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タレだけでご飯が進む時代は、もう終わりだ。——僕が「白焼き」に惹かれる理由


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:川瀬健二(2026年ライティング1年間完全習得パスポート)

 

 

七月の夕暮れ。

 

仕事の帰り道、駅前を歩いていると、どこからともなく香ばしい煙が流れてきた。炭火の上で、脂をまとった鰻が「パチッ」と小さく音を立てる。その音に呼応するように、団扇で送られた煙がゆっくりと店先から通りへ流れ出し、生温かい夏の風と混ざり合う。あの匂いだけは反則だと思う。鼻が気づくより先に、身体が反応する。脳が「食べたい」と判断する前に、お腹が静かに鳴り始める。

 

今年の土用の丑の日は7月26日らしい。まだ少し早い。それでも、その香りに抗えるほど僕の意志は強くなかった。暖簾をくぐると、見慣れた店主が「いらっしゃい」と笑う。冷たいお茶を一口飲み、注文を済ませる。鰻屋が好きなのは、料理だけではない。待つ時間があることだ。料理が運ばれてくるまでの十数分。ぼんやりと湯飲みを眺めたり、職人の手元を見たりしていると、不思議と心がゆっくりほどけていく。

 

その日も、炭火の前で黙々と鰻を焼く職人の姿を眺めながら、ふと若い頃の自分を思い出していた。二十代、三十代の頃の僕は、迷わず鰻重を選んでいた。それも、たっぷりと甘辛いタレが染み込んだご飯が好きだった。正直に言えば、当時の僕は鰻が好きというより、タレが好きだったのだと思う。あの濃厚な香り。ご飯一粒一粒に絡みつく甘辛い味。極端な話、あの秘伝のタレさえあれば、ご飯だけでも何杯でも食べられると思っていた。

 

若い頃は、それで十分だった。毎日が全力疾走だった。会社を大きくすること。売上を伸ばすこと。社員を守ること。次々と押し寄せる課題を乗り越えること。考えることはいくらでもあった。だから食事も、どちらかと言えば「補給」だった。美味しさをゆっくり味わうより、次の仕事へ向かうための燃料を身体に入れる。そんな感覚だったように思う。

 

今振り返ると、その頃の僕は、食べ物だけではなく、生き方そのものも「濃い味」を求めていた。分かりやすい成功。分かりやすい成果。数字で示される売上。肩書き、会社の規模や社会的な信用。誰が見ても「すごいですね」と言ってくれるものを、一つずつ集める承認欲求の塊だった。もちろん、それらには意味がある。努力しなければ手に入らないものばかりだ。だから、否定するつもりはまったくない。僕自身、その世界の中で必死に働いてきた。

 

けれど、その頃の自分を思い返すと、一つだけ気になることがある。僕は、本当に仕事を味わっていただろうか。もしかしたら、評価という名のタレを味わっていただけだったかもしれない。そんな問いが浮かぶようになったのは、ずいぶん歳月が流れてからだった。

 

ある日、仕事でお世話になっている人生の先輩と食事をご一緒した。注文をお願いすると、先輩は迷うことなくこう言った。

 

「今日は白焼きにしよう。」

 

僕は少し驚いた。白焼きは食べたことがなかった。正確に言えば、存在は知っていたが、「タレのない鰻なんて物足りない」と勝手に決めつけていた。だから、あえて注文しようと思ったことがなかったのである。しばらくして、白い皿の上に白焼きが運ばれてきた。そこには、艶やかな飴色のタレはない。照りもない。ただ、炭火で丁寧に焼かれたうなぎが、静かに横たわっていた。そして、店主がこう言った。

 

「まずは、何もつけずに召し上がってみてください。」

 

半信半疑のまま、箸を入れる。皮は驚くほど香ばしく、箸先から「パリッ」と小さな音が伝わる。その下には、ふっくらと湯気をまとった白い身が隠れていた。一口、口へ運ぶ。その瞬間に、僕が今まで知らなかった鰻と、初めて出会った気がした。

 

口の中いっぱいに広がったのは、甘辛い刺激ではなかった。炭火の香ばしさ。皮目のほろ苦さ。そして、その奥からゆっくりと溶け出してくる、鰻そのものが持つ脂の甘み。派手ではない。けれど、一口ごとに味わいが少しずつ深くなっていく。店主が「今度は少しだけ塩を」と勧める。続いて「山葵も試してみてください」と小皿を差し出してくれた。塩をひとつまみ添えると、脂の甘みが驚くほど際立つ。山葵をほんの少し乗せると、鼻へ抜ける爽やかな香りが、鰻の旨味をさらに立体的にしていく。

 

不思議だった。味を足しているはずなのに、前へ出てくるのは調味料ではない。主役は、あくまで鰻だった。その瞬間、僕は少し照れくさくなった。あれほど鰻が好きだと自負していた僕は、本当は鰻ではなく、タレの味を好きだっただけなのかもしれない。もちろん、タレを否定したいわけではない。蒲焼には蒲焼の完成された美味しさがある。あの香ばしさも、甘辛いタレがご飯へ染み込んだ幸福感も、日本が誇る食文化だと思う。ただ、年齢を重ねた今の僕は、それとは別の美味しさを知ってしまった。素材そのものを味わう喜びである。

 

それ以来、鰻屋へ行くたびに、僕は白焼きを注文するようになった。すると不思議なことに、食べ物だけではなく、人を見る目も少しずつ変わり始めた。以前の僕は、肩書きや実績に目が向いていた。

 

「あの会社の社長です。」

 

「○○賞を受賞しました。」

 

「売上は何億円です。」

 

そんなプロフィールを聞けば、「すごい人なんだな」と素直に思っていた。もちろん、それらは努力の結果であり、尊敬すべきことでもある。しかし、本当に心を動かされるのは、その人が何を成し遂げたかではなく、その人がどう生きてきたかだった。失敗して眠れなかった夜。社員を守るために悩み続けた時間。家族とのすれ違い。思い通りにいかなかった挑戦。そうした話を聞いていると、不思議なくらい、その人が魅力的に見えてくる。肩書きは、その人を説明してくれる。けれど、その人そのものを語ってはくれない。むしろ肩書きという「タレ」があるうちは、素材の味は見えにくくなることさえある。

 

僕はそんな人生の先輩を何人も見てきた。長年会社を支え、組織を率いてきた人ほど、引退したあとに戸惑うことがある。

 

「会社を離れたら、自分には何が残るのだろう。」

 

「役職がなくなった自分に、価値はあるのだろうか。」

 

そんな言葉を耳にするたび、僕は胸が痛くなる。なぜなら、その気持ちは決して他人事ではないからだ。長く一つの仕事に打ち込んできた人ほど、自分と役割が一体になっている。だから役割を手放すと、自分自身まで失ってしまったような感覚になる。

 

でも、本当にそうなのだろうか。僕は、白焼きを食べるたびに思い出す。タレがなくても、鰻の価値は失われない。むしろ、本当の美味しさはそこから始まる。人も同じではないだろうか。肩書きというタレを外したとき、初めて見えてくるものがある。若い頃には気づかなかった優しさ。失敗を重ねたからこそ、身についた眼差し。遠回りしたからこそ、語れる物語。誰かを励ますことができる言葉。

 

それらは、会社が与えてくれたものではない。何十年という時間をかけて、その人自身の中に育ってきた「旨味」なのである。だから人生の後半とは、新しいタレを塗り重ねる時期ではない。これまで積み重ねてきた時間の味を、ゆっくりと確かめる季節なのだと思う。そして、その味は、一人で味わうよりも、誰かと語り合うことで、さらに深くなる。

 

「あの失敗があったから今がある。」

 

「あの頃は苦しかったけれど、今なら笑って話せる。」

 

そんな会話が自然に生まれる場所には、不思議な温かさがある。そこでは、肩書きも年収も役職も、もう主役ではない。主役になるのは、その人が歩いてきた人生そのものだ。だから僕は今、そんな時間を大切にしたいと思っている。立派な肩書きを持った人を集める場ではなく、それぞれが自分の人生を少し誇らしく味わい直せる場をつくりたい。それは過去を懐かしむためではない。これまで歩いてきた道を、「これでよかった」と静かに受け入れ、その続きの人生をもう一度、自分らしく歩き始めるためである。

 

今度もし鰻屋へ行く機会があったら、ぜひ一度だけ白焼きを注文してみてほしい。最初の一口は、少し物足りなく感じるかもしれない。けれど、ゆっくり噛み締めているうちに、これまで気づかなかった旨味が、静かに立ち上がってくる。

 

人生もきっと同じだ。新しい肩書きを探し続けなくてもいい。誰かが作った濃厚なタレを塗り重ねなくてもいい。あなたが歩いてきた道のりそのものが、もう十分に味わい深い。年齢を重ねるということは、新しいものを身につけることではない。時間をかけて育ってきた自分という素材を、自分自身がようやく美味しく味わえるようになることなのだ。

 

店を出ると、鎌倉の空はゆっくりと藍色へ染まり始めていた。炭火の香りは、まだ微かに服へ残っている。その香りをまとったまま歩きながら、僕は思う。人生も鰻も、本当に深い味わいは、何かを足したときではなく、余計なものを少しずつ削ぎ落としていった、その先に待っているのかもしれない。

 

 

≪終わり≫

 

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