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推しへの愛だけでつながっている友情は、はかなくてもろいのか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
 「友達になってもらえませんか?」
 
 忘れもしない、高校2年の4月のことだ。
 
新クラスの自己紹介で、私がとあるロックスターのファンであることを公言すると、当時初対面だった彼女は、休み時間につかつかとやってきて、恥ずかしそうにこう言った。
 
 彼女も、そのロックスターが大好きだという。
 
 私たちには、それほど共通点は多くなかった。ただ、ともにそのロックスターが好きだというだけで、すぐに打ち解け、親しくなった。
 
 当時はまだ「推し」という言葉はなかったけれど、そのロックスターは私たちにとって、いまで言うなれば、間違いなく推しである。
 
 当時、その推しは所属していたバンドを解散したばかりで、間もなくソロ活動を開始すると噂されていた。
 
 私たちは、いつかくるその時のために、一緒にバンド時代のアルバムを聴いたり、推しが作った楽曲をカラオケボックスで熱唱したりして、準備を整えた。連日、推しの話題で盛り上がり、親交を深めた。
 
 待ちに待ったその年の夏、推しはソロデビューシングルを発表。秋にはファーストアルバムを引っ提げて、ツアー活動を開始した。私たちは何とか2人分のチケットを確保して、ライブ会場に駆けつけた。
 
 熱狂の渦に包まれ、一緒に興奮し、一緒に感動した。推しへの愛を確認し合い、同時に、互いの友情を確認し合った。推しと同じ空間を共有している喜びを、いまを生きている幸せを、二人で分かち合った。
 
 でも……。
 
 ライブ会場を後にした私たちは急激に、虚無感に襲われた。
 
 推しはメディアにあまり姿を現さない人だった。次に会えるのは、新しいアルバムができた時。それまでしばらく待たなくてはならない。
 
 SNSもYouTubeもない時代。ファンはひたすらアルバム(当時はCD)やシングルを聴いて、その姿を想像しながら、寂しさを紛らわすことになる。
 
私と友とは、ただ推しを推すという一点においてのみつながっている。空白の期間、この関係をどうやって維持すればよいのだろう……。
 
 翌日以降、私たちは、推しを愛するがゆえに、推しでつながっている友情をつなぎとめるべく、努力した。
 
 地元のライブハウスに通ってメジャーデビュー前のミュージシャンを探したり、お笑いレースに足を運んで身近に会えるお笑いタレントを見いだそうとしたりもした。
 
 美味しいものを食べ歩いたり、楽しいお店を開拓してみたりもした。
 
 でも、最愛の推しに代わる「熱狂できる何か」は、見つかるはずもなかった。
 
 私たちが通っていた女子校は、地元随一の進学校だった。2年の終盤にもなると、一気に受験ムードが漂い始めた。
 
 私たちは、喫茶店で参考書を広げ、一緒に勉強した。でも、推しを推すという一点においてのみつながっている私たちは、推しとは全く次元の異なる「大学合格」という目標を前に、心を通わせることはできなかった。
 
 周囲が続々と志望大学に合格していく中、私たちはどこにも引っかからず、結局、そろって浪人することになった。
 
 どちらからともなく、「受験に集中するために、しばらく距離を置こう」と話し合い、それぞれ別々の予備校に通い、その後、別々の大学に進学したのだった。
 
 
 それから10年近い月日が流れたある日。
 
 「ライブのチケット2枚あるんだけどさ、行かない?」
 
 紛れもない、友からのメールだった。
 
 実はこの間、私は一人で推しのライブに出かけていた。いつの時も、推しはホットで、クールで、セクシーで、ファンキーだった。でも、私は心のどこかに、熱狂を誰かと共有できない寂しさを感じていた。それは恐らく、友も同じだったはずだ。
 
 長い月日を経て、再び一緒に拳を振り上げた私たちは、心の底から思った。
 
 「ああ、これだよ。やっぱり、これだよな……」
 
 以後、私たちは、およそ2年に一度のペースで開催されるツアーライブに、ともに行くようになった。
 
 大人になった私たちは、単純に推しの顔や声が好きというだけでなく、推しのストイックな姿勢や生き様を、人として尊敬できるようになっていた。
 
 仕事でどんなにしんどいことがあっても、日々の生活に不安があっても、2年後にまた推しのライブがあると思えば、前を向けた。
 
 失恋で心が憔悴しきっているときでも、不実の恋に疲弊しているときでも、2年後にまた推しに会えると思えば、いつかもっと素敵な恋ができると自信を持てた。
 
 そして2年ぶりにライブ会場で友と落ち合い、ともに拳を振り上げれば、あっという間に高校時代に戻り、空白の期間を埋めることができるのだった。
 
 そうやって、私たちは推しを生きがいにし、人生の羅針盤にしながら、仕事をし、結婚し、40歳になった。
 
 
 危機は突然にやってきた。
  
2014年の夏。推しがツアー中に突如、音楽活動からの「卒業」を表明したのだ。
 
その何日か後のツアー最終日に、私たちはライブ会場に足を運んだ。
 
 推しはいつもより饒舌だった。そしてなぜか、普段ツアーではあまり話さない自分の子どものことを話した。
 
 ああ、推しは私たちの元を去り、かけがえのない人たちのもとに帰って行くのだ。そのかけがえのないものは、私たちではなく、愛する妻や子どもたちなのだ。私はその時、そんな当たり前のことに気が付いた。
 
 そして、私もかけがえのないものがほしいと思った。40歳にして初めて、子どもを産み、育てたいと思った。
 
 
 2016年、突然の卒業表明から2年弱。推しは最後のツアーを決行した。大阪、名古屋、福岡、東京。私たちは、全ての会場に席を確保した。
 
 この時、私はお腹に命を宿していた。
 
 ライブの初日、私は友人にそのことを打ち明けた。友はとても驚いた顔をして、それでも「おめでとう」と祝福してくれた。
 
 きっと、複雑だったと思う。一緒に推しだけを見てきた友が、40代になって突然、子どもを身ごもったというのだから。もし反対の立場なら、私はきっと、とてもショックを受けたと思う。
 
 既に安定期に入っていた私は、時々お腹の子どもを心配しつつも、友と一緒に思い切り拳を振り上げ、思い切り飛び跳ねた。
 
 最後は、二人で大泣きした。推しがいなくなる生活が怖くて、そして、推しを推すという一点においてのみつながっていた友との関係が終わってしまうのが怖くて、涙した。
 
 
 私たちは今も時々、声をかけあって、デビューしたてのロックバンドのライブに一緒に行ってみたり、LINEで昔話に花を咲かせたりすることはあるけれど、昔のように一緒に何かに熱狂することはなくなった。
 
 私たちの友情は、終わったのだろうか? やはり、推しへの愛だけでつながっている友情は、はかなくてもろいのだろうか?
 
 答えは「NO」だ。
 
 私たちは、ともに何年にも渡って、推しを心底、愛し続けた。お互いの環境が変わってしまっても、その尊い時間は消えはしない。
 
 推しがいなくなっても、友は友だ。
 
 それはきっと、私たちの推しへの愛が本物だったからだと思うのだ。
 
心の中にある確かな記憶によって、私たちは今もつながっているのだ。
 
推しよ、永遠に。
 
 
 
 
***

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2024-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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