メディアグランプリ

合法麻薬「味噌煮込みうどん」でガンギマれ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まこと(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
※この記事はフィクションです
 
「これ、こういう料理なんですか?」
 
隣の席の女性が急に俺に話しかけてきた。歳は50くらいだろうか。
 
普段であれば突然話しかけられると「一体何のことか?」と文脈を理解するのにまずひと苦労するのだが、ここは名古屋駅に程近い味噌煮込みうどんの専門店。俺は瞬時に彼女の意図を理解する。
が、めんどくさそうに無視してやって、心の中でこう呟く。
「ああ、そうだよ、そういう料理だ。お前は『口に合わない』と言いたいんだろうが、そもそもお前のその食い方、それが根本から間違っている」
 
「名古屋メシ」と呼ばれる名古屋近辺地域で食される独特のメニューは大きく2つに分けていい。「ひつまぶし」や「きしめん」のような昔から食べられている伝統系、「あんかけスパ」みたいな比較的最近系、「台湾ラーメン」はその中間くらい。「味噌煮込みうどん」は伝統系の名古屋メシの中でも初心者にはやや敷居が高い、と俺は思う。俺も最初は食えなかったからだ。
 
であるが故に外から来た人間が「ちょっと名古屋に立ち寄ったから、ついでにあの評判の『味噌煮込みうどん』とやらを正味しておこう」といったレベルでは舌も火傷するし、いい思い出にはならない。この初回の印象でその後が決まってしまう。
 
このような悪循環もあり、八丁味噌で産湯を浸かり、八丁味噌で死に水を取るという東海地方の人間以外にはなかなか評判が上がらない料理の代表格と言ってもいい。見た目的にも残念ながらインスタ映えとは程遠い。
 
偉そうに言ってるが、俺自身名古屋には転勤でまだ2年くらいしか住んでない。
 
「来月、仕事で名古屋と豊田に行く。会おうじゃないか」
 
学生時代の友人の安井からの連絡だった。
 
「いいだろう。何が食いたいんだ?」
「旅行で行ったときに食ったひつまぶしは絶品だった。味噌煮込みはもういい」
 
来たな。典型的な名古屋立ち寄り型だ。どうせお伊勢参りか白川郷にでも行って、名古屋でそれっぽいものでも食って帰るようなプランだったんだろう、お前はそういう奴だ。
 
「わかった。」
 
 
 
10:30だった。
安井がトイレから戻ってくる音で目を覚ます。ボサボサの髪、顔も真っ青だ。
「少々飲みすぎたな。ポカリを買いに行きたい。シャワーも貸してくれ」
 
俺自身も胃の辺りの不快感がすごいし、こめかみのあたりがひどく痛くて身体を動かしたくない。だがこれでいい。
「いや。メシを食いに行こう」
「メシ? ああ、ぼやっとしてると昼になるのか。でも……」ソファにどすんと座って後頭部を背もたれに置いて目を閉じる「正直、気持ち悪くてメシはまだいいよ」
 
「だろうな。でも俺はな、味噌煮込みうどんが食いたいと思っている」
「いやぁ、味噌煮込みは遠慮しとくよ。前回あまり口に合わなかった」
「まぁいいじゃないか。せっかく名古屋まで来たんだ。俺は好きなんだ。口に合わなければ残してポカリでも飲んでおけ。俺の趣味に付き合ったと思って。それでそのまま新幹線で帰ればいい」
 
帰り支度をさせ、半ば無理矢理に車に押し込んで名古屋駅に向かう。
 
 
安井と俺は名古屋駅の地下街でテーブルに向かい合わせに座ってメニューを覗き込んだ。
「いいか、こいつには『食い方』がある」
「食い方……? お作法的なものか?」
「それもある。が、一番大事なのは、セットアップ。実はな、昨日お前としこたま酒を飲んだのも今日の味噌煮込みうどんを美味く食うための準備体操だ」
「うどんを食うのに前日から準備……? 正気か?」
 
安井の見ているメニューに人差し指を当てる。
「さすがにキツかろうから、この天ぷらなしのオーソドックスなのを2つ頼もう。それと」ページをめくる。
「それと?」
「米」
「米? うどんと……米?」
言いたいことがありそうだが、気分が悪くてそれができない安井を横目に注文を終え、10分ほどで味噌煮込みうどんが運ばれてくる。
 
土鍋の中ではスープがぐつぐつとマグマのように吹き立ち、煮込まれたうどんの上には玉子が乗っている。俺は安井が躊躇する様子などどうでもよく、目の前に運ばれてきた土鍋からひと匙、スープを掬って口に入れる。
 
「ああ……」
これだ。強烈な塩分が胃を経由して指先の血管の隅々まで巡るのがわかる。熱々のスープが胃の不快感を消し、温まった血が頭蓋骨まで到達すると、頭部のだるさを消していく。今度はその温かさで全身がふわふわする感じがしてくる。さっきまでの身体のだるさが瞬時に消えてゆくのを目を閉じて感じている。目の前の安井が恐る恐るスープを口に運んでいるのが薄目で見える。
 
「これは……」
「どうだ?」
あえて彼に聞いてはいるが、別にポジティブな感想が欲しいとか、そんなことは全く願っていない。このふわふわした感覚を、他の人間も体験できるのか、それだけが気になっている。
 
「……沁みるな」
「それだよ」
 
スープを掬って一口、もう一口と口に運んでいく。止まらなくなっている。
感じるか? その味噌の奥にある出汁の深淵を。
 
「次はどうするんだ」
「うどんを土鍋の蓋に取り分けて冷ましておくんだ。そのまま食うと口の中が焼け死ぬ」
「土鍋がまだぐつぐついってるだろう。その熱で玉子が好みの固さになったら、掬ってご飯に乗せるんだ」
安井は素直にうどんを取り分け、半熟になった玉子を掬ってご飯に乗せていく。
「そろそろうどんが冷めてるだろう。うどんをご飯にオンして玉子に絡めて食ってみろ」
「うどんをご飯にオン……」訝しげに言いながらも既に箸は動き始めている。
 
「……うまい」
「だろうな」
 
昼時が近づき、店にはスーツケースを引っ張った観光客らしき人々が次々と吸い込まれてくる。お前らはこれからどこへ行くんだ。伊勢か? 飛騨か? 残念だよ、うまい食い方を伝えられなくて。
 
 
 
 
***

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2024-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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