受け継がれていくもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:冨士井 慶子(2026年4月開講・京都/通信・2週間集中)コース
幼いころ、お盆とお正月は必ず父の実家のある島根県の山あいの町で過ごした。夜行列車を乗り継いでたどり着くその小さな町には、雑貨屋さんくらいしかなく、
持って行った本はすぐに読み終わってしまい、退屈だった。それでも祖父母は、よう来たね、と笑顔で迎えてくれた。夏に用意してくれる天然のアユの味は格別で、今思うととても贅沢なごちそうだった。年に2回しか会えなくても、祖父母のことが大好きだった。
父が養子だと知ったのは、いつだっただろう。子供がなかった祖父母の引き取られたことは聞いていたが、父はそのことを自然に受け止めているように見え、私も深く考えたことはなかった。実の父親とは、交流があり、大人になってからは、よく遊びに行っていたらしい。
数年前、父が亡くなったときに、原戸籍というものの存在を知った。原戸籍とは、戸籍法などの改正により様式が作り変えられる前の「古い戸籍」 で、相続人を出生までさかのぼって確認する際などに用いられる戸籍簿のことだ。島根県の役所から届いた古びた書類のコピーには、父の両親の名前と住所が書かれていた。初めて見る父の母親の情報だった。
「なんだ、簡単にわかるんだ」
でも父から実の母親の話は聞いたことがなかった。
父は母親を探さなかったのだろうか?
会いたいと思ったことはなかったのだろうか?
祖父母は、それはそれは父を大事に育てたと聞く。幼いころ、手取り足取り何でもしてもらったので、手がかかると、母がこぼしていたけれど、育ててくれた養父母である祖父母を大事にしていた近所でも評判の親孝行息子だった。
でも、母親に会ってみたいと思わなかったはずはない。もしかしたら、亡くなっていたか、あるいは新しい家族ができて会うことができなかったのか、ともう聞くことのできない疑問が浮かぶ。
もっと聞いておけばよかったと思うことは,ほかにも,たくさんある。戦争に行きたくなかったから、医者という職業を選んだ、と聞いたことはある。だけど、長崎で過ごした大学時代の話、原爆が落とされた後の長崎の復興の様子も見ていたはずだが、聞いた覚えがない。
去年、母と旅した長崎で、最初に住んだという家がどこだろうと探していた時のことだ。
「下宿にお風呂がなくて、パパと毎日銭湯に一緒に通っていたのよ」
「この市電が通る道を渡ってね」
と、いう初めて聞くエピソードに
「え、まるで神田川の世界」
と、一緒にいた妹と驚いたのだが、もちろんすっかり変わってしまった街並みの中に若い新婚時代の両親の姿を垣間見た気がしたものだ。母のことが大好きだった父から、もっと色々なことを聞いてみたかったな、と思いながら坂の街を歩いた。
父が亡くなったとき、次女のおなかにいた子は、小学2年生になった。彼は、大ばぁばが大好きだ。大好きな本をいっぱい買ってくれるから、と無邪気に笑う。一人暮らしの母に送ってきてくれる手紙に
「まだ2年生なのにこんな難しい字が書けるの?」
「こんな文章が書けるのね」
と、驚いたり笑ったりしながら、母は嬉々として返事を書いている。
輪廻ということがもしあるとしても、彼が父の生まれ変わり、ということはないのだろうが、将来パイロットになって空を飛ぶお医者さんになりたい、という彼の夢に、飛行機好きだった父の姿を重ねたりしている。
もうすぐ父の日がくる。
父が生きていた頃にはこんな風に父の人生について深く考えたことはなかった。
養子だった父は、家族をとても大事にした。父にとって血のつながりがとりわけ重要だったのだろうと思う。そんな父が自分を生んでくれた母について、なぜ何も語らなかったのだろう?
今となってはもう聞くことはできない。
けれど、父から私へ、私から子供たちへ、そして孫へと命は確かにつながっている。
孫の姿の中に父の面影を探しながら、私は自分自身のルーツをいつか探すことができるだろうかと夢想している。
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