メディアグランプリ

お気に入りの喫茶店で見つけた、新しい習慣


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:那須健史(ライティング・ゼミ5月開講4か月コース)

お気に入りの喫茶店でのひととき、それは、自分を丁寧に扱う時間と言える。

乃木坂の駅を出て青山葬儀所方面に向かう途中に、瀟洒な喫茶店がある。

ウエスト青山店。銀座本店は有名だが、実は青山にもあるのだ。

店に入ると、焼き菓子などの洋菓子の販売コーナーが広がる。

販売コーナーを過ぎ、細い通路を抜けると、広い空間が視界に飛び込む。

そう、ここが喫茶コーナーだ。

ゆったりとした配置。各テーブルには一輪挿しの花。余計なものが何もない、

静かで落ち着いた空間に、自然と背筋が伸びる。

席に座ると、さりげなく置かれた花が目に入る。

誰かがここに来る人のために、丁寧に選んで活けた花だ。

おもてなしとはこういうことなのかなと感じる。

私はいつも小さめのショートケーキとコーヒーを注文する。運ばれてきたケーキは、華美な飾り付けはなく、「映え」の要素もまったくない。ただ端正にそこにある。

ケーキを食べ終え、コーヒーを飲み干したとき、気づいた。満たされている。

量は決して多くない。それでも、十分だった。いや、十分以上だった。

胃袋ではなく、もっと別の場所が満たされた感覚だった。

帰り際、つい手が伸びた。ショーケースに並ぶ定番のリーフパイだ。

箱入りのものではなく、袋に入った「ご自宅用」とされる少しお得なもの。

自分へのお土産というより、この時間や体験をもう少し持ち帰りたかったのかもしれない。紙袋を提げて店を出ると、乃木坂の空気が少しだけ違って感じられた。

翻って、ふだんの自分を思う。

コンビニの売り場を通るたびに、ほとんど無自覚に何かを手に取っていた。

袋を開け、気づけば食べ終えている。満足しているかどうかも、よくわからないまま。

惰性なのか、寂しさを紛らわしているだけのために貪っていたのだろう。無自覚にそこにあるから手に取っていたのかもしれない。

ある日、何気なく成分表示を見た。見慣れない合成添加物の名前が、いくつも並んでいた。原材料そのものを食べているというよりも、合成添加物や化学調味料を食べていたのか、と思うほどだった。自分の体にとってそれは喜ばしいことなのか、活力が湧いてくるのだろうか、思わず考え込んでしまった。

量で何かを埋めようとしていたのかもしれない。何を埋めていたのかは、今もよくわからない。

ウエストで満たされたのは、菓子の質だけではなかった。

一輪挿しの花、丁寧に整えられた空間、薄っすらと流れるBGM、椅子には白いカバーがかけられており、ややレトロな内装。そして、原料にこだわったコーヒーと、添加物のないケーキ。

これらのすべてが、静かに「あなたを大切にしています」と語りかけてくるようだった。

自分が丁寧に扱われることで、はじめて自分を丁寧に扱いたいという気持ちになれた。

それは、ウエストが教えてくれたことだった。

あれ以来、コンビニの売り場で手が止まるようになった。以前なら無意識に手に取っていたものを、棚に戻すことが増えた。本当に食べたいのか、と自分に問うようになったのだ。安いから、手頃だから、目に入ったから。そういう理由で口に入れるものを、少しずつ減らしていった。代わりに、ウエストでリーフパイを買い、一枚をゆっくり味わう時間が増えた。急いで食べない。何かをしながら食べることをしない。

コーヒーを一杯淹れて、テーブルに座って、一枚だけをゆっくりと味わう。それだけのことだが、その時間が終わるころ、不思議と気持ちが落ち着いている。あのウエストでの感覚が、自宅の小さなテーブルの上に再現されているような気がする。

気づけば、菓子だけの話ではなくなっていた。服を選ぶとき、最初に手が伸びたものを買うようになった。迷って安い方を選ぶたびに、やっぱり最初にいいなと思ったものにすればよかったと後悔してきた、あの繰り返しをやめた。直感が動いた瞬間を、信じることにした。自分の心がこれだと言っているのに、価格や効率を盾にして自分の心や直感を押さえつけていたのは、実は自分自身そのものだったのだと気づいた。

自分を大切にするとは、大げさなことではない。高価なものを揃えることでも、生活をがらりと変えることでもない。自分の心が喜ぶものを、素直に選ぶ。最初に感じた感覚を、信じてあげる。それだけのことだ。お気に入りの喫茶店が教えてくれたのは、そんなささやかで、確かな習慣だった。

(終わり)

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