跳ぶネズミと跳ばないネズミ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山口 祐子(ライティング・ゼミ1月コース)
先日久しぶりに休みがとれて、2日間の休みの間に、ずっと気になっていた映画を3本見て、はじめて行くジビエのレストランで友人と食事をして、たくさん話をした。
楽しかった。そして、なんだか疲れた。
仕事が休みの日に、何もしないでいられる社会人はどれくらいいるんだろう。
ゆっくり家で昼寝でもしていたいなと思うこともある。なのに、なんとなく美術館のサイトをチェックして、映画館の上映ジュールを調べはじめて、せっかくだからと知人に連絡をとったり、レストランを予約したり、せめて本でも読もうとする。もちろん1日で読み切るつもりで。
できるだけ時間を無駄にしたくない、と思ってしまう。そんなことってないですか。
80年生きるうちの1日、24時間の中の1秒を、できるだけ有意義に過ごしたい。それはあたかも今という時間が未来のための準備期間で、少しでも無駄にすると未来まで辿り着けない、未来の約束に間に合わなくなるような、そんな畏れに近い焦燥感。
こういう、ずっと煽られて運転しているような感じ、実は私だけじゃなく、今の時代にありがちなメンタリティなんじゃないかって、最近思うようになった。
未来のために消費されていく時間がここにある。
じゃあ、ただ今のために今を生きた時間は、どこにあったんだろう?
それは、ずっとずっと前のことだと思う。
大学生のころ、それから、本当に小さかった子どもの頃。
それはそれで執行猶予期間だったとしても、当時はそうは思っていなかった。
ただ楽しくて、でも何をしたっていうわけじゃなくて。でも、五感で感じたまるごとの世界をそっくりそのまま受け止めていた。だから音まで、匂いまで本当によく覚えているし、今の自分を形成した大事な時期でもある。
何もしないって、実はすごく遠回りに有意義なのかもしれない。
そんなことを思って疲れた肩を揉みほぐしていたら、ふと学生の頃にやった、認知行動心理学の授業の実験を思い出した。
それはハツカネズミを使った実験で、個々のネズミが新しい環境をどう認識し、行動し、さらに新しい世界を広げていくのかを観察する実験だった。
実験装置は、70センチくらいの高さのサイドテーブルに乗せた、90cm四方の木の板。とてもシンプルな装置だ。
装置は4つほど用意して、その中央に、1匹ずつハツカネズミを乗せる。そしてそのまま、ただ2時間半近く、みんなでその行動を見守り、記録をつける。
最初はどのネズミも、板の中央でチョロチョロとするばかりでほとんど動かず、見るからに戸惑っている。中には短い時間で移動をはじめるネズミもいるけれど、ほとんどのネズミは鼻を震わせながら、できるだけ最小限の行動範囲に止めて、周囲を観察する。とりあえず命の危険はないか、身の安全を確認するための時間だと言える。
そのうち、だんだんと行動半径が広がっていく。そして、その半径が板いっぱいに広がるころ、動きに規則性が見えはじめる。何もない板の上なのに、ネズミは自分なりの間取りを描いて動きはじめるのだ。メインストリートはここ、フンはここでする、休憩はここ、なんかここがお気に入り、そして不安になったら中央に戻ろう、といった具合に。
そして、ネズミたちはやがて板の上の世界から、その外側にもさらに世界が広がっていることに気がつきはじめる。板の縁まで行って、たまたま目をやった外側の世界に夢中になって、興味深げに眺める好奇心旺盛なネズミもいる。はたまた、うっかり板から落っこちて、痛い思いをしながら新たな世界を獲得するものもいる。
ネズミが自らの意思で外に向かってジャンプする時、観察する学生の間では、いつも小さな拍手が起こった。「勇気」とか「冒険心」とか、そういう前向きなものを感じられるから、良くジャンプする向こう見ずなネズミはみんな大好きだった。
さてこの実験では、一度板から落ちると、もう一度ネズミは板の中央に戻される。
2ターン目。1ターン目で進んで跳んだのではなく、うっかり落ちたネズミは、懲り懲りしたように、なかなか板の端には近寄っていかない。逆にジャンプに成功したネズミは、楽しむように、より短い時間で次のジャンプに向かっていくようになる。今思えば、あれは成功体験というものの効能だろう。
一方で、中には最初から最後までほとんどじっと動かずに、全く外の世界に行こうとしないネズミもいる。私たちは2時間以上もその様子を見ているので、そんなネズミにはがっかりしてしまう。別に落ちたわけでもないのに、最初から何もしようとしない。観察者の間では当然のように失望感が漂う。
私たちの中には、こんな風に「積極性」や「外向性」を「強さ」とし、「消極性」や「内向性」を弱さと見る価値観が根強くある。
傷ついて元気がない人を見ると、良かれと思って「一刻も早く元気になってね」などと励ましてしまうこともある。思うに、本当に傷ついている人が、一刻も早く元気になる必要なんてないんじゃないかな。ありったけ傷ついて落ち込んで、泣いてからでいいはずだ。
かくいう私も、休日の時間でさえ、全ての体験を「インプット」ととらえ、「アウトプット」のための材料を書き込む作業時間だと考えてしまう。私はもともと跳ばないネズミだ。けれど、跳ぶネズミしかいないような業界で仕事をしている。だから全速力で走らなきゃ、いつもそう思ってしまう。そして時々自分のマインドに、食中毒を起こしそうになる。
実験の続きを話そう。
とうとう2時間半の観察中に跳ばなかった、あるハツカネズミがいた。次の授業でも、また次の授業でも、じっと跳ばずに板の上のルーティンだけを繰り返した。私たちはすっかりそのネズミに退屈した。
そしてやってきた、4回目の観察の日。
彼は板に乗せるや否や、真っ直ぐに板の角に向かい、そして、大きく跳んだ。
私たちはその姿を見て、あっけにとられ、しばらくは声も出なかった。
もちろんその後には大拍手、大喝采だ。
私たちは日に何度も跳ぶネズミの気分になったり、跳ばないネズミの気分になったりしながら生きている。跳ばなければ、と思うより、跳びたくないときは跳ばなくていい、そんな風に自分の気分の揺れに、ただ素直に従っていれば、いつか跳びたくなった時には大ジャンプができるのかもしれない。
これはこれで、未来への投資的なつまらない考え方かもしれないけれど。
でも時には、素直に跳ばないネズミになってみようかな、と、あの時のあのネズミの、美しい、白い放物線を思い出しながら思った。
***
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