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息子とわたしの428日


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記事:ゆきパンダ(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「いってらっしゃい。今日も元気でね」
 
「ありがとう。いってきます」
 
朝6時、息子が眠い目をこすりながら駅に向かった。
 
428日前と同じ光景に見えるが、少しだけ違う。
違うのは、挨拶を交わしたのが家ではなく近所の路上だということ。
 
「行ってらっしゃい」と家の玄関で息子を見送った428日前、私は家を出た。
 
高校一年生だった息子には夕方ラインで「ごめん、家を出た」と連絡した。息子からの返信は「とにかく僕との連絡は途絶えさせないで。消えてなくなったりしないで」だった。
 
息子はすぐに一番仲の良い先生に事情を話した。先生は元牧師の英語教師。「私の両親は私が6歳の時に離婚したんだ。君は15歳までママが待ってくれたからラッキーだね」と慰めの言葉をもらったそうだ。
 
その後の息子の行動も早かった。スクールカウンセラーの面談予約を取り、担任と仲の良い友人にも「母が家を出た。離婚するつもりだと思う」と話して回ったそうだ。
 
15歳の息子が自分の思い迷わず表現してくれたのは、コロナ禍に始まった私たちの「対話の時間」があったからかもしれない。息子が中学1年生の春、入学式は延期になり、マスクの下のクラスメートの顔を知らないまま、授業は全てリモートで行われた。
同じ頃、私は仕事の行き詰まりを感じて、コーチングを勉強し始めていた。
 
家族以外とリアルで会わないのでコーチングスキルの練習相手が見つからず、中1の息子に頼んでセッション相手になってもらっていた。7分から始まって、15分、30分とセッション時間を延ばしていき、最終的には1時間、息子の言葉を傾聴し、アドバイスせず、伴走するスキルと気持ちを整えていった。
 
だからかもしれない。思春期真っただ中の息子だが、私に伝えたい言葉は臆することなく話してくれる。
 
親子だからといって決して同じ意見ではないし、行き違いや思い違いもたくさんあるけれど、その都度、自分はどう思うのかを率直に話せる関係だと思っている。
 
スクールカウンセラーの先生には「かわいそう」を連発され、同情して欲しいんじゃないんだ、解決策が聞きたかったんだ。と言ってカウンセリングの継続はしなかった。
 
私のお詫びの連発と「君が望むなら、帰る」という言葉には、「謝っても、帰ってきても何の解決にもならないから、謝らないで。帰ってこなくていい」と言った。
 
この時の気持ちは「僕のためだと言ってお母さんが戻ってきたら、それは僕のせいだということになることぐらい気付けよ。と思っていた」とのことだった。
息子が後から話してくれたその言葉に頭を一撃された。息子のことを考えている。なんて言いながら、私は息子に責任を負わせていたのだ。
 
「もう、僕とお母さんは違う道を歩み始めたんだ。僕の一番大事なのは親じゃない、今はもう友だちなんだよ」とも言っていた。
 
裏を返せば、息子が「自分からもういい」と思うまで親に甘えていられたのに、私がその糸をプチンと切ってしまったので、息子は独立を余儀なくされたのだ。
 
私は「親が離婚する」子どもに向けて出版された本を読み漁った。息子を連絡係や偵察係にしない、息子に嘘をつかせるような行動をさせない、息子にとっては父親も母親も大事な存在であること。の3つを肝に銘じることにした。
 
息子の意思を確認した後、60日後に離婚調停を申し立てた。
 
親権を主張するかどうかについて息子と話し合った。
 
息子の望みは今の学校や住環境を何一つ変えたくない、一日も早く落ち着きたい。だと話してくれた。
親権を争えば調停は長引き、裁判に持ち込むことになるだろう。18歳成人まであと2年足らずなこと、私となら平常心で連絡を取れることなどから、私は親権を放棄することにした。
 
息子が知りたい情報は全て伝えた。息子は父親にも弁護士を立てることを勧め、幾度となく「両親の離婚は是」と父親に伝えた。
 
親権、養育権などすべて放棄して280日で調停が成立した。
 
家を出てからは息子の学校に近い場所に住んでいたが、離婚成立を機に出てきた家のすぐ近所に引っ越した。スープの冷めない距離だ。
 
引っ越し先の部屋は高台にあって、息子が住む家と最寄り駅までの道がちらっと見える。息子と私はGPSで居場所を共有しようということになっていて、朝「家を出ました」と通知が入ってベランダに出ると、息子が駅に向かう後ろ姿が見える。引っ越して60日程度、遠くから息子の後ろ姿を眺めて過ごした。
 
近くに引っ越しても、お互いに距離感がつかめずにいたが、そのうち息子がふらりと家に立ち寄り、お茶を飲みながら宿題を片付ける。いつの間にか「ここはスタバか?」と突っ込みたくなるほど、ウダウダくつろぐようになった。
 
息子が湯気の立つご飯とお味噌汁の朝食が恋しいと言い出した。それなら、朝スープジャーにお味噌汁を入れて学校に持っていけば。という話になった。
 
それで、428日目の朝6時
「いってらっしゃい。今日も元気でね』
 
「ありがとう。いってきます」
 
と挨拶を交わす日々が始まった。
 
息子に余裕があれば喋りながら駅まで見送り、眠くて機嫌の悪い時はスープジャーを渡して、そこでバイバイする。そんな毎日だ。
 
家を出てからほぼ毎日SNSで連絡を取り合っていたが、毎朝、息子の顔が見られる安堵感は半端ない。これがゴールのようなスタートラインのような気分だ。
 
息子は素敵な先生や友達に恵まれている。「親の離婚は子どもには何の責任もない」とみんなが言ってくれて、存在を承認してくれる穏やかな人間関係に身を置けていることが本当に有難いと思う。
 
「子どものため」は親の勝手なエゴだ。
親の心が穏やかでないと、子どもためといいながら子どもに救いを求めてしまう。親の心が穏やかだと、子どもの言葉を傾聴して、子どもの行動に伴走できると思う。飛行機に乗ったら必ず流れる安全アナウンス「まず自分が酸素マスクをつけてから、子どもに酸素マスクをつけて」の、イメージだ。
 
今日もまた湯気の立つお味噌汁と引き換えに息子の笑顔を受け取る。
完璧ではないけれど、何気ない「いってらっしゃい」と「いってきます」の幸せに感謝しながら。
 
これが、息子とわたしの428日の記録です。
私の息子でいてくれてありがとう。
 
 
 
 
***

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2025-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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