月曜日の夜に絶望した俺は、今週も木曜日のFacebookを待つ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:國分厚彦 (ライティング・ゼミ、2026年5月開講・渋谷、4ヶ月コース)
木曜日の午前中。
俺は、バイト先のクリニックで仕事をしながら、どうしようもなくFacebookの通知が気になってしまっていた。木曜日は、5月から通っている、ある文章術のゼミで、課題が評価される日だ。
新規通知のひとつひとつに気持ちが動く。いつ、通知欄が動くのか、今か今かと待ち続ける。仕事中というのに、そのことが頭から離れない。
午前11時ごろ、通知欄が動いた。講師が、自分の文章に「いいね」をつけた。
今、この瞬間、俺の文章は講師に評価されている。それを思うだけで、心臓が早鐘を打つ。
あー、あの場所うまく書けなかったな、あそこもっとこうすればよかったな、落とされたらどうしよう、そんな思いが頭を埋め尽くす。
数分の時を経て、コメントが書き加えられた。
「ご投稿ありがとうございます! 掲載させていただきます」
その一言を見て、俺は心の中でガッツポーズをした。合格だ。努力が報われた気がした。
文章術を本格的に習いたいと思ったきっかけは、昨年大学の友人が本を出したことだった。
昔から、自分の本を書きたいと思っていた。小説でも、学術書でも、ビジネス書でも、なんでもいい。自分が「生きた証」として、自分の存在を世間に知らしめるものとして、一生のうちに一度は「本を書きたい」と思っていた。
しかし、勉強や仕事の荒波に揉まれていつの間にか創作したいという思いは失われ、創作意欲はおろか仕事のモチベーションも消え去り、ただ無感情に生活のためだけに職場に行き続ける日々が続いていった。そのうち体調を崩して仕事を辞め、非常勤のバイトで食い繋いで行く日々となった。この先の希望も見えず、のっぺりした無感情な日々が続いていることに、俺はどうしようもなく苛立っていた。
そんな日々の中で、俺の耳元に衝撃的なニュースが飛び込んだ。
学生時代の友人が本を出したというのだ。
彼は学生時代あまり勉強をしないタイプの人間で、俺は勝手に、こいつが一生本を出すこともなくパッとしない医者で終わると、内心見下していた。
そいつがまさか、俺よりもはるか先に、商業書籍を出すなんて思ってもいなかった。
その事実が俺の心を抉った。
こいつにだけは負けたくなかった。こいつが本を出すなんて思ってもいなかった。
俺は、いったい今まで何をしていた?
仕事すら満足にできず、恋愛はおろか友人関係もほぼなく、趣味もなく、ただ時間を浪費している自分が、どうしようもなく情けなかった。
俺も、本を出そう。あいつに売上で負けないような本を。
この瞬間、俺の腹は決まった。
とは言っても、なんせ医師としても人としても空っぽで中途半端な人生を歩んできたわけで、本を書けるような専門性も、人生経験も、文章力も何もなかった。
そんなことを思いながらFacebookを見ていると、ある広告が目に止まった。
「累計11000人以上受講、受講者が次々とバズると噂の文章術講座」
俺はその広告が気になって開いてみた。
見ると、あの新進気鋭の批評家さんをはじめ、多数の文筆家を輩出していると噂のライティング教室だった。
俺は猛烈に気になり、ひとまず広告で募集中の1DAY講座を受講した。
最初はそれだけの人を輩出した講座なら、さぞかし厳しいことを言われるのか、と内心怯えていたが、講師の先生はとても優しく、内容もすぐに使えそうな気がした。
宿題として、2回ほど2000字の文章を課された。上手く書けたら社内のメディアに掲載される、とのことで、試しに昔の経験について文章を書いてみたら、思ったよりもうまく書くことができた。それ自体は自分のケアレスミスで不掲載になってしまったが、講評では「本来なら掲載レベル」とあったので、ならば次の回で挽回しようと思った。2回目は無事に掲載された。それが、自分にとっても自信になり、もっと学ぼうと思い、5月からの本講座を受講することとした。
ライティング講座の本講座は、とても楽しかった。1DAYだけでは学びきれないようなことも勉強できて、より読者に飽きさせない、書き続けるために大切なことを勉強できた。
一方で、毎週の2000字の課題はかなり大変だった。
自分の中で読ませる文章、課題のための文章を、という思いが強くなりすぎて、筆が全く進まなかった。
提出期限の月曜日までの一週間、全くアイデアが浮かばず、締め切り1時間前に以前書いた文章を全く手直しせずにそのまま提出したこともあった。なんとか一週間の間で書き切っても、苦し紛れにアイデアを書き殴ったものをなんとか体裁を整えて提出することの繰り返しだった。
その中でもなんとか提出を続けることができたのは、講師陣のフィードバックや、他の受講者の方々がいたからだった。
さすがに伝統のある有名なライティング講座ということもあり、受講者の中には現役のライターさんや、作家志望の方もおり、他の受講者の方々はみんな自分よりもはるかに綺麗な文章を書いており、自分の文章が本当に矮小でセンスがなく、情けなく感じる時もあった。それでも、「こんなところで負けていたら、本なんてとても出せないし、負けっぱなしでいいわけない。なんとしてでも他の人たちには負けない文章を書き切る」という思いが、俺を突き動かしていった。
月曜日の夜になると、自分をはじめ、他の受講者の方々の課題が一斉にFacebookのグループ内にアップされていき、いつからか、他の受講者の文章を見ていくのが楽しみになった。
「あの人は構成のアイデアがすごいな」とか、「あの人は情景描写がめちゃくちゃ上手いな」とか、いろいろなバックグラウンドを持っているんだな、とか思ったりもして、とても勉強になった。同時に、嫉妬した。人生経験が乏しく、書けない自分が情けなかった。
そして、課題に対して、木曜日になると一斉に講評がつく。厳しいことを言われて心が折れそうになったことも、ベタ褒めされて有頂天になる時もあった。いつしか、木曜日の講評が楽しみになる、そんな日が続いていった。
そんな最高に苦しくて、最高に楽しいライティング講座が終わりに近づくにつれて、少し寂しいと思う自分がいた。もう月曜日のあの絶望と、木曜日のあのドキドキを味わえなくなると思うと、なんだか寂しかった。ここまで一緒に受講してきた他の受講者たちの文章をもう読めなくなってしまうかもしれないことも、また寂しかった。
だから、俺はこの講座のさらに上級クラスに進むことにした。あのドキドキが今度はいつになるかはわからないが、あのフィードバックや、他の受講者さんと切磋琢磨し続けることができれば、俺は上に行くことができるかもしれない。そして、そのうちに本にしたい何かが見つかるかもしれない。それまで俺は書き続けたい。それに、まだメディアで週間アクセス数上位に行けていない。週間アクセス数1位を取るまではやめたくない。
たぶんこれからも、誰かのうまい文章を読んでは、自分には書けないと絶望するのだろう。そして、嫉妬するのだろう。
でも、それでいいと思った。そのおかげで、また俺は書くことができる。
だからどうか、これからも俺をもっと絶望させてほしい。
もっと嫉妬させてほしい。
いつか俺が読者を絶望させ、嫉妬させるような文章を書けるようになるまで。
《終わり》
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