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父の認知症のおかげで、若い時の父と出会い直した


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記事:新野佐月(ライティング・ゼミ5月コース)
 
 
「毎週、コレが楽しみなんだ」
私と母は、驚きながら、父を見ていた。その日の父は、10歳若く見えた。父は認知症を患っていて、どんどん悪化していたのに。目の前の父は、溌溂とし、言葉もハッキリ、笑顔だった。認知症がちょっと良くなった理由は、男性向けの30分ジムに通い出した事。
 
 
マジック、みたいだ。信じられない。こんなに効果が出る、と期待してなかった。父の脳を活性化するため、母と私は、あらゆることを試したのに。
お父さん、デイケアセンターなら、お友達ができるかもよ。
お父さん、高齢者カラオケ好きだから、カラオケ教室行かない?
昔やってたじゃない、麻雀。高齢者マージャンあるんだって。
 
 
でも、全敗だった。どこにも出歩きたくない、と言う。高齢になると、感情も老化する、とTVで言ってたな。日中はずっとTVの前に座っている。聞いているのか、聞いていないのか。散歩も億劫になったようだ。
 
 
父の認知症をハッキリと理解した日は、忘れられない。事実を受け入れるまでに、数カ月かかった。家族みんなで、山の中の温泉宿へ旅行した時、だ。その夜、父は数時間、行方不明になった。父がいない。どこにも、居ない。私の部屋にも、風呂場にもいなかった。こんな冬の山で、父はどこへ行ったのか。「これは、警察に連絡をしたほうがいいか」胃がキューっとなった。
 
 
父は、一人でロビーのソファに座っていた。背中が丸くなり、小さくなっていた。父の脳は見当識という部分がやられて、空間把握が苦手だ。自分の部屋が分からなくなったから、ロビーに居た、と言う。途方に暮れ、困っていた。迷惑をかけた事を「申し訳なかったなあ」と言いながら、悲しそうだった。
 
 
翌日、朝食の時に、母は言った。あなたたちを心配させたくないから、言ってなかったの。お父さん、認知症が進んでいるから。誰にも迷惑をかけたくないから、認知症を隠していた。
 
 
「お父さん、あなたの長女が、どこに住んでるか、わかる?」
「分かんねえな」
 
 
父は、ATMでお金を引き出すことも、できなくなった。母は家で父に付きっ切りで、なかなか外出ができない。母も私も、思い通りにならない父の言動に苛立つ事があった。今思えば、父の認知症を受け入れてなかったのだと思う。
 
 
お父さんは、遠い所に行ってしまったようだ。いつか、ドラマで見たことがあった。これから私の名前も、顔も忘れるんだろうか。それを見たくないから、無意識に、言葉がキツクなってしまった。
 
 
なのに、まさか、父の認知症が良くなるなんて。まさか、私たちの、会話に入ってこれるようになれるんなんて。10歳若く見えるほどになる、なんて。
 
 
男性用の30分ジムは、スタッフの対応がいい、と評判だ。22歳の若い男性スタッフが父の担当についた。孫ぐらいの年齢のスタッフが、人懐っこく、玄関まで迎えに来る。
 
「Sさーん、今日も、元気そうですね!」
「Sさーん、すごく上手でした。嬉しいです!」
 
脳を健康に保つのは、運動いいのは知ってた。でも、父の認知症が少し良くなったのは、それだけではない。このジムの対応のおかげ、だ。
 
 
苗字ではなく、フレンドリーに、名前で呼ばれる。
温かく迎えてもらう。
褒められる。
上達が見える。
 
父は、嬉しかったんだろう。ジムで仲間もできたらしい。運動をした日は、グッスリ眠れる。家族は時に、愛情のあまりに、言葉が強くなる。境界線が曖昧、になる。でも、このジムは、ただ、父を温かく受け入れ、楽しく運動をする。
 
 
私の家に、認知症がやってきた。私と母は、何とか食い止めようとタッグを組んだ。認知症と戦っていたのかもしれない。
 
お父さん、どうしてできないの?
お父さん、こうして。分かるよね?
 
私は、焦っていた。見えない敵と戦っていた。きっと、以前の父と、比べていたんだ。どうしてあんなこと言ってしまったのだろう。
 
 
スヌーピーの漫画に、こんな一説が出てくる。チャーリー・ブラウンは言った。「平均的な父親っていうのは、たくさんの励ましを必要とするもんさ」
チャーリー・ブラウン君、ありがとう。君は、8歳だと聞いたけど、すごい大人だね。
 
 
自らの老いに戸惑う父は、励ましを必要としているんだ。このジムの対応で、父が目に見えて元気になった。そこから、私は大反省し、考え方を変えることにした。「今の、この父と、楽しく過ごそう」
 
 
 
母に電話をする。自分を諭すように、言ってみた。
「私の年齢になるとね、お父さんが亡くなってる人って多いんだ。うちのお父さんは、認知症が進んだけど、それでも、生きてくれてるだけで、いいって思ったよ。今までのお父さんはもう居ないけど、今のお父さんと、楽しく過ごそうよ」思わず出た言葉、だった。父は、できない事が増えたけど、生きてるだけで、いいじゃない。にこやかで、ご飯を美味しそうに食べてる。ジムも楽しそうだ。これ以上、何を求めていたんだろう。
 
 
体は弱ったけど、父は弱い人になったんじゃない。かわいそうな人、でもない。変化が起きて、困って戸惑っている。男としてのプライドもあるし、家長だし、迷惑かける事が申し訳ない。自分に対しての自信が無くなる。それを、理解してみよう。この父と、今を生きよう。
 
 
父は、いつか、私を認識しなくなる日が来るかもしれないんだ。その事実を受け入れたら、大事な事に気づいた。
「私はちゃんと、父を理解しようとしたことがあるか」
「父はどんな人だったか、分かっているだろうか」
 
 
昭和の時代を生きた、口下手で、寡黙な父。単身赴任が長く、ほとんど家に帰ってこない。思春期になると、そもそも父を話さなくなり、進学、就職で家を離れた。
 
「父の話を、もっと聴いてみようか」
 
高齢者は、最近の事は覚えていないが、昔の事はよく覚えている。父は、私がまだ幼かった頃の事を、ハッキリと覚えていた。「お父さん、会津若松、みんなで旅行に行ったね」「神社に、元朝参りに行ったね」 昔の話をする時、父は楽しそうだった。当時の流行歌も覚えていた。若い時の父は、写真で見た事がある。若い頃の、父の残像が見えた。若い日の、パーマをかけた母も見えた。
 
 
認知症という病気のおかげで、私は思いがけず、若い時の父を知ることになる。「あの時、こんな事あったね」と母も会話に入る。こんな温かい時間を持てたことが、幸福だった。父の記憶が確かなうちに、話をしよう、と思って始めたこと。そこから、いろんな事を思い出してきた。そういえば、あの当時、父は一眼レフのカメラを持っていた。娘たちの幼い頃の写真は、父が撮ってくれたもの。家族写真を一枚一枚思い出す。七五三。運動会。お正月の晴れ着。今まで、父の愛情をこんなに感じたことはなかった。
 
 
認知症でも、何でもいいや。父という存在だけで、ありがたいと思える。いつか父は、娘の存在を忘れる日が来るかもしれない。でも、それでもいい。私は、父の事をずっと覚えているから。
 
 
 
 
***

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