夫からの誕プレが重かった話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:川戸恵子(ライティング・ゼミ7月コース)
夫から初めてプレゼントをもらったのは,クリスマス。
ゴールドの小さなイヤリングだった。
ハートの形の,シンプルなデザイン。
着けているのを忘れるくらい軽い。
結婚後も誕生日やクリスマスにプレゼントをもらった。
スカーフ。
ショルダーバッグ。
セーター。
「これが似合うだろうと思ってさ」や「使いやすそうな感じやと思ったから」という言葉と共に渡された。
「わあ,ありがとう!」
と喜んで受け取る私。
しかし申し訳ないけれど,正直なところ私の好みとは,ほんのちょっとちがっていた。
夫の選ぶ物は無難なデザインや色が多く,当時まだ20代後半の私には少し落ち着きすぎているような気がしていたのである。
それでも,これらの品々を買うために女性向けの服飾品売り場に行って見て回っていたのかと思うと,少し気の毒でもあった。
だから,夫の気持ちは嬉しかった。
でも,一緒にお店に行って選ばせてくれたら,好みの物を買ってもらえたのになあと,少しだけ残念だった。
夫へは,もちろん私からもプレゼントを贈った。
財布。
キーケース。
ネクタイ。
どれもシンプルなデザインにした。奇抜なデザインや派手な色だと,きっと恥ずかしがって持たないだろうと思ってのことだ。
渡すと喜んでいたし,すぐに使ってくれていた。
しかし,いつの頃からか,プレゼントを贈り合わなくなった。気がついたら,それぞれの誕生日の朝,「誕生日おめでとう」の言葉を伝えるだけになっていた。
振り返ってみると,子どもが生まれて2~3年たった頃からかもしれない。
私たちは,「お父さん」「お母さん」と,子どもからの目線に合わせて互いを呼び合うようになっていた。
二人とも仕事が忙しかった。
私もフルタイムで仕事をしていたし,そこにワンオペ育児と家事。いつも時間に追われている状態は,気持ちからゆとりを奪っていく。相手の誕生日も結婚記念日も,日常の慌ただしさの中に埋もれていった。
それでも子どもの誕生日祝いやクリスマスプレゼントだけは欠かさなかったのは,やはり子どもの成長が嬉しかったからだろう。我が子に何を贈るか考えることはこの上ない喜びであり,ただただ純粋に楽しかった。
では,互いへのプレゼントを渡さなくなったのは,忙しい毎日と「子どもファースト」になったからだろうか。
いや,そうではない。
正直に言えば,「相手の喜びそうなもの」を考えるのが面倒になったのだ。
どれだけ忙しかろうと,パートナーへの贈り物を欠かしたことがないという人はたくさんいるだろう。相手への敬意や愛情,思いやりや気配り。そういうことが何の苦もなく,さらりとできてしまう人は,きっといると思う。
もしかすると,そのうちの何割かは義務みたいなものだからとか,もう習慣になっているからとか,かもしれない。しかし,内心はどうであれ,欠かさずプレゼントを贈るという「こまめさ」は賞賛に値する,と私は思う。
つまり,私は,そしておそらく夫も,こまめではない,ということなのだ。
プレゼントを何にするか,お店に行って品物を確かめながら選ぶには時間がかかる。
今ならちょっと空いた時間にネットで選んで注文して,届くのを待つだけでよいかもしれない。でも,あの頃はプレゼントを買うにはデパートやお店に「わざわざ」足を運ぶ必要があった。
それがちょっとめんどくさい,と思っていたのだ。
だから,プレゼントの贈り合いがなくなって,残念というより面倒から解放されたという気分の方が勝っていた。
ほしいものがあったら贈られなくても自分で買うし。と思ってもいた。
車とか家財道具とか,値の張るものや家族みんなが使うものなら相談した方がいいだろう。でも,バッグやアクセサリーなら気兼ねすることはない。自分の好みに合ったものを買えばいい。
そう,自分の好みのものを選びたい。
もしかすると夫は,自分の選んだプレゼントが妻の好みからちょっとズレていたかもしれないと気づいたのではないか,と今になって思う。
良いと思って選んだが,どうも心底喜ばれていないような気がする,と疑心にかられていたのではないだろうか。いまさら怖くて聞けないが。
とにかく,「プレゼントしなきゃ」義務から離れて数年。娘は小学校に入学した。相変わらず仕事は忙しいが,保育園の送迎がなくなった分,時間にゆとりが出てきた。
そんなある日,何を思ったか,夫がプレゼントをくれた。
結婚して10年たった頃のこと。私の誕生日だ。
仕事から帰った夫が,
「はい,これ。お母さんにプレゼント」
と言って,テーブルの上に置いた。それは,包装紙にくるまれた直方体。
なになに,いきなり。私はちょっと面食らった。
お父さん,もしや,何かやましいことがある?
それとも,「そろそろ車,買い替えたいんやけどさ……」のおねだりか?
少し戸惑ったが,
「ありがとう! わあ,何かな~」
とお礼を言って,その贈り物に手を伸ばす。
そしてすぐ持ち上げようとした。が,
「ん?」
重い。
すごく重い。
ずっしりとした重量感が手に,腕に伝わってくる。
「な,何? これ……」
すると,夫は少し得意げに,
「開けてみ」
と言う。
ベリベリと包装紙をはがすと,そこに出てきたのは,
「広辞苑」
だった。夫は
「新しいのが出たから欲しいって,君言うとったやん」
と,のたもうた。
はい,新しく出た広辞苑,欲しかったです。
今使っているのは学生時代から使っていた物です。
だから新しいのがあるといいなあと思っていました。
嬉しいです。大事に使います。
でも,どうせなら……。と,私は心の中でつぶやいた。
「スイート10ダイヤモンド」でもよかったんだよ,お父さん。
当時,テレビで,結婚10周年記念のプレゼントに10粒のダイヤがついた指輪を夫が妻に贈るというコマーシャルがあった。当然,宝石店のCMだ。
ここだけの話,秘かにいいなあと思っていた。
欲しいものがあったら自分で買うと思ってはいた。でも,10周年の記念に夫から贈ってもらえたら,今まで仕事に家事に育児にと奮戦してきたことへの勲章のようで,なんだか嬉しくなるじゃない?
まあ,そんな洒落たことができる人ではないのはわかっていたけど,広辞苑か……。
私4月生まれで誕生石まさにダイヤなんだけど,広辞苑ね……。
指輪じゃなくてダイヤのネックレスでもよかったんだけど,そう,広辞苑なの……。
広辞苑,確かにほしいものとしてストライクなんだけど,広辞苑なんだ……。
あれから20年以上が経つ。
あの頃いろいろあった私の物欲は,今やすでに消えている。あまり買わないようにして,少しずつだが物を減らすようにしている。終活である。
今までに夫から贈られた物も,古くなったり傷んだりして手放した。
手元に今残っているのは,最初に贈られたハート形のイヤリング。
デザインがかわいらしすぎて,今つけるには少し勇気がいる。
でも,もう少し残しておきたい。
そして,あの「広辞苑」。
ハンディサイズの国語辞典では調べられない時,とても助かった。
しかしネット検索の時代,そして重いものを持つのが年々辛くなってきた今,使うことは稀である。
それでも広辞苑は今も変わらず,私の書斎の机の上に出番を待って鎮座している。
***
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