが開くと、一瞬外の熱気が入ってきて、車の走り去る音や蝉の鳴き声が聞こえてくる。
2階の廊下に立って外を眺めてみた。
暑さでぐにゃりと溶けそうなアスファルトも、窓を通してみると生き生きと輝いて見える。
青い高い空も入道雲も絵のように美しい。
外に出たいなあと思った。
「また外に出れるのかな」と思った。
下に見える道を好きなだけ歩きたい。自由になりたいと切望していた。
 

そんなある日、テレビで盆踊り大会をやっていた。
その時に、急にひらめいた。夏祭りをやろう!
停滞していた心を何かで動かしたかったのだ。
大きな病院だったので、医療業務の人も病院の事務とか売店とかたくさん人はいる。
最初に頼み込んだのは婦長さんだった。
難しい顔をして「忙しいから」と最初はそっけなかった。
それでも何回も何回も頭を下げた。
顔見知りになった病院の人や主治医や、同室の人にも話してみた。
成せばなるものである。
まずはひとり。それから少しずつ輪が広がり、病院の青年部の人たちが最終的に全面支援をしてくれることとなった。
場所は屋上、飲料販売や盆踊りも実施。
それから私は、毎日手書きのポスターを作ったり、業者さんと話をしたりと、ばたばたと過ごすこととなった。
今考えると、少しでも気を紛らわせたかったのかもしれない。
 

それと並行し、手術の日が近づいてきた。
当日、1時間ほど前に筋肉弛緩剤を打たれた。
それは、脳だけが動いて、体が全く機能しなくなるという奇妙な体験だった。
その後、無影灯の手術室にキャスターで運びこまれ、点滴注射の後、記憶を失った。
電源がパチンと切れる感じだった。
術後は、遠くで名前を呼ばれうっすら意識が戻ってきた。でも体は全く動かない。
瞼が重く、薄く目を開いても眩しくてまた目を閉じてしまった。
それから1日くらいでやっと麻酔が切れて元に戻った。
主治医からは「とりあえず除去できたので、病理検査に回す」とだけ告げられた。
『奥まで切除しなかったのは良い兆候かも』と期待したが、医者からは何も聞かされず、漠然とした不安のまま結果を待つこととなった。
 

そうこうしているうちに夏祭りの当日となった。
まだ肩の傷は多少引きつれてはいたが、そんなことを言っている場合ではない。
朝から飲料運びや、ステージ作りの手伝いに終始した。
同室のメンバーもやる気満々で、騒がしく、看護師さんから何回も怒られてしまった。
夕刻になるといよいよ本番だ。
こじんまりとしているが、盆踊りステージもある。
そこで「患者はアルコール禁止です!」と厳しく言い渡された。
 

久しぶりの外は気持ちいい。
暑かろうが、湿度が高かろうが空気が生きているし風が吹いている。
若い患者を中心に人が集まった。ギプスの人も車椅子の人もやったきた。
お祭りは大成功だった。
病院職員や医者や看護師さん達も参加し、そしてたわいない話をし、皆で笑い合った。
盆踊りは杖をついて踊る人や、お年寄りの人で上手に踊る人もおり、車椅子から手拍子をする人もいた。豊かな時間だった。ついでに私は羽目を外しすぎ、禁止のビールを呑み、そのあと婦長さんにこっぴどく叱られてしまったのだが。
 

お祭りの数日後に、結果説明があった。
「精密検査の結果、悪性のものと判断されず」だった。
くすぶっていた不安が一気に小さくなっていくのを感じた。
かといって、バンザイ! と叫ぶような感情でもなかった。
 

その日の夜、病棟の窓の外を眺めていると、ちらりと何かが光った。
打ち上げ花火だった。
「そうだ、今日は『大阪のくらわんか花火大会』だった!」
夏の終わりの遠くの花火大会を暫く眺めていた。
京都の南の端からでは、小さくて全部は見えないけれど、立派な花火だった。
次々に打ち上げられる花火に心が後押しされる気がした。
これからも生きていけるんだ!
嬉しさがふつふつと湧いてきた。
これから何でもできるんだと思った。
全力で生きようと心から思った瞬間だった。
よく私が人から「前のめりですね」と言われる所以はここにある。

 
 
 
 
***

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2024-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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