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文学フリマは大人の文化祭


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: 小林 こば。(ライティング・ゼミ名古屋会場)

 

 

「全然売れませんね……」

初めての文学フリマに出店した僕は、テーブルに並べた書籍を前にして、隣に座っている友人に話しかけた。

「そうですね、眠くなりますね……」

昨日遅くまで仕事をしていたというライターの彼は、軽く目をこすりながら小さくあくびをした。

隣のブースにいる女性は有名な作家のようで、次から次へとお客さんがやってきて、みんな笑顔で本を購入していく。

こんなにたくさんの人が目の前を通り過ぎていくというのに、僕たちのブースには誰も立ち止まってくれない。

東京会場は難しいと聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。

昨年末、僕は友人と一緒に文庫サイズのZINEを作り、文学フリマに出店した。

東京ビッグサイトには2万人近い人が訪れ、過去最多の来場者数だった。

有名作家が出店して、あちこちに行列ができていた。

「隣のブースの人、知っています? 有名な作家さんみたいですけど」

暇そうにしている友人に聞くと

「知らないけど、なんかすごいね」

と、まるで他人ごとのようだ。

「あなたも文章を書く仕事でしょう? 知り合いじゃないんですか?」

「いや、全然。作家さんってたくさんいるし」

なるほど。競合分析はしないタイプのようだ。

でも、そんなガツガツしていないところが、彼の魅力だったりもする。

「もっと読者や知り合いに声かけてくださいよ、あなたも東京で活動しているんだから」

彼は、まあ確かにね、みたいな顔をして、

「うーん、いちおう声はかけたよ。ひとりは来るって言っていたけど」

と相変わらずテンションは低めだ。まさか、ひとりとは……。

「そんなことより、昔お世話になった先輩作家が出店しているみたいだから、あとで行ってきても良い?」

さっきから出店者一覧の冊子を見つめて、気になるブースに丸を付けている。

「どうぞ……」

憎めないが、とにかく自由な人である。

準備を僕ひとりでやっていたので、彼には出店までの大変さをまるで分かっていないようだ。

でも、そんなことを言ってもしょうがない。

彼みたいにリラックスした態度が、僕にも必要かもしれない。

やれることはやった。

あとは、できるだけ多くの人に作った本を手に取ってもらいたい。

そんな願いと焦りが、胸の中で入り混じっていた。

僕たちのブースは、開場から1時間以上経っても、1冊も売れていなかった。

何人かは立ち止まってくれるものの、購入には至らない。

しばらくして、ひとりの若い男性が現れた。

なんだか少し緊張している。僕たちも緊張する。

「手にとって良いですか?」

ちょっと震えた手で、サンプル本を手にする。

「もちろん、どうぞ」

立ち上がって会話を進めてみる。

「さっき、試し読みコーナーでこの本を読んで、面白かったので来てみました」

と彼が言う。

「僕もエンジニアで、エンジニアが書いた本があるんだって、気になって……」

どこか緊張した声だった。

嬉しい。興味を持って、来てくれただけで嬉しい。

もうその言葉を聞いただけで十分かもしれない。

無理して買ってくれなくてもいいよ、と声が出そうになる。

彼はしばらく無言で真剣にサンプル本を読んだあと、

「じゃあ、これ、3種類を1冊ずつください」と言った。

僕は一瞬、その言葉を理解できなかった。

初めて売れた。

今まで1冊も売れなかったのに、一気に3冊も売れた。

僕は冷静な顔を装っていたけれど、心の中ではファンファーレが鳴り響き、花火が上がっていた。

嬉しくて、飛び上がって、初めて買ってくれた彼に、抱きつきたいくらいだった。

自分が書いた本が売れる。

その瞬間が、こんなにうれしいものとは思わなかった。

「ありがとうございます」とお礼を言って見送って、姿が見えなくなったあとで、こっそりガッツポーズをした。

そして、隣にいる友人とハイタッチをした。

眠そうにしていた友人も、そのときは興奮していたように思う。

それから数時間、僕たちは立ち寄ってくれたお客さんと話をして、時おり購入してくれる方には感謝をしてお礼を言った。来客される方は、良い人ばかりだった。

結果、僕たちは合計で22冊の書籍を売った。

正直、交通費や出店料や制作費を考えると厳しい内容だった。

誰一人買ってくれいないという、最悪の結果ではなかったけれど、できればもっと売りたかった。

片付けをしながら、

「もっと売りたかったな」とつぶやく僕に、

「出版不況のご時世だよ。こんなに人が来て、ちゃんと売れたのはすごい。驚いた」

と友人は言う。

もっと売れないと思っていたらしい。

控えめというか、欲がないというか、どこか冷静なのだ。

「もっと売りましょうよ、ちゃんとブランディングして、ファンを増やして、リベンジしましょう」

闘志を燃やして僕が言うと、どこかに火がついたようで、

「そうだね、隣のブースの人みたいに売りまくりたいね」

と急にやる気を出していた。

普段ひとりでプログラムを書いている僕にとって、対面でモノを販売すること自体が初めての経験だった。

自分の作った本を手渡しで届ける。

お金を受け取り、「ありがとうございます」と言う。

そんな当たり前のやり取りが、僕には新鮮だった。

初めて買ってくれた若者の顔は、きっと忘れないだろう。

あの瞬間を経験できただけでも、出店した価値はあったのだと思う。

文学フリマは大人の文化祭だ。

みんなが自分の作った好きなものを持ち寄って発表する。

人気のブースには行列ができるし、僕たちのように最初の1冊が売れるだけで大喜びするブースもある。

来場者は会場を歩き回り、気になった作品を手に取る。

そこには、一期一会の出会いがあり、会話を交わす喜びがある。

売上の数字には現れない楽しさがある。

あの日、買ってくれたお客さんがいなければ、僕たちの本はただの紙の束だった。

手に取ってくれた人がいて、初めてその本は、本として意味を持つ。

創作とは、自分ひとりで完結するものではない。

読者の手に渡り、読まれて初めて完成する。

創作には、作る喜びだけではなく、届ける喜びもあった。

文学フリマはそのことに気づかせてくれた。

だからまた、僕は新しい本を作って、本を届けに行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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