ポップコーンの使い道
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西尾たかし(ライティング・ゼミ11月コース)
※この話はフィクションです。
「ポップコーンは投げるためのものじゃない」
アオキがポップコーンをつまみながら、ふっと笑った。
「は? なんの話だよ」
向かいの席のオオシマが右手に持った煙草を口に運びながら、反応する。
隣に座るムラモトの手が伸びてきて、無言でオオシマの右手を抑えつける。
「あ、そうか、この店全面禁煙だったな。昔はどこでも吸えたっていうのにな」
「時代よ。健康第一ってやつ」
アオキはそう言った後、すっかり気の抜けたコーラの瓶を口に運びながら、ぼんやりとした目で窓の外を見た。
雨が降っている。
ドライブインの駐車場に停まる車のライトが水たまりに反射して、滲んでいた。
上着のポケットに煙草の箱を押し込みながら、オオシマが続ける。
「にしてもだよ……あっ、で、ポップコーンがなんだって?」
「オオシマがよくタマムラさんに言われてたことを思い出したんだよ。おやつに出たポップコーンを誰かに投げつけては、注意されてたよね」
「え? そうだっけ?」
隣のムラモトが、フッと息を吐き出す。おそらく笑っているのだろう。
アオキ、オオシマ、ムラモトの三人は特別支援施設で育ち、19歳になる前に社会に放り出された。やがて、生きる術を模索する中で犯罪に手を染めることになった。
「逃げ切れたんだよね? 私たち」
アオキが、窓の外を眺めたままで、つぶやいた。
オオシマは肩をすくめる。
「逃げ切ったのか、それとも逃げ場がなくなったのか……まぁ、どっちでもいいさ。なぁムラモト、お前もそう思うだろ?」
ゆっくりとムラモトがうなずく。
ある犯罪組織に属することになった三人は、その中で頭角を表す。
瞬時に複雑な状況を分析し突破する力と奔放かつ芸術的な射撃センスを持つアオキ、変質的なまでの情報収集と緻密なシミュレーションを得意とし天才的な計画を立てるオオシマ、そして、異常なまでの集中力と忍耐力で確実に仕事を完遂するムラモト。
犯罪に手を染めたのは、単にそれが彼らにとって“最適解”だったからに過ぎない。
しかし、ある日アオキがこう言い出した。
「私、やっぱり真っ当な生活を送りたい。普通のおばあちゃんになりたいの」
オオシマ、ムラモトに異論を挟む余地はなく、三人は組織を抜け、過去との決別を図ることにする。当面の生活に困らない程度というには随分と多過ぎる金をスーツケースに詰め込み、真夜中にあの街を出発してから、そろそろ1年くらいが経つだろうか……
窓の外を眺めていたアオキが、何かに気づき、「やれやれ」というようにため息をつく。そして、テーブルの向かいに座る二人に向き直って微笑む。
「二人ともありがとう。いつか私が普通のおばあちゃんになっても、きっと今日のことは忘れないよ」
オオシマは、彼女の言葉に少し戸惑いながらも、ニヤリと笑いポップコーンを一つつまんで、アオキの方に投げて言う。
「じゃあ、今日をもうちょっと特別な日にするか」
アオキはポップコーンを左手で受け止め、微笑む。テーブルの下に隠れたその右手には、きっと既に拳銃が握られているのだろう。
ムラモトの表情が少し硬くなり、何かをぼそぼそとつぶやいている。集中力を高める時のお決まりのルーティンだ。
店内に流れる間の抜けたBGMが、やけに遠く感じる。
店のドアが開いた。
黒いスーツの男たちが数人、静かに店内に入ってきた。まるで長い間探し続けた宝物を見つけたような目をして、こちらに向かってくる。
「手こずらせやがって」
一番前の男が、冷たい声で言った。
オオシマは苦笑してつぶやく
「お互い様だろーが」
ムラモトはふっと息を吐き、背筋を伸ばした。
アオキはゆっくりとポップコーンを皿に戻し、ため息をついた。
「最後の舞台がドライブインってのは、ちょっとロマンがないわね」
その時、オオシマが右手でありったけのポップコーンをつかみ、ニヤリと笑った。
「おいアオキ」
「なに?」
「やっぱりポップコーンは投げるためにあるんだぜ」
オオシマが男たちにポップコーンを投げつけるのと同時に、店中に銃声が鳴り響いた……
「……だからさ、やっぱりポップコーンは投げるためのものじゃないんだよ」
アオキがそう言うと、オオシマはぼんやりとした目で彼女を見た。
カフェテリアのテーブルには、ポップコーンが置かれた紙皿と気の抜けたコーラの瓶が二つ。窓の外には、整備された庭園と、歩行器を押しながら歩く老人たちの姿。
「……あれ?」
オオシマは眉をひそめた。
さっきまでドライブインにいたはずなのに、目の前のアオキは、ずいぶん老け込んで見える。
いや、そもそも自分も——
オオシマは震える手を見つめた。シワが深く刻まれた皮膚、痩せ細った指。
焦りをごまかすかのように、震える手でポケットから煙草の箱を取り出した。そのうちの一本を取り出し、口に咥えようとして、ここが禁煙だったことを思い出す。
止めてくれるムラモトはもういない。
窓の外を見ながら、アオキがつぶやく。
「逃げ切れたんだよね? 私たち」
煙草をしまいながら、オオシマは答える。
「そうだな」
アオキがこちらに向き直って微笑む。
「二人ともありがとう。いつか私が普通のおばあちゃんになっても、きっと今日のことは忘れないよ」
その言葉はいつも通り真っ直ぐで、不安もためらいも、なんの迷いもない。
オオシマは黙って微笑んだ。
アオキの記憶の中で、ムラモトはまだ生きていて、三人はまだ若く、あの日のままなんだろう。
それなら、それでいい。
大切なのは、アオキがあの日のことを忘れてないってことだ。
「ここにいらっしゃったんですか?」
背後で声がした。
振り向くと、若い男がエプロンをつけて立っていた。
「奥さんのお薬の時間ですよ。あーあ…またそんなものを飲み食いして……」
男が、テーブルの上のコーラとポップコーンに目をやって、ため息をつく。
男に向き直り、悪びれもせずにオオシマはふっと笑う。
「おっと、今日の担当はあんただったか? 全く時代も変わったもんだ。昔は介護士なんて男の仕事じゃなかった」
男は肩をすくめる。
「また、その話ですか? 性別で仕事を決める時代じゃないですよ」
男はアオキの方に視線を向け、話し掛ける。
「部屋に戻りましょう。お薬を飲まないと」
「ええ~、あれ苦いから苦手なんだよ~、助けてよ二人とも」
半分ふざけたように、のけぞるアオキ。
オオシマは震える右手でありったけのポップコーンをつかみ、ニヤリと笑う。
「おいアオキ」
「なに?」
「やっぱりポップコーンは投げるためにあるんだぜ」
次の瞬間、宙に放り投げられ、すぐに床一面に散らばるポップコーン。
若い介護士の声がカフェテリアに響き渡る。
「ああ~ 何するんですかー! オオシマさん! てこずらせないでください!」
「行くぞ、アオキ」
足がもつれそうになりながら、アオキの手をギュッと握って、かけ出すオオシマ。
「オオシマ、ちょっと待ってよ〜! ムラモトも急いで〜」
アオキもオオシマの手をしっかり握り返し、それに続く。
カフェテリアには、間の抜けたBGMが流れていた。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「天狼院カフェSHIBUYA」
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先 レイヤードヒサヤオオドオリパーク(ZONE1)
TEL:052-211-9791/FAX:052-211-9792
営業時間:10:00〜20:00■天狼院書店「湘南天狼院」
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-18-17 ENOTOKI 2F
TEL:0466-52-7387
営業時間:
平日(木曜定休日) 10:00〜18:00/土日祝 10:00~19:00