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自分の家なのに「ただいま」が言えなかった私と、ゆるい神さま《週刊READING LIFE Vol.360「本当は“神様”だったのかも」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:maruha (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

※この記事はフィクションです

 

いつもより遅く起きたある朝、リビングのカーテンを開けると、隣の駐車場に見慣れない光景があった。

 

紅白の幕に神棚や笹、見るからに地鎮祭のセッティング。

「えっ⁈ まさか何か建つの⁈」

私は両手で開いた口を覆った。

 

大きな掃き出し窓があるリビングの南側には、この家を買った時から舗装なしの砂利のままの駐車場があった。20台以上は停められる広大な敷地で、日差しをさえぎるものもなく、おかげで我が家のリビングの日当たりは極上だった。

 

5年前、この家の購入時に不動産屋は、

「隣の駐車場は、全国的にも有名な企業の所有なんです。うちも買収できないか掛け合ったんですが、業務に必要とのことでダメでした。すぐに何かが建つ確率はとても低いですよ」なんて言っていた。あの不動産屋の爽やかな笑顔を思い出し、複雑な気持ちになった。

 

呆然としながら、リビングのレースカーテン越しに覗いていると、続々と人が集まってきた。砂利の地面の上にブルーシートが敷かれ、その上には学校の運動会でお馴染みの来賓席のような白いテントが設置され、紅白の幕がはためいている。パイプ椅子が15席ほど並べられ、次々と神棚にお供え物が供えられていく。

 

しかも……イスと神棚はすべて「私の家の方」を向いている。

わらわらと着席し始めたのは、スーツを着た業者らしき面々と、年配のご夫婦。そこに神主さんが厳かにやってきて、いよいよ地鎮祭が始まった。

 

数メートル先で、全員が我が家を向いてかしこまっている。

神主さんの誘導にしたがい、全員が私に向かって深々と頭を下げ、祝詞をあげだした。

 

「アタシャ神か⁈」

 

参加者のだれも、自分たちが平伏している神棚の奥で、「ここに家を建てていいなんて許可してませんけど⁈」と仁王立ちしている私がいるとは思うまい。

 

複雑な気持ちで神と化している私に、飼い猫が「朝飯はまだか」と頭をこすりつけて鳴きはじめた。「いまやるから待つぞよ」と、にわか仕込みの神格で猫をなだめつつ観察していたが、「いつまでも呆然としててもしょうがない」と思い直した。トナリの様子が気になりつつもいつもの朝のルーティーンにかかった。

 

猫にゴハンをやり、水を替え、自分が飲む紅茶を淹れて朝食をつくる。

そうこうしている短い時間で、地鎮祭は終わったようだった。

 

すると、インターホンが鳴った。

「はいー」と応答して画面を見ると「あ、すみません~。○○住宅です! お隣に住宅が建つんですけど、ご挨拶に参りました、責任者の△△です~」

 

玄関のドアを開けると、隣の建築の現場責任者だという中年男性が立っていた。

「工事着工のご案内」と書かれた紙を差し出しながら、工事期間や作業時間の説明をする。紙には、建築予定の建物のCGが載っていた。

 

「えっ⁈ 集合住宅⁈」

「2階建ての木造アパートなんですけどね。単身者向けで10戸部屋があるタイプです」

 

「え~~……」嫌だ、という気持ちが完全に顔に出ていたと思う。

「工事期間中はご迷惑をおかけしますが、何かお気づきの点がありましたらこちらにご連絡ください」と言って男性は去っていった。

 

「そりゃ駐車場だし、いつかは戸建てが建つかもね」という覚悟はあった。だけど10部屋もある賃貸アパートとは……。日当たりの面だけではなく、治安や騒音などの心配も、戸建て以上に脳裏をよぎる。私は不安に打ちのめされていた。

 

その後まる一日、「アパートショック」にやられていた私は、夜にダンナが仕事から帰って来るなり走り出し、廊下をドリフトばりにキュルキュルと曲がった。そして「おかえり!」の直後にこう捲し立てた。

 

「もーショック! 今日トナリで地鎮祭があってさ! 集合住宅が建つんだって!」

 

「あら~そう」

靴を脱ぎながら、驚くほど軽い反応を放つダンナ。カバンを置いたり、洗面所で手を洗ったりするダンナの後ろを金魚のフンのようについて回り、「集合住宅だよ⁈ 戸建てだったら一家族だけど、10世帯もあったら人目も気になるし、どこの誰かわからん人たちが出入りするんだよ! 日当たりも終わるし……」と言い続ける。

 

「まあでも……いつかは何か建つとわかってたしな。完成CGこれやろ? すごくキレイなアパートだし別にええんちゃう」

 

……意気消沈。

女性というものは、正論ではなく、とりあえず「それは大変だったね」という少しの共感が欲しい生き物だ。私はこんなに世界の終わりみたいなショックを受けているのに、ダンナの「別に……」という塩対応には少々ハラも立った。

 

実を言うと、家を買い、引っ越してきてからの数年間、私はこの土地を好きになれずにいた。主に、「ダンナの通勤がしやすい」という理由で選んだ土地だった。もちろん、新築の戸建てはキレイで気に入っていたし、生活に必要なお店は周りにそろっているので「暮らしていくうちになじむでしょ」と思っていた。

 

しかしなぜか、3年暮らしても、5年が過ぎてもどこか「仮住まい」のような、地に足がつかない感覚があった。なんなら、まだ生まれ育った実家の方が「ただいま~」と言った時にしっくりくる。自分の家なのに、どこかよそよそしい感覚が消えなかったのだ。

 

そこに追い打ちをかけるようなアパート建築。

一番気に入っていたリビングの日当たりまで奪われ、もしかしたら騒々しくなるかもしれない。「なんで私を追い込むようなことするの?」という、世界から拒絶されているような孤独感と怒り。

 

「私だってしょうがないことくらいわかってるよ……だけど気持ちをちょっとわかってくれたっていいじゃないか」

 

ダンナは細かいことが全然気にならないタイプな上、共感性があまりない。だから私が受けているショックは理解できないと諦めているし、一人で気持ちに折り合いをつけなきゃいけないこともわかっている。「は~~~~……」湧き上がる感情をため息にして外に出すしかなかった。

 

どこか釈然としないまま、夕飯を食べる。ギスギスしそうな空気の中、私はイライラと落ち込みの波に翻弄されていた。ダンナは「そう落ち込むなって。ええやんか別に」と一人だけ余裕綽々。私の気持ちを置き去りにされているようで、そう言われると余計にイラっとする。「あのねえ」と、そのイラ立ちを口にしようとしたその時、

 

「うわっ! なんやあれ⁈」

とダンナが声をあげた。箸と茶碗を持ったまま、リビングの掃き出し窓、少し開いたカーテンの隙間あたりを凝視しながら固まっている。

 

「なに?」

「いやわからん……なんやこれ? そこに、ふわふわしたものが浮いとる」

「えー? なにもないよ。また見えたの? 霊的な?」

 

いきなりヘンな話で恐縮だが、我が家ではこういう騒ぎがたまにある。ダンナは少し霊感があるらしく、奇妙なものが見えたり、声が聞こえたりといった体験をすることがあった。

 

「まさかここにきて事故物件だったとかやめてよね⁈」

ダンナは全然スピリチュアルとか好きではないし、ロジカルにものを考えるタイプで、霊感のことも誰にも話したことはない。だからこそ、大真面目に言い出すこの類の発言には妙な説得力があった。

 

ダンナはしばらく何かを読み取るように黙ったあと、「あー……え? 神さま的なものなのかな? なんか、この土地にずっといるみたいな」

 

その存在が言うには、元々この地域に存在していたが、地鎮祭の祝詞で呼ばれたからやってきた。そして、見える者がいたから家に入ってきたとのことらしい。

 

「なるほど、これはよかったことなんだよって言ってる」

「隣にアパートが建つことが?」

「そうみたい。そのうちわかるって」

そんなこと言われても、という感じだが、本当にダンナは初めて会う誰かと喋っているような表情と反応で、通訳をしてくる。

 

「ふわふわした相手だと話しにくいって思ったら、どんな姿がいい? って聞かれた」

「神さまっぽい爺さんの姿とか? 白髭とか?」

「翁みたいな姿でもいいけど、できれば愛着を持てる姿がいい、って」

そう言われてダンナは、かわいい座敷童のような姿を想像した。すると「それがいい」と言って、パッと丸顔の子どものゆるキャラみたいな姿になったらしい。

 

ダンナの想像力の限界のせいか、目は点が並んでいるだけで口は小さい正三角形。ポケーっとした顔になってしまったが、「パチモンのミッフィーみたいでかわいい」そうだ。

 

「これはいいことだから大丈夫だよー」

姿が決まったら、キャラまでゆるくなった。

 

そんな適当でいいんか? と戸惑いつつも、ダンナの発言に一切のよどみやブレがないため、なんとなく疑うことなく受け入れてる私がいた。

 

それから……

ゆるキャラの土地の神は、どこかへ帰るというわけでもなく、ずっと家にいるらしい。と言っても、本当にただ居るだけらしく「まだいるの?」と聞くと「おるよ」と言う。存在を感じようとすると見えるそうだ。

 

数日後、トナリの工事が始まった。

朝8時から始まり夕方まで続く騒音は、想像以上にストレスだった。工事期間は半年ほどの予定で、「これが毎日か」と思うと気が滅入った。

 

まずは地面を掘り返しての造成工事をやっているようだが、気がつくと何日もずーっと掘り返している。掘り返しては数日休み、また深く掘り返しては様子を見る、という状態が続いた。しかもそこから出た泥水が、我が家の前の排水路に流れてくる。少しニオイのある泥水がたびたびあふれかえって水浸しになっていたため、先日の責任者の人に電話をして対応をお願いした。

 

電話をした翌日、担当者の男性が家にやってきて、バツが悪そうにこう説明した。

「掘削作業中、地中から不法投棄されたものが出てきましてね、それが結構多くて……それと濁った水も大量に出てきて、その処理に時間がかかっております」そう言って謝罪した。

 

「お宅の前に排水があふれないようにしますので」と言って帰っていった。

 

「トナリの敷地、そんな汚い状態だったんだ」

なんとなく、ダンナが言う「ゆるキャラ土地の神」の話を思い出す。

「それがキレイになるから、これはよかったことって言ったのかな」

 

その日の夜、ダンナにそのことを話す。

ダンナは、キョロキョロと何か探すそぶりのあと、「んー。なんか、ほほ笑んどるわ。特に何も言わんけどそうなんじゃない?」と言った。

 

初めて現れた日はよく喋った「ゆるキャラ土地の神」も、それ以降はそんなに喋ることはなく、「なんとなくいるな」という状態に慣れていった。

地盤の処理にはかなりの日数がかかったが、建物が建ち始めたら早かった。

 

アパートが完成すると、日当たりは思った通り、リビングの南側は陽が当たらなくなったが、我が家の一階は東と西の窓からの採光もあり、めちゃくちゃ暗くなったというわけでもなかった。2階の日当たりは今までと変わりない。トナリとの境界には高めのフェンスも付けられたので、人目もそう気にならない。

 

キレイな新築アパートだからか、あっという間に部屋も埋まった。多くは若い世代の一人暮らしだったが、心配していた騒音などのトラブルも、今のところない。

 

さんざん騒いで心配したが、建ってみたら思ったほど悪くはなかった。「確かに結局、大丈夫だったかも」と少しホッとした。

 

それに……

私は最近、自分の気持ちに少し、変化を感じている。

この家に引っ越してきて数年間、この土地が好きになれず、自分の家なのに「ただいま」と言うことに違和感があった。いつまでも地域になじめる気がしなかった。

 

それが今では、家を出るときと帰った時に必ず、ここにいるであろうミッフィー顔の土地の神さまに「いってきま~す」「ただいま~」と声をかけるようになったのだ。

 

アパートが建つことで地鎮祭が行われ、土地の神さまがやってきた。

そして汚れていた土地が浄化された。「これはいいことなんだよ」という言葉が回収された結果になったと言える。

 

何より、「土地の神さまって存在するのかも」と思うことで、私自身もようやくこの土地に愛着を持てるようになってきた。

 

「ゆるキャラ土地の神」はこうも教えてくれた。

「この世のものに愛着を持たれるほど、私たちは力が強くなる。だから敬う者がいると、地域全体を守る力も強まるんだよ」

 

この辺は新興住宅地で、他所から移り住んできた人が多く、昔からある「神社や氏神さま」みたいなものが近所に無かった。だから地域のお祭りもなく、子供会のごく小規模な盆踊りがあるくらいで、子供がいない我が家は参加したこともなかった。

「だからかな、地域に受け入れられてない感じがしてたの」

 

でも今は、ダンナの不思議な霊感のおかげで、この土地に住んでいることに感謝すら湧いている。この土地を守ってくれるものがいると信じ、感謝を持って暮らすことで、「ここにいていいんだな」という確かな定住感を味わうのだった。

 

今日も家を出るとき「いってきまーす」と声をかける。

見えないし聞こえないけれど、どこかから「いってらっしゃい~」と、ゆるカワイイ神さまが返事をしてくれている気がしている。

 

《終わり》

 

 

記事:maruha (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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